サボくんと買い物


 の住む場所からターミナル駅に出ると、大きなショッピングモールが直結している。最近できたばかりな上に、この辺りは数年前から開発していることもあって注目されている都市だ。
 そんな場所に、はサボと買い物に来ていた。土曜日だからかショッピングモールは家族連れで溢れている。一緒に住み始めて半年。人混みが好きではない彼が文句を言いつつも付き合ってくれるあたり、優しいのは昔から変わらない。時折、喧嘩をすることもあるけれど大体はどちらかが折れて結局こうして隣を歩く。
 学生の頃からの付き合いで、恋人である年数ももうすぐ七年。お互いのことを知り尽くしているようで、でもまだわからないこともあるような。適度な距離感を保ちつつ離れがたいこの感情は、サボ以外の誰にも抱かない特別なモノだ。
 一つ目の店での会計を終えて出ると、何も言わずにショッピングバッグを取られて空いた右手がサボの左手と重なる。スマートで自然な動きのそれは、何度回数を重ねてもどこか恥ずかしさが残る。別に重くないのだからいいのに、と思わなくもない。しかしサボは「おれがしたいだけだ」と言って笑うから、はその言葉に甘えてしまうのだ。さりげない優しさに、は幾度となく救われてきた。

「次どこに行くんだ」
「んー決めてなかったけど、もうすぐルフィくんの誕生日って言ってなかった? プレゼント決めたの?」
「そうだった。あいつ何が欲しいんだろうな。の美味いメシでいいんじゃねェか?」
「もちろんご馳走は用意するけど、そうじゃなくてやっぱりお兄ちゃんからプレゼントっていうのが嬉しいんじゃないの?」
「つってもなァ……」

 うーん、と唸りながら考えにふけっているサボに思わず笑みがこぼれる。そうは言っても大事にしているのが彼の良いところだ。
 サボにはルフィという弟がいるのだが、彼こそとサボを引き合わせた張本人である。そもそもは高校時代ルフィと同じクラスで、困っていた彼を助けたことで仲良くなり、そのすぐあとルフィの兄であるサボとも仲良くなったのだ。
 実際はもう一人兄弟がいると聞いたが、訳あって遠くにいるそうでは会ったことがない。そしてその「訳」というのも詳しく知らない。彼らが話したくなさそうな雰囲気だったので、こちらからは聞かないようにしている。それに話したくなったらと向こうから言ってくれるだろうと、二人のことを信頼しているはあえて聞かずに過ごしていた。
 こうしてルフィをきっかけにサボと仲良くなったわけだが、とりわけ急接近したのは高校二年になったばかりの頃だった。
 当時、髪の色と整った容姿で目立っていたは男子からの告白が多かった分、女子から妬まれることもしょっちゅうで、呼び出されては生意気だの髪の色をどうにかしろだのいろいろ言われてきた。ただ、自身はその手のことにまったく興味がなく、すべて断っていたし、こちらから話しかけることもしていない。なのに、女子にはその態度も気に入らなく映るようで、やっぱり「生意気だ調子に乗るな」と言われた。
 加えてもともと一匹狼だったは、陰口を言われようが仲間外れにされようが困る素振りを見せず動じなかった。今思えば、きっとそれが彼女たちの行為をエスカレートさせる原因だったのだろう。しかしあの頃のはたったの十六歳の少女であり、正しい答えを持っていなかった。がしたいようにすることを、周りが許してくれなかった。
 だから、あんなことに――

「おーい聞いてるか?」
「んえっ……」
「……なんだよその間抜けな返事」
「ごめん、ちょっと考え事してた」

 気づけば中央エスカレーター付近まで移動していたようで、考え事をしながら無意識に歩いていたらしい。サボに呼び止められるまで自分がどこにいるのか一瞬忘れてタイムスリップしたような感覚に陥っていた。その様子にサボは少し訝しんだ表情を作ったが、すぐに優しいまなざしで「行くぞ」と繋がっている右手を引っ張られて我に返る。
 え、どこに。反射的に聞き返してしまい、彼がやっぱり聞いてなかったと苦笑いして「三階」という単語を呟やくのだった。


 結局、メインはの肉料理ということになってプレゼントはTシャツを数枚贈ることにしたサボは三階のメンズ服売り場に向かった。もついていったはいいものの、長く付き合いがある割にルフィの好みはよくわからないのでサボに任せて早々に店を出て待つことにした。
 ルフィが好きなことと言えば食べること以外知らない。サボと同じでアクティブであろうことは予想がつくが、そういえば三年間同じクラスだったのに好きなものについて言及したことがないと今更ながら気づく。その事実には苦笑いして、「サボと付き合ってからはずっとサボに夢中だったからなあ」と昔を懐かしむ。三人でいることもあったが、彼には同級生の親しい仲間が多くできたことで自然と距離ができていった気がする。それを兄であるサボは少し寂しく感じていたようだけれど。
 そんなふうに一人で思い出に耽っていると、「お姉さん暇なの?」というまとわりつくような声がを現実に引き戻した。一応、辺りを見回して「お姉さん」に該当する人がほかにいないか確認したが、メンズ服売り場だからか女性は少ないし、いたとしても一人ではなく連れがいる状態だったのでやっぱり自分のことかと改めて認識したところで、「……私になにか?」素っ気なく答えたつもりだったが、相手にはそう受け取ってもらえずなぜか笑われた。

「メンズ服売り場に一人でいるってことはナンパ待ちっしょ?」
「おれたちさっきから見てたけど、十分以上ここに立ってるよね。こんなとこで誰かと待ち合わせてるって訳でもないだろうし、ってことは話しかけられるのを待ってるってことだよな」
「……」

 二人組の若い男たちは早口でそうまくし立てると、馴れ馴れしくの肩に腕を回してきた。瞬間、ぞわりと背筋に悪寒が走り、体が強張る。どうやらサボの買い物が終わるのを待っているのが、彼らにはナンパ待ちに見えたらしい。まったく見当違いもいいところなので「全然違います」と否定して一呼吸おいてから、
「連れの買い物が終わるのを待ってるので暇じゃありません」

 はきっぱり断って、尚も肩に回る腕から逃れようとした。しかしこういうことに慣れているのか彼らのほうが一枚上手で腰のあたりを掴まえられて逃げ道をふさがれる。セクハラだと訴えられても文句は言えない彼らの言動に辟易しつつ、どう切り抜けようか思考を巡らせた。
 サボと付き合っていても一人で出かけたときたまに起こるのだが、彼らにはが余程暇に見えるらしい。実際暇つぶしで散歩ということもあるけれど、大体は用事で外出しているのに勝手に暇だと決めつけてそっちの都合でどこかに連れて行こうとするのは愚行としか思えない。
 大体、ナンパなんて所詮容姿だけしか見ていないのだ。人には正面以外からの角度で見たあらゆる側面があって、それらすべてが集合して初めて一人の人間が形成されているというのに。

「じゃあその子も一緒に連れていくから少しくらいいいだろ」
「……っ、いい加減に――」
「その連れってのはおれのことだが、おれの彼女に何か用か?」

 全然話が噛み合わないことに苛々して大声を出そうとしたら、頭上から低くてけれどいつも聞いている大好きな声が遮るようにかぶさった。直後、耳元で「いてェ!」という男の声が聞こえるとともにの肩がふっと軽くなる。
 あ、と気づいたときにはサボが男の腕をひねり上げていて、その痛みに声をあげたのだとわかる。ようやく自分たちが声をかける相手を間違ったことに気づいたのか、彼らは目に見えて慌てだした。
 肩が軽くなったことでは素早くサボの後ろに回って、彼らのやり取りを盗み見る。

「暇な人間を探してるなら他をあたれ。とはいっても、その声のかけ方はどうかと思うが」
「す、すいませんでしたあっ……!」

 サボの今までにないくらい怒気をはらんだ口調に、男たちは怯えて情けない声を上げるとそのまま逃げるように去っていった。
 やっと問題が解決して一息ついたのも束の間、いつのまにか周りから注目されていて何事かとちらちら視線がたちに向いていた。それに気づいたサボが気を利かせて「とりあえず移動しよう」と提案してきたので素直に頷く。はここにきてようやく胸をなでおろした。

*

 土曜日のショッピングモールはどの場所も混んでいる。特に家族連れで行くようなおもちゃ売り場やレストラン街は平日の比ではない。人で溢れかえっていた。
 たちは人ごみを避けながら空いている休憩スペースを探していた。どうやらそれさえ探すのも一苦労な状態らしい。「土曜日はすげェな」と半ば呆れ気味にサボが呟いた。
 二人分のスペースが空いているベンチを見つけた頃には、それから十分が経っていた。

「……で?」サボがくるりと振り返って問いかけた。会話文としてはおかしいのだが、には彼の言いたいことがわかっている。わかっているけど、
「でって、なにが?」

 でも答えたくなかった。自分が臆病者だと思われるのは嫌だし、未だに克服できていないとサボに知られるのも情けなくて。だから、はわからないふりをしてとぼけた。そんなもの意味ないってわかっていても、自分の心を守る術は殻にこもることしかない。

「あのなァ、とぼけてもムダだからな。怖かったんだろ? さっきからずっと掴んでる」

 と、指摘されたのは自分の右手だった。言われてサボの視線の先をたどると、自分の右手はなぜかサボが着ているトレーナーの裾を掴んでいた。え、と自分にぎょっとして慌てて離したのだが、彼が別にそのままでいいよと柔らかく言うものだからなんだか泣きたくなってくる。
 あの時と同じで、彼は何も言わずにただそばにいて寄り添ってくれていた。大丈夫じゃないことくらいわかっているとでもいうように、背中をさすりながら「今日の晩メシは何にするかな」と全然関係ない話をして(もしかしたら独り言のつもりだったかもしれないが)、気を紛らわそうとあえて明るく振舞って。そんなさりげない心遣いがありがたかった。
 いつだってこの人は、ほしいときにほしい言葉をくれるから。

「ごめんね、私まだ……」
「ゆっくりでいいよ。のペースで少しずつ変わっていけばいいんだ」

 ああ、ほら。こうして簡単に心を溶かしてく。だから諦めずに頑張ろうと思える。私は私を諦めないでいられる。
 孤独でも構わないと思っていたあの頃とは違って、もうサボのいない人生なんて考えられないけれど。それでも前は進むのは自分自身だから。きちんと自分の足で立たなくては。サボに見合う人間でいるために。

「ありがとうサボ。だいすき」
「……なんだよ珍しい。こんなとこで」
「別に、言いたくなっただけ。それにみんな自分のことに夢中だから聞いてないって」
「あんまり可愛いこと言うと帰ってから困るのお前だぞ」

 額を小突いてなんだかいかがわしい雰囲気の発言をするサボに「そういう意味で言ったんじゃない!」と抗議する。優しいと思ったらすぐこうだ。しかし、彼は悪びれる様子も見せずに頭を撫でるだけだった。まるで子ども扱いなのだが、嫌な感じがしないのが彼のズルいところである。

「はは、わかってるって。で、これからどうする?」
「んーデザート食べたいかも」
「……太るぞ」
「もお、またそういうこと言う?」

 ジト目をサボに向けると、冗談だと目を細めて柔らかく笑った。気づけばは軽口を叩けるまでに不安も恐怖も自然と凪いでいた。
 すっかり気分がよくなったは、サボの手を引いて再び人ごみの中へ繰り出していく。

2022.03.20