サボくんと映画館


「なににするー?」
「んーなんでもいいよ」
「そういうの一番困るんだけど……」

 まあいいや。と渋々納得したは二つにしぼってどっちにしようかなと悩んだ結果、一週間前に公開されたばかりのホラーミステリを選択して画面の表示に従い、チケットを発券した。ちなみに悩んでいたもう一つのほうはこてこての恋愛ものだったのでサボとしては却下してくれてありがたい。フィクションとはいえ、他人の恋愛なんて見ても面白くもなんともないからだ。
 発券されたチケットで席を確認すると、M-8と書かれていた。アルファベットからして後ろのほうだろうか、混んでいるのかもしれない。今日は日曜日。天気は雲一つない晴れだと予報士が言っていたから出かけるには最適である。
 売店で飲み物を買ってくると言って列に向かっていったを見送ったサボは、しかしその列の長さに思わず「げっ」と眉間にしわを寄せた。さすが休日の映画館。売店も混んでいる。これは当分戻ってこないだろうと予測して、ロビーの空いている椅子に座って待つことにした(もちろん椅子も結構うまっている)。
 そもそも映画館に行くことになったのは前々から約束をしていたわけではなく、じゃあ映画みたいとが言い出したので成り行きで来ることになったのだ。観たい映画でもあるのかと問えば「別に」と返ってくるのでじゃあなんで映画館なんて言うんだと文句の一つでも言ってやろうと思ったのに、彼女が嬉しそうにしているものだからやめた。こちらとしてはアクティビティな遊びが好きなので、二時間もじっとして映像を見るなんて行為は正直苦行に近いものがあるのだが、まあそれは胸中にとどめておくことにする。
 ただ待っているだけというのも暇なので、サボはパンフレットなどが売られている場所へ移動した。彼女とに限らず友人ともあまり映画館に行かないサボは最近どんな映画が上映されているかを知らない。流行りものには疎いほうだと自覚はあるが、別にそれで困ったことはないので問題なかった。たまにが「なんで知らないの?」と小馬鹿にしてくることがあるだけで。
 パンフレットが並べられているところを流し見していれば、小説を映画化したものが多いらしいことがわかる。ほとんどの作品に原作タイトルと著者名が書かれていた。あとタイトルがやけに長い。もっとシンプルなものはないのか?と、げんなりしていたら、一番端に海賊の少年を主人公にした冒険ものらしき内容の映画を見つけて少しだけ気分が上昇する。見本なのですべてのページを閲覧することはできないが、どうやら少年が仲間を探しながら伝説の島を目指していくというストーリーで、最強の敵も立ちはだかって大盛り上がりの展開のようだ。冒険物語が好きなサボには、こちらのほうが楽しめそうである。もし、近いうちにまた来ることがあったら提案してみるか。
 そろそろ戻ってを待たないといけないだろう、足をロビーのほうへ向けたとき、「あのお、お兄さんもしかして一人映画ですかぁ?」と間延びした甘ったるい声が聞こえた。「ん?」辺りを見回して、自分にかけられた言葉なのだと気づくとサボは、若い女性二人組を一瞥した。
 明るい茶髪にくるくるした巻き毛が特徴的な二人だったが、サボがある箇所に目をとめると思わず二度見せずにはいられない光景があった。少しでもかがんだら見えるだろ、ってくらい胸元が大きく開いているトップスにサボは固まってしまう。イマドキの女というのは、はたしてこんなに露出した服を着るものなのだろうか。
 と、つい自分の彼女を想像してからあいつは着てねェなとすぐに結論づける。足や肩を出していることはあっても露出の多い服は好んでないし、第一そんな服装おれが許さない。

「……いや、連れがいる」と、かろうじて返事したはいいものの、目線をどこにやっていいのやらサボは明後日の方向に向かって答えた。健全な男なので仕方ない。

「連れって男? それとも女? もし男の人なら一緒にお茶でもしませんかぁ」
「あー連れっていうのは実は――うわっ」

 実は彼女だと答えようとしたサボは、しかし殺気のような視線を感じて身震いした。二人組の少し後方にがジトっとした目でこちらを見ているのだ。いや、待ってくれ誤解だ。おれは悪くねェ。弁解しようと口を開きかけたのだが、

「すみませんが彼はわ・た・しと来ているのでお茶には行けません」

 と、が先に二人組へ断りを入れた。怖ェよ、目が笑ってない。
 その場で固まるサボの腕を引っ張って、はシアターがあるほうに足早に向かっていく。身長の低い彼女の背中が頼もしく見えてなんだか微笑ましくなり、思わずふっと声に出して笑ったら気づかれてしまった。その拍子にようやく腕が解放されたが、彼女は至って不機嫌だった。

「私が長蛇の列に並んでいる間に随分と楽しんでたみたいだね」
「誤解だって! あれは向こうが勝手に寄ってきただけだ」
「その割には釘付けになってなかった? 特に胸」
「……」
「別にいいけど、とりあえず映画始まるし早く座らなきゃ」

 別にいいと言っておきながら、明らかに怒っている口調だった。デート開始早々、前途多難である。そそくさシアターの暗がりへ向かったを追いかけてサボもひとまず席に腰を落ち着けることにした。
 中に入ると、すでに照明が落ちて本編前の広告が始まっていた。後方の席なのでかがみながら上がっていくを、サボも真似してついていく。どうやらMは最後列のようで、向かって右エリアの通路側2席を取ったようだ。混んでいるかと思えば、ジャンルがジャンルなだけに朝からホラーを観ようという客はそこまで多くなかった。サボたちと同じMの列には中央エリアに三人が間を開けて座っているだけだ。
 というか、中央エリアに二人分の空席はいくらでもあるのになんでこんな見づらい場所にしたんだよ。思わず言ってしまいたくなるほどには、サボたちがいる場所はスクリーンのほぼ端に位置していた。のほうが内側なので先に座って飲み物を置いたかと思うと、一言も発さず画面を見つめ始める。
 これは相当怒ってるな……。サボの飲み物もいつの間にかドリンクホルダーに置かれていた。礼を言う隙も与えられなかった。はすでに広告に夢中になっている。小さくため息をついたサボは、仕方なしに背もたれに寄りかかって自分も始まっている広告に目を向けることにした。
 どうして彼女がこんな後方の席を選んだのか、その理由は本編が始まって数十分ほど経過してから判明する。ホラーミステリということもあって全体的に映像が暗く、静かなシーンかと思えば急に物音がしたり効果音がやけに大きく響いたりと、ホラー映画特有の音響は観客をじわじわ恐怖に陥れる。
 物語の内容は、数年前まで児童養護施設だった洋館にある一家が引っ越してきて、しばらくは幸せに暮らしていたのだが、ある日突然一家の息子が忽然と姿を消してしまった。両親が洋館の中を探すもその姿は見つからない。一体どういうことなのか。
 と、息子がどこへ消えたのかを探っていくというのが物語の前半だった。最初こそ明るい場面もあったのが、途中から不穏な雰囲気になり、引っ越してきた家族以外にも何者かの存在を思わせるようなシーンがちょくちょく入ってくる。隣に座るが時折、肩を揺らしているのがわかり、ああそういうことかと納得した。
 きっとこういう場面が出てくるとわかっていて、彼女は後方の席を選んだのだ。なるべく恐怖を和らげるために距離を取ろうとしたのだろう。だが、あまり意味はない気がする。確かに中央のやや後方が見やすいといった多少の差はあっても、映画館のスクリーンは横いっぱいに使用しているためどこから見ても一定の恐怖は全員感じるはずだ。
 目を覆い隠したり、指と指の隙間からのぞいたりと、怖い映画を鑑賞する際によくみられる仕草をしているに笑いそうになる。あれか、怖いもの見たさだろうか。特別ホラーが苦手というわけでもないと思うが、やはり映画館の特徴である暗い場所でホラー映画は確かに恐怖が倍増する気がした。
 可愛いな、と思ったのも一瞬。サボは先ほどの仕返しとばかりにちょっとしたイタズラを思いつき、隣でびくびくしながらもしっかり観ているの太ももにそっと手を伸ばした。

「……っ」

 ビクッと足が反応するのをサボは見逃さなかった。かろうじて声を出さなかったのは映画館の中だからだろう、しかし慌てて口元を押さえたはものすごい勢いでこちらを睨みつけてくる。意趣返しでからかうだけのつもりが、サボの中にある彼女に対してのみ持ち合わせる加虐心がむくむくと膨らむ。正直、睨まれても怖くない。
 スカートの内側に手を滑り込ませて、さらに奥を撫でてみる。今日の服装はミドル丈だから少しめくればなんてことない。さらに言えば、器用なサボには暗がりでも問題ない。
 「んっ」とか「ぁ」とか、声とも呼べない吐息が漏れ聞こえる。必死に我慢してるのがいじらしいが、男はそういう仕草に余計興奮するというのを知らないのだろうか。もちろんサボは限定だけれど。
 スクリーンには母親の嘆く姿が映っていた。そろそろクライマックスを迎える頃なのか、この映画の最大のオチとも言うべき謎に迫りつつあった。アクションが好きなサボもなかなか面白いと思う映画だ。しかし隣では快感に抗うような苦悩の表情を浮かべるが、ぎゅっと拳を握っていた。
 そんな強く握らなくても――と、スカートの中の手を今度は彼女のそれに重ねて開かせる。一つひとつ指を絡ませながら軽く握ってみたり、緩めたり。時折なぞって違う感覚を与えてみる。理性と戦う彼女を、これはこれで可愛いな、と思いながら。

 そうしてサボは、結局エンドロールまで彼女の指を弄び、けれど自分は映画をしっかり観るという器用なことをこなしたのだった。
 後半はもう映画どころではなかったであろうが、エンドロールが終わると同時に「映画館でなにしてんの!? ありえない!」と抗議してきた。一応他人もいる場所だからか声は抑え気味だが、ほんのり赤い頬と少し荒くなっている息遣いが、も満更でもなかったように思える。ただあまり言うと本気で拗ねられても困るので、「悪かったって。ちょっと仕返しするだけのつもりだったんだよ」念のために弁解しておく。
 しかしは何のことかと首を傾げた。

「意味わかんないんだけど……」
「だからさ、おれがあの二人組に興味あるみてェなこと言うからだよ」

 お前以外に興味あるわけねェだろ。
 にだけ聞こえるよう耳打ちして先に席を立つ。後ろで「うっ……」という何とも言えない声が聞こえて、このあとのデートも楽しくなりそうだと気分を上げるのだった。

2022.02.19