サボくんと遊園地
あいつら、余計なことしやがって。
毒づいたついでにサボは左右に広がる煌びやかな土産物店を憎らしい思いで見つめた。家族連れや男女二人組、そのほか少人数のグループが複数。娯楽の島と別名がつくだけあって、さすがに人が多くやたらと浮足立っている連中が目立っていた。
サボたちが大きな任務を一つおえて本部へ帰還している途中、足を休めるために偶然立ち寄ったウルラウブ島は人々がバカンスを楽しむ言わば楽園のような島だった。長期任務で疲れた体を癒したいという部下たちの要望で通りかかっただけの島は、しかしいろんな意味で羽を伸ばせることがわかると到着と同時に全員が船を出ていく始末。まあたまにはいいか、とサボも気を緩めてウルラウブ島に足を踏み入れたわけだが。
と、思考を一旦断ち切って連れがひとりであちこち動き回る姿に苦笑する。
「おい、先に行き過ぎると迷子になるぞ」
周りにいる一般客に交じってはしゃぐ部下を窘めたサボは、見失わないよう彼女の後を追って頭を小突いた。「いたっ」後頭部を擦って振り返ったの目元はパーティーでも始めようというようなサングラスで覆われていた。革命軍らしからぬその姿に、「お前な……」と呆れて返せばサングラスを外してにっこり微笑まれて思わず肩を竦める。
しかし、背伸びしたはあろうことかその一瞬の隙を狙ってサボにも同じものをかけてきた。視界が急に暗くなって反射的にしかめ面になる。サングラス越しに楽しそうにすると目が合い、どうにも気まずくて逸らしてしまったが、それは彼女を余計に調子に乗らせるだけだった。
「総長、さては恥ずかしいんですね? 大丈夫です似合ってます」
「こんなふざけたサングラスが似合っても嬉しくねェけど」
「いいじゃないですか。ここはウルラウブ島、人々が仕事を忘れて楽しむ島ですよ」
「お前は忘れすぎだ」
ニット帽にサングラスを組み合わせると誰かわからないどころか、さすがに怪しい人物として逆に注目を浴びそうだったので元に戻すように言う。渋々店内に返しに行く背中を見送って、サボは再び辺りを見回した。
ウルラウブ島は四つの区域に分かれており、サボたちがいるフォルクス地区は遊園地や公園、美術館、博物館といった大型施設が集まるところだ。島最大の遊園地だという場所にコアラが行きたいというので、いつものチームメンバー――コアラ、ハック、、そしてサボの四人で来たわけである。
ところが、しばらくして昼食を買ってくるといって抜けたコアラとハックが全然戻ってこないので連絡してみれば「と二人きりにしてあげたんだから感謝してね」「頑張れサボ」と余計なお節介をやかれて今に至る。頼んでもいないのに、上司の恋路に世話をやくとはコアラもハックも大概暇なのか。というか、なんで知ってるんだあいつら。
別に今すぐ行動に移す気のなかったサボは、しかし屈託なく笑うの姿に心を鷲掴みにされる思いでどうしたものかと悩む。革命軍の立場を忘れて楽しもうと船を降りた彼女は、普段は着ないワンピース姿で歩いていた。サングラスを戻しに行ったはずが、右手に小さな袋を抱えて出てきたのでついでに買い物でもしてきたのかもしれない。
「総長〜置いていきますよ」
「その呼び方やめろよ。今は任務のこと忘れるんだろ? だったら総長じゃねェよな」
仕返しとばかりに意地悪く笑ってみせるとの目が泳ぎ出した。サングラスの下でも近くで見れば、焦っていることくらいわかる。加えて目元が隠れているのに頬が赤いのもなんだか面白い光景だった。
彼女とは二つしか変わらないし別に上下関係を気にしているわけでもないから名前で呼んでもらっても構わないのだが、どうやら彼女の中で何か線引きがあるらしく「サボ」と呼ばれたことは一度もない。
「それはそれです。そんなことよりこれ見てください。面白そうじゃありません?」
「そんなことって……まあいいけど」
サボの仕返しを難なくかわしたはマップを広げて、ひと際大きなイラストが描かれた部分を指した。ブランコの形をした椅子が円を描いてぐるぐる回る乗り物で、これは昔なにかの絵本で見たことがあった。カルーセルと呼ばれる回転ブランコで、ほかではメリーゴーラウンドなんて呼ばれている。マップに書かれた説明を読むと、高さが20mオーバーだというからなかなかスリルのある空中ブランコだ。
早く行きましょうとサボの手を引いてぐんぐん先へ進んでいくので、本当に楽しんでるんだなと呆れ半分可愛さ半分で引かれるまま身を任せた。
この歳で遊園地に来てはしゃぐことはないと思っていたが、の無邪気な姿を見ているとたまには羽を伸ばすのも悪くないと思えてくるから不思議だ。彼女といると毎回毒気を抜かれるサボは、しかし出会ったばかりの頃を思い出して苦笑する。
サボが革命軍に入ってから三年ほど経った頃。任務で訪れた島の孤児だったは故郷を捨てて革命軍の船へ乗ることを決意した。連れてきたドラゴンから話を聞けば、当時島で起きていた戦争で両親を失い途方に暮れていた彼女を見つけたのだという。初めて対面したとき、服はぼろぼろだったし手足はやせ細って不健康――とにかく可哀想な身なりをしている子だった。
かと思えば、夜中に突然ドラゴンの寝込みを襲ったり、許可もなく勝手に下船したりと革命軍の大人たちを困らせていた。
けれどサボは知っていた。本当は彼女がとても寂しがり屋で、大人に構ってほしいのだということを。就寝前に見てしまったのだ。誰もいない夜の休憩室で、おとうさんおかあさんと呟きながら泣いているところを。普段の訓練中には絶対弱音も泣き言も言わない彼女の初めて見る姿に、サボは心がひどく苦しくなったと同時に自分が彼女の話し相手になってあげよう、そしていつか家族になろうと誓ったのだ。
土産物でうまる通りを越えて、幻想的な風景の街並みを歩いていった先に例の空中回転ブランコが見えてきた。20mオーバーの乗り物は想像以上に高く、少し離れていても客たちの叫び声が聞こえる。この遊園地目玉の乗り物のせいか、ほかのものより人だかりができている。
サボはいつの間にか離れていた手に名残惜しさを覚えつつ、ブランコの大きさに圧倒され目を細めた。子どもだけでなく大人も楽しんでいる姿が見られるのは非日常的な空間にいるからだろうか。隣で同じようにブランコを見上げるも感嘆の声をあげている。
「わあ……間近で見るとすごい高さ。ちょっと怖いかも」
「ならやめるか?」
「ここまで来てそれはないです。さ、乗りましょう」
怖いと言っておきながら興奮を抑えられないは小走りでブランコの行列に向かっていく。子どもより子どもっぽいところあるよな。なんて微笑ましい気持ちで見ていると、どうにも恋人より兄や親の目線になってしまう。家族を失った彼女の家族になりたいとは思うが、兄や親になりたいわけではないのに。
それにしてもブランコのほかにも乗り物が集まっているせいか、土産物店の通りに比べてやけに人が多い。行き交う人々の波にのまれながら前へ進んでいくが突然つんのめったのでサボは慌てて駆け寄った。
「はしゃぎすぎると危ねェぞ」
「わっ!」
サボがの腰を抱いて引き寄せるとあからさまに驚いて身をねじろうとしたので、「だから危ねェって」もう一度引き戻して立たせてやる。しかしは俯いたまま黙っているばかりで反応を示さなかった。訝しげに思って、どうしたんだと問いかけようとしたのだが。彼女が急に顔を上げて睨んできた。
「もうその恰好で私に近づかないでください! かっこよすぎて総長のこと全然見れないんです!」例のふざけたサングラスをかけたまま、なぜか怒り口調でそう言うと一人でブランコの列に並んだ。
一方まくし立てられたサボは一時ぽかんとしたあと、「なんだそりゃ」思わず吹き出して笑った。彼女の可愛い抗議に気分が良くなって「おれも乗るよ」と気づけばそう言っていた。