混ぜればいいってもんじゃない

 その日の夜、部屋を訪ねていたフレイヤにとある提案をされたサボは悩んだ末に承諾した。正直自分の苦手分野なので乗り気ではないのだが、彼女の好奇心旺盛な瞳に負けてつい頷いてしまった。
 フレイヤを後ろから抱え込んでソファに腰かけていたサボは、分厚いレシピ本を広げている彼女の肩口に顎を乗せて「ふーん」と同じように本を覗き込む。
 開いているページには丸い形の何かの上に茶色いソースと白っぽい液体が乗せられていて、その上に緑色の粉っぽいものと削りカスみたいなものがまぶしてある不思議な食べ物。少なくともサボは見たことがなかったし、食べたこともない。さらにページの左上にはこの料理の名前だと思われる単語が大きな文字で書かれていた。「お好み焼き」と記されているそれは、やはり聞いたことがない。当然、味も想像できなかった。

「これを作るのか?」

 作り方をチェックしながらメモを取るフレイヤに聞く。こちらの声がすぐ近くで聞こえるせいか、少しくすぐったそうに身をねじった彼女がそうだよと笑った。これだけくっついているとわかるが、最近ボディクリームを変えたらしく良い匂いを放っているのですぐ手が出そうになるのをこらえるのが大変だ――という心境は自分にしかわからないので、彼女は至っていつも通りである。
 こうして寛いでいる途中で彼女が思い出したようにコアラ達へお好み焼きをもてなす約束をしたと明かしたことから話は始まった。サボと一緒に作りたいという可愛い願望を断るに断れず、明後日の夜に向けて図書館で借りてきたレシピ本を読んでいる。

「お好み焼きはとある地域の郷土料理で、歴史は結構長いんだって。専用のソースとマヨネーズをかけて、この緑っぽいのが青のり、一番上のひらひらしたものをおかかって言うみたい」
「あー……つまり、いろんなモンを混ぜた料理ってことだな」

 フレイヤが次々に訳の分からない単語を並べ立てるが、サボはどの一つも聞き取れなかったので自己解釈して理解したふうを装う。実際、材料の欄には結構な数の食材が書かれているので当たらずといえども遠からずといったところだろう。

「まあいろんな具材が入ってるからあながち間違ってないけど、そういうとこサボらしいなあ」

 フレイヤはこちらの答えに苦笑しつつ、必要な食材を書き出していく。明日買い出しに町まで出るそうだ。残念ながら明日ははずせない仕事があるので付き合うのは訓練後のミリである。あいにくコアラも同じ会議に出席するので仕方ない。
 本に書かれた作り方を、彼女が読み上げるのを聞きながら変わった料理だと思いつつ頭の中に叩きこむ。とにかくいろんな食材を混ぜて焼いてひっくり返すことだけは理解した。感覚でなんとかなりそうな料理で少し安心する。

「ちゃんと聞いてる……?」
「聞いてるよ。ひっくり返すんだろ?」
「それだけじゃないけど……まあいいや。明後日一緒に作るときに改めて説明するね」

 本を閉じたフレイヤが腕の中から抜け出そうとするので、すかさずサボは腰を両腕で捕まえて逃げられないようにした。再び彼女のやさしい匂いがふわっと香ってきて理性がぐらぐら揺れる。少しくらいなら許されるだろうかと思って彼女の寝間着の裾をめくって脇腹に触れたとき、
「今日はしないって言ったでしょっ……」

 フレイヤの咎める声が聞こえた。「サボのえっち」不満そうにむっとしてから手の甲をつねられて、反射的に彼女を囲っていた腕を離してしまった。
 その隙を狙ってフレイヤが今度こそ腕の中から抜け出す。
 温もりがなくなって寂しさを覚えたサボはしょんぼりして、のそのそとソファから立ち上がり彼女の後を追ってベッドに向かう。自室のベッドで彼女と眠ることが当たり前になった今、隣にいるのに手が出せないという状況はつらいものがある。

「そんな顔しても今日はしないよ。明日早起きなの知ってるよね」
 いつになく語気を強めたフレイヤに、サボはやっぱり落胆するしかなかった。


*


 お好み焼きを作る当日。
 サボは仕事を早めに片づけて中庭に向かっている最中だった。必要な調理器具、取り分け用の皿、エプロンと調理用手袋等々を途中の厨房で寄り道をして調達した――料理人達に奇怪なものでも見るような目を向けられただけでなく、「総長が料理!?」「ちゃんと食えるモンだろうな」「フレイヤちゃん監修だから大丈夫だろ」次々に失礼なことばかり言ってきて、料理長にいたっては「お前が料理? 明日は雪じゃねェだろうな」と一番失礼な発言をした。
 今に見てろよと厨房に捨て台詞を吐いてから中庭にやって来たサボは、ちょうど食材を持って現れたフレイヤに声をかける。

「結構な量だな」

 両手に溢れんばかりの袋を抱えていたフレイヤは、あらかじめ用意しておいた簡易的な調理テーブルの上に置くとほうっとひと息ついて、備えつけの椅子に一度腰を下ろした。
 今日の訓練中ミリから聞いた話では、お好み焼きには様々な種類があるらしく定番から変わり種の具材も用意して楽しんでもらいたいというのがフレイヤの考えだという。さっき部下にも聞いてみたが、ほとんどの奴らが食べたことないと言うから確かに種類はたくさんあるほうがあいつらも喜ぶだろう。おまけに食べる量も人並み以上な奴らばかりなので、種類は多いに越したことはない。

「お店の人にもびっくりされちゃった。私とミリちゃん二人でこれだけの量を買ったから」
「フレッドも連れていけばよかっただろ」
「……なんか、ミリちゃんに来なくていいって言われて拗ねちゃったみたいで」
「……」

 何やってんだあいつら。仲がいいのか悪いのかよくわからねェな。
 後輩達のやり取りに呆れつつ、吹き抜けの天井から差し込む西日が傾きはじめていることに気づいてサボはテーブルの上の食材に手を伸ばした。一昨日見た本にはとにかく混ぜればいいって書いてあった気がするが、袋の中身を見たところ、この中のどれを混ぜるのかサボにはさっぱりわからず結局手が止まる。
 じっと固まって袋の中身を睨んでいるこちらを見かねたフレイヤがふっと笑い出したのを見て少々肩身が狭い。

「適当に混ぜちゃダメだよ」
「……わかってる」
「まずは定番を一枚作ろうか。このキャベツを刻んでこのボウルに入れてくれる?」

 丸いキャベツから葉を六枚とって渡され放り出されたサボはエプロンを付けて早速包丁を手に取った。料理は得意ではないが、フレイヤと並んで一つの作業をするというのは感慨深い。近い将来、彼女の店に二人で立つこともあるだろうと思うと自然に口元が緩んでしまうのも無理なかった。
 キャベツの葉をまとめて掴み、手を添えて包丁を葉に当ててなんとなくのイメージをしてから切り始める。ところが、その様子を見ていたフレイヤから「あー!」と叫ばれてぴたりとサボの手は止まった。

「ちょっと待って! それじゃ切りづらいから……えっと、こうして芯にそって切り込みを入れて――」

 近づいてきたフレイヤがそっと包丁を取って見本を見せてくれる。律儀に細かく一工程ずつ、苦手なサボのために一生懸命説明する姿に感心しながら見よう見まねでやってみる。

「そうそう。で、こうやって手で押さえて大体このくらいに細かく切るの」

 シャキシャキと小気味よい音を鳴らせてリズミカルに包丁が動く様を見つめながら、なかなか細かい作業だと若干辟易する。野菜を切れと言われて上手く切れた試しがないサボにはハードルが高い。ゆっくり、そしておっかなびっくり包丁を動かして少しずつ切っていく。
 コルボ山で切り盛りしていた頃は、エース達と捕まえた動物の肉などを火であぶった料理や適当な大きさに切って鍋につっこむだけの簡易的な料理ばかりだったせいで料理人が手間をかけるようなものは一切作ったことがなかった。
 こっちでキャベツを切っている間に、フレイヤはほかの具材を切って混ぜているようだった。普段から料理しているだけのこともあって、初めて作る割に手際がいい。革命軍でのことが片付いたら、彼女が作ってくれる自分の好きなものが毎日食べられるのだと思うと、料理上手な彼女が恋人であることに幸せを覚える。
 キャベツを三分の一ほど切った頃、彼女は鉄板に油を引いているところだった。

「一つ目を鉄板に乗せたらコアラちゃん達を呼んできてくれる? 出来立てのほうが美味しいし、今日はおやつも抜くってお腹を空かせて待ってると思うから」
「わかった」

 答えてから、サボは再び黙々とキャベツを端まで刻み続けた。時々荒っぽくなって、一度手を止めて息をつき再開する。そんなことを繰り返しているうちにようやく終わりが見えてきた。隣で次のお好み焼きの具材を準備しながらこっちを見てはクスクス笑うフレイヤに「見るな」とときどき抗議しながら――


*


「うわっ、ちょっと総長。それ一気に混ぜてよかったんすか」
「混ぜちまえば順番なんて関係ねェよ」
「またそういう適当なこと言って……これだから普段から雑な人は――」
「うるせェなァ。文句あるなら食うな」
「あーすいませんっ!」

 中庭に広がるジュージューという音。ソースの香ばしい匂いにアルコールの香りと騒がしい声。一帯に広がるのはお好み焼きを頬張る仲間の姿。
 鉄板を挟んで集まる直属の部下達を前に、サボはボウルの中にフレイヤから指示された具材を一気に詰め込んでかき混ぜる。粉と卵、豚肉、チーズ、あとよくわからない細かなものが二つ。彼女が焼き上がったソーセージ入りお好み焼きを配っている間に次の味を任されたのだ。
 料理する自分が珍しいという理由で鉄板周りを陣取って動かない彼らの前でどうにか見返してやりたいと思って作業してたら、この通り駄目出しをしてきたのでお好み焼きが乗った皿を取り上げた次第だ。
 人がせっかく努力してるところをつつくなよ。悪態をついて、サボは混ぜ合わせた中身を鉄板の上に乗せた。油と混ざってジュワッと音を立てたお好み焼きの原型は、確かに少しぐちゃぐちゃとしている。しかし、焼き目がつけばさして問題ないはずだ。
 しばらく鉄板の上を見守りながら、サボも取り分けてもらったお好み焼きを一気に口の中へ放り込む。これは定番のイカやエビなどが入ったシーフードミックス。ふわふわに仕上がっているかつソースとマヨネーズとかいう酸味と卵の風味が香る不思議な調味料をたっぷりつけてあるのでめちゃくちゃ美味い。
 食べるのに夢中になっていると、向かいから駆け寄ってくるフレイヤの姿が目に入った。自分は食べる暇もない彼女が次の作業に取りかかろうとしたとき、しかし鉄板の上に乗っているお好み焼きを見て目を見開く。

「え〜〜豚肉まで混ぜちゃったの……?」
「んぐっ……ここに置いてあったじゃねェか。違うのか?」急いでお好み焼きを胃の中に流し込み答える。
「豚肉は鉄板にこれを広げてから数枚のせるのが一般的なんだよ」

 見るからに肩を落としたフレイヤに悪いと謝る一方で、その様子を見ていた部下達が「ほら見たことか」といった顔をするので非常に面白くない。まあ確かに見た目が不格好なのは認めるが。

「でも……まあこれもひっくり返せば大丈夫かな? ちょっとやってみて」

 フレイヤにヘラという道具を二個渡されて、鉄板とお好み焼きの間に左右から挟み入れる。先ほどから具材を混ぜてばかりでこの作業をするのは初めてだったが、サボは迷いなく手首を上手く利用してひっくり返した。くるりとうまい具合に焼き目のついた側が見えたので、これは誰がどう見ても成功だろう。

「お、こりゃあ上手くいったな。どうだお前ら」

 サボはもぐもぐと口を動かしながら見ていた部下達に向かって得意げに言った。隣のフレイヤが「わっ、すごいよサボ」と褒めてくれたので鼻高々である。
 ところが彼らの反応はいまいちで白けた顔をしていた。それがどうしたって顔だ。

「なんですかその自慢げな顔。一枚ひっくり返しただけじゃないすか〜フレイヤさんなんて十枚以上やってるんですよ」
「で、でもほらっ……料理苦手なサボがこんな綺麗にできたんだよ、すごいよ!」
 必死にフレイヤがフォローしてくれるがそれどころじゃない。サボのこめかみあたりに青筋が立つ。
「お前らの言いたいことはわかった。このお好み焼きはやらねェからな。それから――」

 明日の特訓はハックに代わっておれが相手してやるから覚悟しとけ。
 にっこり笑って目の前の部下達に告げると、たちまち顔面蒼白になって次々に謝りはじめたのでサボはゲラゲラ笑いながら鉄板の上のお好み焼きに手をかけるのだった。

2024.05.27 お好み焼きを作る