春爛漫、桜と憧れの人達
桜と枝豆のおにぎりが今日の主食で、花形の玉子焼きや三色(具材はまだ食べていないのでわからない)の肉巻き、チューリップ唐揚げ(これは骨付き手羽先を唐揚げにしたものをそう呼ぶらしい)といった特別メニューはこの日のために昨晩からフレイヤさんが料理人たちと準備していたものだ。色とりどりの料理がピクニック用の大きな三段弁当に詰め込まれており、みんな美味しそうに食している。
私も早速彼女が一個一個握ったという俵型のおにぎりを手に取って口に運ぶ。塩気がきいた桜に、シンプルな枝豆の味がとても合う。何よりピンクとグリーンの彩りが春らしさを表現していて、さすがフレイヤさんといったところだ。
モモイロ島、カマバッカ王国の城外。桜が咲き誇り、春爛漫という言葉がぴったりなこの季節。革命軍本部では午後から花見という名の宴が催されていた。いつもは忙しくてこういう場になかなか出席できないドラゴンさんやイワさんも今日は珍しく参加していて、頭上に見える桜に目をとめながらお猪口をあおっている。保護された子どもたちには可愛らしいウサギ型のウインナーやいろいろな具材がトッピングされた、開けたいなり寿司など視覚的に楽しめるようになっていて、そうした配慮も彼女のすごいところだ。
フレイヤさんはよくレシピの本を見ているので私が知らない地域や国の料理がたまに出てきたり、差し入れにも見たことないお菓子を提供してくれたりする。そのたびに小さく感動を覚えていることを彼女は知らないが、密かな楽しみだったりするのだ。
その彼女は、城外の東側――ひと際大きな桜の木が植えられている場所で恋人である総長、そしてコアラさんやハックさん、ほかの幹部の方々がいるピクニックシートで自分の作った料理を食べていた。私もそのすぐ隣のシートで、近しい先輩のフレッド(敬称はいらないとのことで、さん付けをしていない)とお花見弁当の味を楽しんでいる。と言いつつ、普段通信部で仕事を手伝うフレイヤさんに会う機会はなかなかないので、こういう場を使って少しでも話せるチャンスがないかとうかがっているところだった。
「おいミリィ。お前さっきからじろじろ見すぎだってーの」
隣から若干呂律が回っていない声が聞こえて振り返ると、赤ら顔のフレッドがにまにま笑っていた。ドラゴンさんたちのようにお猪口に注いで飲めばいいものを、酒瓶そのままをあおるという豪快な飲み方をしているせいですでに酔っ払いである。
「いいじゃないですか、憧憬の眼差しってやつです。今日も一段と可愛い……」
「だからお前はフレイヤさんの何なんだよ」
「酔っぱらいは黙ってください。私は総長とフレイヤさんの幸せそうなところを見るのが好きなんです」
視線は向かい側にいる総長たちに向けたまま投げやりに答えた。
周りでいろいろな話が飛び交っているせいか二人が何を話しているかまでは聞こえないが、互いの前髪が触れそうなほど近づき、総長が何かを発したあとフレイヤさんがクスッと笑う。いつもの光景でありながら二人のそういう姿に胸が締めつけられるのは、やっぱりこれまでの経緯を聞いたからだろうか。
誤解しないでほしいが、この「締めつけられる」という言葉は私が二人に恋をしているとかそういうことではない。いや、ある意味ではそう捉えられるかもしれないが、ともかく二人が作り出す空間が好きなのだ。
世間ではそれをバカップルと評し、実際総長の身近な人たちはみんな声をそろえてそう言っている。冷やかしや揶揄いの意味もあるとはいえ、あの誰とも関係を作らなかった総長がようやく再会できた女性と幸せそうにしている姿はここにいる全員が祝福しているし、できればもう二度と離れないでほしいと思うのだ。
「……幸せそうだよなあ」
ぽつりとフレッドが独り言をこぼした。彼の目線は私と同じ、総長たちに向けられている。
フレッドもまた総長とフレイヤさんの出会いと別れから再会するまでの経緯を知っているらしく、忙しい総長に代わってトレンド情報を仕入れては提供するという肩入れ具合だ。けれど、実際その情報のおかげでフレイヤさんが喜んでいたという報告を聞いたことがあるから侮れない。
そうですねとフレッドの独り言に相槌を打って、そのまま静かに敬愛する二人を見守っていたときだった。
「あっ」
フレッドと自分の声が重なる。
総長の口の端についたご飯粒をとってクスクス笑うフレイヤさん。いっときぽかんとしたあと、どこか嬉しそうに微笑む総長。その光景を偶然見ていた先輩たちがにやにやと野次を飛ばし、コアラさんをはじめとする幹部の皆さんがやれやれといったふうに見守って――
彼らはとても楽しそうに笑う。天竜人との対決が控えているとは思えない、しかしこういう何気ない時間が尊いものだと私たちは知っている。
*
「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど……」
縮こまって居心地悪そうにするフレイヤの視線が泳ぐ。彼女の人差し指には拭うことも忘れてまだ米の粒が付いたままだ。
そういえば前にも同じ状況になったことがあって、そのときも彼女に拭いてもらったが(あのときは何かのソースだった気がする)部下達に見られて何か指摘された記憶がある。サボとしては仕事をしていないときにフレイヤとどうしていようが勝手にさせてくれという思いだが、自室でなければ当然二人きりではなく人の目があるので彼女は気にするらしい。
落ち込んでしまった彼女を見た部下達が慌てて「あーそうじゃないです!」と否定しにかかる。彼らの手にある酒の入ったジョッキが今にも溢れそうな勢いで迫ってくるので、こぼすなよと注意しつつフレイヤに群がる部下達をそれとなく制する。近ェよ。
「フレイヤさんは気にしなくていいです。おれ達、総長のだらしない顔を見るのが楽しいというか……どんなに綺麗な女性でもデレデレしないこの人がフレイヤさんにだけは甘いのがいまだに新鮮なんですよね〜」
「お前ら、そんなにおれで遊んで楽しいか?」
「そりゃあ楽しいでしょ。気づいてないかもしれないですけど、フレイヤさんといるときの総長はかなり緩んでるじゃないですか。さっきだってご飯粒とってもらってデレデレしちゃって」
「……」
反論する余地がない台詞に閉口したが、かといって別に否定的でもないので受け流すことにする。自分では特別意識していないことを他人から指摘されると、本当にそこまで言うほどなのか疑いたくなる。彼女の隣が落ち着ける場所だと自覚しているので、気が緩んでいるのはもちろん間違いないが。
部下があれこれ言うのを聞き流しながら先ほどから黙っているフレイヤにちらりと視線を向けたとき、サボは自分以上に意識している人間がいることに気づいて目を見開いた。
「そう、なんだ。嬉しいな」
目を伏せて、恥ずかしそうにしながらも言葉通り嬉しさを隠しきれないフレイヤの表情を見たら、ぶわりと全身に血液が駆け巡る感覚に襲われた。独り言のつもりで呟いたのかもしれないが、隣にいた自分には一音一音しっかり聞き取れてしまい、背中がむずがゆく感じた。お前のそういうところが可愛いって言ったら、また冷やかされそうなので心の中だけに押しとどめる。
「もお〜フレイヤが可愛いからだよ! だからサボ君もだらしなくなっちゃうし、私だってフレイヤといると気が抜けちゃうもの。良い意味でね」
突然フレイヤの右側から――サボから見れば彼女を挟んで自分とは反対側からコアラがフレイヤに抱きついて猫みたいに頬を擦り寄せてきた。目をぱちくりさせて驚いたフレイヤは、けれど照れくさそうに「私もコアラちゃんといるの楽しいよ、いつもありがとう」とコアラにとっては最高の褒め言葉ともとれる発言をして困らせた。
年齢が近いこともあって、確かに二人でよく出かけたり、休憩時間に何やら一緒に雑誌を見ていたりと仲良くしているところを見かける。たまにはフレイヤとの時間を譲ってほしいと主張されることもあるほどだ。
「コアラ。お前もくっつきすぎだ」
「ねえフレイヤ。この、桜が入ってるおにぎりの作り方教えてくれる?」
こちらの言葉を華麗に無視してコアラが話を進めていく。しかし料理の話となるとフレイヤも熱が入るので、そのあたりの単語をよく知らないサボには入り込めない話題だった。
バレンタインとかいうイベントでも一緒に厨房で作業したり、時々二人で料理をしているので本当によく一緒にいると思う。何なら自分といないときのフレイヤはコアラと話していることが多いような気がする。女には女の話があるようだから、そこに入り込むことは一応控えて――いや、前に二人で町のカフェに行くと計画していたところに自分も行くと我儘を言ったことがあったか。
それは置いておくとして、そろそろ自分に譲ってほしいと手を伸ばしかけたとき、
「あ、あのっ……!」と頭上で若い女の声がかかった。その場にいた全員の目がそこへ向き、一斉にたくさんの視線を浴びたその女は肩をすくめた。すらりと背筋の伸びた、サボも知っている優秀な女兵士だ。彼女は頬を赤らめながらフレイヤの前でしゃがみ込むと、「私も……私もフレイヤさんに料理を教わりたいです!」勇気を振り絞って告白するときのような意気込みで頭を下げた。
突然の申し出に一瞬目を丸くさせたフレイヤは、しかしすぐに顔を綻ばせる。
「ミリちゃんも? じゃあコアラちゃんと三人で一緒に作ろうか」
「ありがとうございます!」
「楽しみだね! そうだ、今度ミリも一緒にカフェに行くのはどう? 来月から新作デザートが出るみたいだし、時間作って三人で行こうよ」
コアラがまた別の話を持ち出したせいでますます女三人は盛り上がり、サボはついに会話の中へ入ることを諦めた。フレイヤが口元に笑みを浮かべて、二人と楽しそうに話しているのをただ眺めるだけになる。
「フレイヤさん取られちゃいましたねサボさん。あいつ、彼女にも陶酔してるんでさっきから話しかけたくてうずうずしてたみたいです」
じっとフレイヤ達の様子を見ていたら、後ろからこそこそと耳打ちされたので振り返る。酒瓶を持ち、頬を染めた酔っ払いが一人。立場上、部下ではあるが、サボがここに来たときからの知り合いであるフレッドだ。
親しげに「あいつ」と呼ぶのは後輩のミリのことで、同じチームにいるせいか仲が良く、その分しょっちゅう喧嘩もしている。そして、共通して何かと自分達(もちろんおれとフレイヤ)を気にかけてくれていた。応援しているのだということだけは熱意で伝わっているので、ありがたくその気持ちを受け取っている。
「そうだったのか。まァ、確かにフレイヤのことをよく聞かれるし、懐いてるってェのはなんとなく感じてたが」
「あ、つまらないって顔してる。まーいいじゃないですか、このあとデートするんでしょう? 今は僕がサボさんに付き合ってあげますって、ほらほら飲みましょうよ〜」
お猪口を手渡されて、そばに置いていたどこかの地酒をなみなみ注がれる。受け取ったまま動かない自分に、ほらほらとフレッドがあおってくるので仕方なく一気に流し込むと、思ったよりなめらかで後味がすっきりしている酒だった。
彼の言う通り、フレイヤとはこの大宴会のあとに城外を散歩する約束をしていた。城の裏側に桜並木があるらしく、ちょうど見頃でとても綺麗だという。あと一週間もしないうちに葉桜になってしまうと教えてもらったサボは、宴会ついでに彼女と二人で花を見る時間を確保した。
ちらりとフレイヤにもう一度目を向ける。途切れ途切れに聞こえる、新作デザートとそれに合う紅茶は何かというやっぱりサボにはわからない話に苦笑する。しかし、同性の友人があまりいない彼女がここまで楽しそうにしているのだからそこに水を差すのも野暮というものだろう。
「たまにはこういうのもいいか」
独りごちたあと、サボは頭上で舞う桃色の花に視線を移した。