溺愛

「えっと……これは、なんの時間なんだ」

 コアラさんに頼まれた仕事を手伝った関係で、自分だけが午後の実技特訓に遅れて参加することになったのだが、いざ来てみればちょうど休憩中だったらしくみんなが座り込んで駄弁っていた――という光景はよくあることなので、それについては特に何も思わない。
 僕が気になったのはそこではなかった。輪の中心に総長がいて、どうやらみんな彼の話を聞いている……というか聞かされている?
 遅れてすいません、と話の途中で割り込むように空いている同僚の隣に腰を下ろしたあと、気になってそう聞いた。

「まあ簡単に言えば総長の話に付き合わされてる」
「え? 総長の……?」

 状況がつかめず聞き返すと、同僚は苦笑いをして頷いた。そしてこっそり耳打ちしてくる。「惚気だよ。ノ、ロ、ケ」聞き飽きたとでも言うように呆れているのだが、一方でなんだか楽しそうでもある。
 視線を同僚から総長がいる斜め向かいに移すと、周りの先輩たちに何やら嬉しそうに語っていた。優しそうな――それこそ任務中の切羽詰まった緊張感のある参謀総長の顔ではなく、誰かを想う慈愛に満ちた表情だった。もちろん、その"誰か"は彼の部下ならみんな知っている。

「この前あいつが手伝った日があっただろ? あれすげー美味かったよなァ。昨日は通信部の仕事が早く片付いたからって掃除や洗濯の雑用まで手伝ってたし、いい嫁になるよ」
「昼間っからなに言ってんすか。いい嫁になるって自分の未来の奥さんでしょう。いや、褒めるのは別にいいんですけど」
「そういえば、フレイヤさんって刺繍も得意って聞きました。なんでも昔習ったことがあるそうですね。いいなあ、料理も刺繍もできるお嫁さん。おまけにかわいいし、本当に羨ましいです」
「あーお前、かわいいとか言うと総長に――」
「かわいいのは認めるが、お前らに言われるとなんかムカつくな」

 刺繍も得意と言った彼は総長の言葉に「褒めたのになんで怒られなきゃいけないんですか」と唇を尖らせた。
 誰かが総長の恋人であるフレイヤさんをかわいいと賞賛すると、すかさず総長が理不尽なことを言いだすのは男だらけの現場での日常だった。
 きっとフレイヤさん本人は知らないだろうが、彼はかなり彼女を溺愛していてそれを僕達部下に堂々と自慢する。再会前は焦ったりひとりで悶々と物思いに耽ってたり、コアラさん情報によれば、ドラゴンさんから連絡が来た日は執務室でこっそり泣いたとも聞いた。それが今じゃプライベートはもちろん、こうした休憩中さえ彼女のことで頭がいっぱいのただの男だ。なんというかオンオフがはっきりしていていっそのこと清々しいのだが、総長の愛の深さにはたびたび驚かされる。

「自分で言ったんでしょ、まったくもう。というかこの前のシャツの件だっておれら被害者なんですからね」
「シャツ?」
「総長のシャツ! たまに着せてるでしょう、フレイヤさんに」

 突然話が切り替わり、今度は別の同僚が総長に抗議をはじめた。
 今日は久しぶりに屋外での特訓なので、声の大きさもいつもより大きい。休憩中の僕達はたいていいつもこんなふうに他愛ない話で盛り上がる。最近は専ら総長の惚気話に誰かしらが付き合わされているが、今日はどうやらみんなで囲っているらしい。
 被害者だという同僚と数人の先輩がぶつくさ文句を言っている姿を見ながら、自分の知らない話だったので僕は黙って聞くことに徹する。

「別に着せるのはいいんですよ。男のロマンですし、恋人が自分のシャツを着てるのはかわいいから。けど、フレイヤさんがあの姿で出てきたのは不可抗力なのでおれらに文句言われても困りますって」
「……その件はおれからフレイヤに言ったよ。無防備すぎだってな」
「総長がいるからなのか安心しきってますよね。ああいうのって庇護欲に駆られるというか……あ、もちろん変な意味じゃないすよ。一般的にってことです」

 慌てて付け足すように言った同僚は、少し前にシャツ姿のフレイヤさんを総長の部屋で見てしまったという。確かにいくらなんでも無防備だ、総長がいるからとはいえノックした相手が誰かもわからないのに。とはいえ、そのあとこってり絞られたらしいのでもうそんな間違いは起こらないだろうが、先輩は先輩で部屋の奥にいるシャツ姿の彼女を見てしまったというから可哀想な話である。

「見るなよ、おれだけ視界に入れとけ」
「無茶苦茶だなあ。人間の目ってのは周辺視野があるんですって、見えちまうモンは仕方ないでしょ」

 その言葉に、総長は面白くなさそうに口をへの字にして眉をしかめた。理不尽なことを言っている自覚があるのかわからないが、彼はいつもこんな感じでフレイヤさんへの愛が深い。僕達はそれを呆れながらも、幸せそうに好きな女性の話をする総長を見守っている。
 今日も空が青く、そして高い。革命軍の日常はこうして流れていく。

2023/05/27
10周年リクエスト7 部下に惚気るサボくん