私の小さな世界に現れた人
とある港町に、三角屋根の小さなカフェがある。お店の窓から見える穏やかな美しい海の景色を見ながら、常連のお客さんと世間話しながら紅茶を淹れるのが私の日課だった。
そんな私の小さな世界に、ある日、麦わら帽子を被った男性がやって来た。彼は1人で来店したかと思えばカウンター席に即座に座り、ハンバーガーやフライドポテトにステーキなど見境なく注目してはバクバクと食べ始めた。うめー!うめー!と言っては心底おいしそうに食べる彼の姿に、私もその場に居合わせたお客さんも驚きつつもほっこりした。
次の日、彼が再び来店した。今日はあんまり天気が良くないのでお店の窓から見える景色は、ほんの少しだけ暗さを持った美しい海だった。
「あのお兄ちゃん、またいっぱい食べるのか?食材の在庫、大丈夫?」
前日の彼の食いっぷりを目の当たりにした常連さんが私に耳打ちしてきたけれど、私は曖昧に笑うしかない。とりあえず足りるはず、たぶん。ちなみに、彼はお店の食材事情なんぞ知らないのでその日の注文でほぼ食いつくしたのは言うまでもない。
また次の日、彼が再びやって来た。本日の天気はまさかの大雪だったので、彼が来るとは思わなかった。常連客だって来店しないし、私もお店をお休みにしようかなあと思っていたほどだったのだから。
「今日は何を食おうかなあ」
心底楽しみだと言わんばかりのにこにことした笑顔でカウンター席に陣取り、メニューを眺める彼の姿に対して私は曖昧に微笑むしかなかった。毎日よく食べるなあと思いながら。
翌日、今日も大雪だった。お店の窓の向こうに見える景色は、ぼたぼたと降る雪が海に溶けていくそれが美しいものだった。そして、彼がまた現れた。常連客すら来店しない昨日より酷い雪の降りだというのに。
「なあ。おれの船、乗ってみないか?」
カウンター席に座って早々に言い出した彼の言葉に私が間の抜けた声を上げたのは言うまでもない。
結局、彼は最初に現れてから7日間、毎日来店した。そして、7日間しっかりと食材を食べ尽くしてくれたので売り上げは好調だった。食材の在庫を確保するのが大変だったけれど。
8日目の早朝、私はまだ薄暗い中お店の窓の向こうの景色を眺めている。美しい海に一隻の船が浮かんだ。きっと、あれが彼の乗る船なのだろう。
「サンジが1人でみんなの飯の準備するの大変だってナミが言ってるし。オメーが作るご飯もうめーから、サンジのこと手伝ってやって欲しいんだ」
4日目の大雪の日に現れた彼は、私にそう言った。というか、サンジさんとナミさんって誰ですか。それでも、話を聞いていると、彼が海賊だということは理解してきた。
「突然言われても、すぐに返事はできません。お誘いいただき、ありがとうございます」
「じゃあ、いつなら返事くれるんだ?」
「ゆっくり考えてから返事してもいいですか?」
「ゆっくりって、いつだ?」
彼、ぐいぐい来るなあと思った。
私は、カフェの中の小さな世界が好き。お店の窓の向こうに見えるその日の天気に彩られる美しい海の景色を眺めるのが好きだ。
私が待ってと言い続けていたら、やがて、彼は納得してくれたらしい。
「おれ、この日に出航したら、すぐまた戻る。そうしたら、返事、聞きに来るから」
そう話しながら、彼はお店の壁に掛けてあるカレンダーの日付を指で示した。それは、彼が出航してから2日後のことだった。これじゃあ、ゆっくり考える時間もない。
私は、窓の向こうで小さくなっていく船を眺めながら、深く息を吐いた。あと2日。2日後にあったら、彼に何と答えればいいのだろう。とりあえず、お腹を空かせてやって来るだろう彼のことを思いながら、私は食材の発注書を手に取った。
*
ロビンやゾロ達が以前町に降りた時、この町には古くからの遺跡があることを知った。それが原因かは分からないが、ルフィ達が出航した翌日に、小さな港町にバスターコールが発令されたという情報が一味の耳に入った。攻撃対象は遺跡の側に建つこの港町を治める王族や公爵家だった。と言っても、王族といえどとてもじゃないが世界に影響力のある力を持つ家系ではなかったが。
とにかく、ルフィは急いでいた。あの時、小さな世界に住む彼女が嫌だと言っても無理にでも攫えばよかったと後悔した。バスターコールのあとでは、最悪の状態と思われる彼女の姿を想像すると、何もしてやれなかったことに懺悔した。
ところが、である。
再び麦わらの一味が港町に到着すると、そこに町はあった。辺りを見回しても、遺跡の側も、この港町を治める王族や公爵家も何ともなく暮らしている。バスターコールの発令の情報とは、一体何だったのかと一味は首を傾げつつもホッとしたのだった。
ルフィは、真っ先にあの三角屋根の小さなカフェへ向かった。扉を開けると、以前と同じように紅茶の匂いが鼻を掠め、そして、変わらず彼女の姿もあった。
「いらっしゃいませ。あ、」
ルフィの姿に気づいた彼女は、一瞬だけ目を丸くさせる。だけどすぐに、頬を緩ませた。
「今日は何をご注文でしょうか?」
彼女の問いかけに、ルフィは迷いなくカウンター席に座る。そして、息をきちんと整えてから口を開いたのだった。
「おれは、おまえが欲しい」
written by Luca
2024.01.08