きみが生まれた日〜料理編 前編〜
準備してくるから部屋で待っててほしいと言われて二十分ほど。何もやることがないせいで逆に落ち着かない。無意味に部屋の中を往復したり、時計を見たり、いつもなら夕食ギリギリまで仕事をしているからか、何もないというのは変な感じがする。
が夕食を用意してくれることへの期待が膨らむ中、サボはここに来るまでの不可解なやり取りをふと思い出した。
食堂のほうへ消えていったと一旦別れてから、部下やコアラ、ハックといった複数の仲間と会い、すれ違いざまに「おめでとう」の言葉をくれたほか、ちょっとしたプレゼントももらった。
しかし素直に礼を言って受け取るのと同時に、コアラから「感謝してよね」と恩着せがましく言われて一体何のことかとサボは首を傾げた。おまけに、なぜか今度は部下から「総長は本当に幸せ者だと思います」と羨望の目を向けられて余計に訳が分からなくなる始末。
余程変な顔をしていたのか、コアラがぷっと吹き出して笑った。「なんだよ」サボは笑われたことが気に食わなくて唇をとがらせる。
"がね、サボ君が喜んでくれるならって頑張ってたから"
"後になればわかるよ。私がすごく可愛いデザインを選んだから期待してて"
コアラはウインクしてサボの肩をそっと押すと、そのまま談話室のほうへ姿を消していく。部下達もニヤニヤとだらしない表情をしながら自分を見て通り過ぎていくのでなんだか心が落ち着かないまま、それを見送るだけになった。
一人廊下に取り残されたサボは「だからなんなんだ」と不満の声を漏らして自室へ戻った。戻る間もいろんな奴らが祝福してくれたのだが、全員が全員似たような顔で自分を見ては愉しそうにしているから眉間にしわが寄るばかりだ。自分だけが事情を理解していないらしく、どうもやっぱり落ち着かない。
ただ、が自分のために頑張っていることが関係しているのならコアラの言う通り期待してもいいのだろうか。誕生日だから独り占めしたいなんて可愛い発言をされて、今日は朝からずっと彼女とともに過ごしている。久しぶりにデートできただけでも満足だというのに(もちろん夜は別の話だが)、これ以上何をしてくれるというのか。
以前のバレンタインとかいうイベント事でも自分だけ秘密にされたことが記憶に新しいサボは、若干モヤモヤとしたまま自室に戻って来た。
「後になればわかるってのは少し複雑だな……」
頭を掻いて、今すぐ知りたいとはやる気持ちと楽しみは後に取っておくべきという相反した感情がない交ぜになる。あと数分と経たないうちにと会えるのだから気にしなくてもいいのに、期待で落ち着かないなんて子どもみたいで恥ずかしい。部屋の中に誰もいなくてよかったと長いため息を吐いたときだった。
三回、誰かが扉をノックした。予期せぬ音に肩が情けなくビクッと反応してしまい、もはや参謀総長形無し状態だ。見られていないとわかっていても、これには情けないと反省したくなった。
誕生日だからって舞い上がりすぎだろ、とサボは自分を叱責してから気持ちを切り替えて扉に近づいた。
「いま開ける」平静を装って答える。扉を開けて顔をのぞかせたのは、しかしではなく部下だった。
「総長。準備ができたそうですよ、食堂へどうぞ」
*
呼ばれて向かった食堂にがいるのは当たり前だが、なぜか本部にいるほぼ全員が集合していて一瞬入るのを躊躇った。
テーブルの上には宴でも始めるのかというほどの料理が並べられている。肉も魚も野菜もデザートも。酒やジュースといった飲み物まで所狭しと並んでいた。仕事を切り上げるタイミングはそれぞれ異なるだろうに、今日はどうやら全員が揃えてきたらしい。決して暇じゃないはずだが、上司までいるところを見ると彼の意向なのかもしれなかった。
「サボさんお誕生日おめでとうございます!」
「おめでとうございます総長」
廊下ですれ違ったときと同じように祝福の声をかけられながら中央へ向かうと、エプロン姿のが「ここに座って」とみんなが座っている場所ではなく一つ隣のテーブルへ案内された。
そこには一人分――一般的には多すぎるだろうが、サボにはちょうどいい――の料理が置かれている。心なしか、隣にあるたくさんの料理よりも盛りつけや食材が豪華に見えるのは気のせいだろうか。
「おれ達の料理はいつも通りのやつっすけど、総長の分はもちろんさんが丹精込めて今日のために作ったスペシャル料理ですよ」
「食材もね、少し遠出して大きなマーケットで珍しいものを手に入れてきたんだ」
部下の言葉にが付け加えて少しだけ自慢げに言った。確かに隣の料理は量が多くて豪勢だったが、メニューは本部でよく食べられているものに対して、こっちは初めて見る料理ばかりが並んでいる――部下の言葉を借りるなら”スペシャル”と呼ぶにふさわしい、見た目にも凝った料理だった。
「これ、全部が作ったのか?」
驚いているサボの言葉に、は「もちろん」と嬉しそうに笑った。促されるまま席に座ると、隣に彼女が腰かける。始終ニコニコしていて気恥ずかしさを覚えるが、同時に幸福感で心が満たされていく。
彼女によれば、セント・ヴィーナス島での貯金を使ったのだという。今まで一人暮らしだったが、カフェの運営費と必要最低限の生活費と趣味の園芸が少し。カフェが軌道に乗ってからは少しずつ貯金していたそうで、それが意外にも貯まっていたから奮発したのだと語った。
が貯めた金だ。使い道は自由だが、自分のために遠出して買ってきたというから随分と健気なことをしてくれる。
「あ、もちろんケーキもあるから楽しみにしててね」
「……」
サボは、ともすれば口元が緩んでしまうのを堪えるのに必死だった。誕生日とはいえ、こんなに尽くしてくれるに自分は一体なにを返せるだろう。まあ彼女のことだから、別に見返りがほしくてしてるわけではないだろうが。それでも、サボの胸の奥に広がる苦しいくらいの幸せを彼女にも味わってほしいと思う。
「サボ……?」反応がない自分を見つめて不安そうにするに「違う」と言おうとしたとき、
「嬉しすぎてニヤけそうだから必死に抑えてるんですよね総長」
わかったような口調で部下が指摘してきたので思わずしかめっ面になる。言い当てられたこともそうだが、の前ということもあってきまりが悪い。
「余計なこと言うな」
「ほんと? 喜んでくれてる?」
期待に胸を膨らませた双眸がサボをじっと見つめてくる。やめてくれ。そんなふうに見るな。想いが溢れちまう。
「……ああ。すげェ嬉しいよ」
どうにかしてそれだけ答えたサボは目の前の料理に視線を向けて恥ずかしさを誤魔化そうとした。少し素っ気ないように捉えられてしまったかと言ってから不安になったが、ちらりと盗み見たが満面の笑みでよかったとこぼしてくれたので伝わったらしい。
ふと、食堂内がやけに静かであることに気づいて周りを見渡すと全員がこちらを見ていた。見ているだけではない。口元を押さえてニヤついている奴らがほとんどだ。最近こういう場面が多い気がする。
「言いてェことがあるなら聞くぞ」
「いいえ、幸せそうで何よりです」
「それより乾杯しましょうよ〜おれ達早く飲みたいっす」
結局それか。正直すぎて怒る気にもなれないが、今日くらいは大目に見てもいいかと心がいつもより穏やかなのはの気遣いやらもてなしやら、ともかく人を思いやる温かな気持ちを受け取ったからだ。
『それじゃあ、総長にかんぱ〜い!』
その掛け声を歯切りに、向かいの二つのテーブルで宴会が始まった。最初の挨拶だけで後は料理と酒に夢中とは素直な奴らである。
彼らの様子に呆れた視線を送っていると、袖を引っ張られた感覚がして意識がそっちに向かう。
「サボはこっち」
と、から渡されたのはワイングラスだった。中には深い葡萄色の液体。見ての通り、中身はワインだろうがこっちを飲めという意味だろうか。
「今日のメインがワインに合う料理なの。だから、ちょっと高いけど買ったんだ。セント・ヴィーナス島でバーもやってたから実はお酒もある程度知ってて、めったに手に入らないんだよこれ」
「へェ、そうなのか」
そういえば、彼女の運営する店が昼間はカフェで夜はバーだったことを思い出す。サボ自身、酒に関して美味い不味いの二択しかないのでよくわからないが、彼女が言うのなら美味しいワインなのだろう。グラスにそっと鼻を近づけると芳醇な香りがした。
一口含んでから舌で転がすように味を堪能して飲み下す。
「確かに、いつも飲んでるものより濃い味かもしれねェ。美味いな」
「でしょ! 聞いたことない産地だったんだけど、試飲したら美味しくて……」
「ありがとう。料理も食っていいか?」
「うん。あ、じゃあ私はケーキの準備してくるから少し離れるね」
そう言って楽しそうに軽いスキップをしながら厨房へ向かうが可愛くて思わず吹き出した。