きみが生まれた日〜料理編 後編〜
ローストされた肉が皿いっぱいに盛り付けられている。味付けも複数のソースがあってかなり凝っているらしい。名前はよくわからないが、とにかくワインに合うのは確かだった。美味しければ料理にこだわりはないというのがサボの本音であるものの、が自分のために一生懸命作ったのだと思うと神聖なものに見えてくるから不思議だ。
彼女が厨房へ行ってしまったので、サボは一人静かに食事を楽しんでいた。周りは宴会のようにバカ騒ぎをしているが、こうして本部の連中全員が集まることは珍しいのでたまにはいいかもしれない。と、ジョッキを持った部下が数人こちらのテーブルへ向かってきた。またか……。
「総長、午前中のデートはどうだったんですか。なんかさん、朝から張り切って厨房で準備してたみたいですけど」
と入れ替わるようにやってきた彼らはどうやらタイミングを見計らっていたらしく、いつものごとく自分達のことが気になって仕方ないようだ。
「昼メシを用意してくれたよ。公園でピクニックしてきた」
「うわっ、可愛いデートっすね。羨ましい。で、そのネクタイはプレゼントですか」
「……お前ら本当に目ざといな」
「やっぱり! さっきからずっと気になってました。さんにつけてもらったんすか、くぅ〜ほんと良い奥さんですね」
「奥さんじゃねェよ……まだ」
相手にするんじゃなかった、とサボは嘆息した。
彼らは自分の口から語るの話が好きというより、ついぽろっと本音が出てしまう自分を面白がっている節がある。それは鬱陶しい一方で、には言えない――というより、少し気恥ずかしい胸の内を吐き出すにはちょうどよかった。女同士にしかわからない話があるように、男同士にしかわからないこともあるものだ。
「はいはい。邪魔者は退散しますから、そんな怒らないでくださいよ」
「あ、ごめんなさい。話の途中でしたか?」
と、そこにケーキを乗せた皿を抱えるが戻ってきた。生クリームで覆われたケーキの上に、フルーツがたくさん乗っている。
「大丈夫です。総長、ケーキもすげェ楽しみにしてるみたいなのでおれらのことは気にせず……あ、そうだ!」
「なんだようるせェなァ」隣のテーブルに戻るのかと思われた部下は、立ち上がった瞬間何か名案でもひらめいたかのような顔をして自分とのほうに向き直った。
「さんにケーキを食べさせてもらったらどうですか? ほら、結婚式でもよくやってますよね」
「もしかしてファーストバイトですか……?」が恥ずかしそうに答える。
「それです! 結婚式の練習だと思ってちょっとやってみてください」
嬉々として「やってみてください」と言った部下の後ろから、次々に「見たい」だの「やってくれ」だの好き勝手言ってくる仲間を前に、は顔を真っ赤にして混乱した。
なるほど、結婚式にもそういうシーンがあるのか。サボの胸中は、彼女とは反対に心が躍っていた。以前料理を食べさせ合ったことがあったが、結婚という単語を出されるとまた違った意味を持つ気がして嬉しい。
仲間の前では何かと恥ずかしがる彼女だが、ここは一つ願い出てみる。
「そうだな。せっかくだからやってくれよ。お前が作ったケーキ、おれに食わせてくれるだろ?」
「あっ……」
ケーキを持ったまま放心している彼女の腰を掴んでゆっくり引き寄せた。下から覗き込むように見上げて、「頼むよ」と懇願したら、彼女がほぼ百パーセント断らないことをサボは知っている。それに今日は何でもしてくれる約束だったはずだ。
狙い通り、「うう……」と唸りながら皿をテーブルに置いた彼女は、フォークをケーキに通して一口すくった。やってくれるらしい。
「一口だけだからね」
生クリームとフルーツが乗ったフォークを口元に差し出されたサボは、そのまま大口を開けてぱくりと頬張った。甘すぎない生クリームと甘酸っぱいフルーツは相性が良く、スポンジ部分もふんわりしていて美味かった。さすがだ。
すぐに胃の中へ消えてしまいそうなそれを、あえて何度も噛みしめて味わってから飲み込む。普段から差し入れ以外で甘いものを食べないサボは、前にケーキを食べたのはいつだったかと考える。デザートよりしっかり腹にたまるものを好むので、彼女がいなければ食べる機会もほとんどなかったように思う。
「うん、美味い。ちょうどいい甘さだ」
「よかった。残りは切ってみんなで分けよう」
腕の中でが顔をほころばせる。腕に自信はあるだろうに、サボの反応をいつも気にしているのがいじらしくてたまらない。そして毎回「美味しい」という感想しか言わない自分に「そればっかり」と頬を膨らませるのもまた可愛かった。嬉しいのを隠しきれずに、そんなことを言っているのがわかるから。
しかし、彼女の発言には納得いかなかった。おれのケーキをなんで分ける必要があるんだ。「そんな顔しないで。量が多くてこんなの一人で食べたら気持ち悪くなるよ」
サボの不満そうな表情を読み取ったが諭した。確かに甘さ控えめとは言っても、この量を平らげたら胃がおかしくなるかもしれない。
「そう、だな……」
「サボの分は多めに取っておくから、残りは皆さんにもおすそ分け――あ、ごめん。クリームがついちゃったね」
言いながら、がエプロンの裾を掴んでサボの唇の端をそっと拭った。気づかなかったが、どうやら口についてしまったらしい。とっさの献身的な行動であることはわかりつつ、彼女のこういう大胆なところは可笑しかった。
「〜〜っ、ちょっと二人とも! 盛り上がるのはいいけど、ここ食堂だからね!」
真横からぐいっと誰かの顔が近づいてきて、がハッとして声に反応した。見れば、コアラがほんのり頬を染めて恥ずかしそうにしている。
「ご、ごめんねコアラちゃん」
「なんだよコアラ。いつものことじゃねェか」
「ほかのみんなもいるんだから、そういう甘い雰囲気は二人きりのときだけにして! お腹いっぱいになっちゃうでしょ」
意味が分からないことを言い出したのでサボは首を傾げたが、のほうは納得したのか首をぶんぶん縦に振って謝っていた。
ファーストバイトだなんだと言い出した部下達も似たような表情でこちらを見ている。いや、見慣れてる奴らはいつもの光景だとあまり気にしてる様子はない。羨望の目が半分、呆れた目が半分。
「わかったよ。、あとは部屋で食うから持ってきてもらってもいいか?」
「え……でも、いいの? みんなと一緒にお祝いしなくて」
ちらちら周りを気にするに、「いいんですよ、おれ達は明日からも仕事で会えますし、今日は総長と二人で仲良く過ごしてください」という気遣いの言葉が投げかけられる。
コアラはなぜかのそばに言って何かを耳打ちした。「わーちょっとコアラちゃん聞かれたらどうするのっ」たちまちコアラの口を塞ごうと必死になるが急に顔を赤くする。よくわからなかったが、楽しそうな二人の間に入って、
「そういうことだ。おれも手伝うから頼む」
「……わ、わかった」
がテーブルの上に並べられた料理を持ってぱたぱたと再び厨房へ戻っていく。
こうして慌ただしく誕生日の夜が過ぎていくが、彼女と二人きりの夜はこれからが本番だった。