誕生日の前夜


「総長。明日は仕事休んでくださいね」
「いいですか、絶対ですよ!」
「なんだよ急に。休みなんて聞いてねェぞ」
「そりゃあいま初めて言ったので。でも大丈夫です、ドラゴンさん含めてほかの皆さんも全員知ってるので問題ありません。じゃあおれ達も今日は部屋に戻りますね」

 いつもならだらだらと喋って盛り上がっている部下達がそそくさと食堂を出て行くのを、サボは首を傾げて見送った。自分達の言いたいことだけ言っていなくなったので理由を聞きそびれた。一人取り残された食堂は急に活気がなくなり、物寂しく感じる。一体なんだったんだ。
 部下達から数分遅れて席を立ったサボは、厨房に食器を預けて食堂を後にした。





「お疲れさま。明日のことでちょっと話があるんだけどいま大丈夫?」

 部屋に戻ったらが扉の前で待っていた。すでに就寝の支度を済ませたのか、部屋着――とまではいかないものの仕事中の服装からみれば随分カジュアルな格好だった。そして頬が少し上気しているところから察するに風呂上がりみたいだ。思わず眉間にしわがよる。

「大丈夫だけど、いつから待ってた?」
「え……んーそうだなあ、五分も経ってないとは思うけど」
「お前な〜ここは男の居住棟だって言ってるだろ。無防備だぞ」
「またそれ? なんでそんなに気にするの。ここはサボの仕事場でしょう?」
「そうだけど……心配なんだよ」

 自分と恋人であることは周知の事実であるとはいえ、以前新人が近づいてきたことはサボの記憶に新しい。それ以降、彼女のほうも距離を取るようになったようだが、安心するにはもう少し警戒心を持ってほしいところではある。
 我儘だろうと何だろうと、お前は自分が思ってる以上にかわいいんだ。恋人の贔屓目かもしれねェけど。心配はもちろんのこと、そういう無防備な姿を見せるのは自分の前だけであってほしいという子どもじみた独占欲だ。
 そうだ、まるで自分の玩具を取られたくなくて必死に懇願する子どもみたいだと思う。なのに彼女はおかしそうに笑うだけで特に気にする様子はない。

「心配性だね。じゃあ勝手に部屋で待ってていいの?」
「そりゃあもちろん……そのほうが安心する」
「そっか。わかった」素直に頷かれて少し後味が悪い。こちらの醜い感情をまるで知らないに罪悪感が募るが、今はその素直さが有り難くて甘えることにする。
「話を逸らして悪かった。おれに用事があったんだろ?」
「あ、うん。明日のことなんだけど、仕事は一日お休みって皆さんから聞いたよね? 私と一緒に過ごしてほしいんだ」

 顔を背けて、なぜか恥ずかしそうには言った。さっきまでは平気で「なんでそんなこと気にするの」とか言ってたくせに変なところで赤面するのは相変わらずだ。
 そのせいで危うく聞き逃すところだったが、彼女の発言にサボはやはり首を傾げた。一緒に過ごしてほしいなんて最高のお願いだったし、断る理由がないとは言っても状況がさっぱり掴めない。

「さっき部下から聞いたよ。ドラゴンさんも承諾してるって聞いてますます首を傾げてたところなんだが、一緒にってどうしてまた急に?」
「誕生日だから私が無理を言ってお願いしたの。一日だけサボを独り占めしてもいいですかって」
「たん、じょうび……」

 思わぬ単語がの口から飛び出してきてオウム返しするだけになってしまった。頭の中で必死に情報を整理しようとする。ここで言う誕生日というのはもちろん自分のことだろう。しかし彼女はいつの間にそんな休暇を上司に願い出ていたのか、まったく気づかなかった。
 呆然と言葉を失っているサボを、は不思議そうな顔で見ていた。こちらの反応が薄くて拍子抜けしているようにも見える。

「まさか忘れてた? 私コアラちゃんから聞いたんだよ。『先に私が祝われちゃってサボ君拗ねてたから盛大に祝ってあげて』って」

 言われて思い出すのは数か月前のコアラの誕生日を、が食事に誘って祝っていたことだ。翌日嬉しそうに仕事するコアラに軽い嫉妬をぶつけた記憶は確かにある。けれどあれから任務に追われてすっかり頭から抜け落ちていたことで、まさか休暇をもらってまで祝われるとは思ってもみなかったのだ。
 独り占めしたい――そんなかわいいことを言われたらどうしようもなくなる。仕事をしてない間のおれは全部お前のモンだしその逆もまた同じだ。
 ああ、その愛らしい唇に無性にかじりつきたい衝動に駆られる。誘われるように、サボの手がの頬に触れた。少し驚きを見せたものの、すぐに彼女のくりっとした双眸が細まって一層嬉しそうな笑みを浮かべてから、

「ちゃんと計画してるよ。サボが生まれた日だもん、やっぱり心を込めて――んっ」

 その言葉に体が勝手に動いた。吸い寄せられるように唇を塞いで、余すところなく堪能して。がくれる深い愛情に、こちらからも同じものを返すつもりでサボは軽いキスを何度も繰り返した。
 時間が経てば経つほど、気持ちは加速していくばかりだ。彼女に対する愛には際限がない。十七年の空白を埋めるために必死になっているだけなのかもしれないが、健気な態度や行動をされると心の真ん中をくすぐられるし、すぐに気持ちが溢れ出てしまう。せき止めるものがなくて、常に理性を働かせていないといけない。

「……ありがとう」唇を離してから、ようやくその一言だけを返した。頬の赤みが引いてきたはずのは、また火照った顔に逆戻りして息が上がっていた。悩ましい吐息に早くも音を上げそうになり、ぐっと堪える。

「私がしたいだけだからいいの。とりあえず明日は本部の入口に朝九時集合だからね、寝坊しちゃダメだよ。じゃあ今日は自分の部屋に戻るから」
「送るよ」

 去っていこうとするの腕を掴んで引き寄せると、小さな体を目いっぱい抱きしめた。苦しいよと籠った声を出す彼女を気にする余裕はなくて、しかし少ししてから背中に回る温もりを感じたサボは自然と笑みがこぼれたあと、そのいとおしい存在を確かめるようにより一層腕に力を込めた。

2023.01.18