朝に遊ばれて

「んー……これか?」
「なにしてるの?」
「うわっ――」

 驚いた拍子に着用していたモノがズレ落ちた。しかし、本物ではなく見せかけのモノなので鏡越しに映るフレイヤの姿ははっきりと見えている。肩に手を乗せて、ひょっこり顔を覗かせた彼女があれ、という不思議な表情をして落ちたモノを拾う。

「どうしたの。眼鏡なんかかけて珍しいね」

 フレイヤより早く起きて早々に出ていくつもりが、どうやら物音で目が覚めてしまったらしい。寝起きの割に表情も口調もしっかりしているのは、目が覚めてから時間がそれなりに経っているのかもしれない。
 任務当日の朝。とある場所へ潜入するため、変装するように言われたサボは道具一式を半ば放り投げられたように渡されて、どれを着用するべきなのかかれこれ十分は悩んでいた(最初はなんでもいいだろと適当に選んでいったら全然変装できていないと却下された)。革命軍の人間だと知られたら困るのはわかるが、眼鏡や付け髭までが本当に必要なのかは甚だ疑問が残るところだ。
 しかし、フレイヤの目が覚めたなら彼女に頼むのが都合いいのではないかと考えがよぎる。

「ちょうどいいフレイヤ。お前が見繕ってくれるか」
「え?」
「任務のために変装する必要があるんだ。コアラが革命軍のサボだってわからねェようにしてこいって言うから頼むよ」

 ベッドの上に散らばった変装道具一式に目線を投げてすべて任せるという意思表示をする。こちらの突然の依頼にフレイヤは一瞬戸惑ったような顔をしたが、すぐに事情を理解していいよと言ってくれた。そもそも変装に時間をかけるほうが間違っている。悩むくらいなら人に任せてしまったほうがいい。
 意外にも乗り気のフレイヤを横目に見ながら、サボは彼女に身を任せることを決めて鏡の前で大人しく待った。



「この眼鏡じゃわかる人にはわかるからこっちのほうがいいよ」

 そう言って一分もしないうちにフレイヤが持ってきたのは色付きの眼鏡である。言わばサングラス。レンズが茶色に染まり、違和感が少なく肌に馴染んでいる気がする。一般的なレンズは彼女曰くあまりカモフラージュにはならないそうだ。自分をよく知る人物からするとすぐにわかるのだという。サボにはその辺がよくわからないが、鏡を見たら確かに色付きのほうが多少変装している感が出るのはなんとなく理解はできる。
 そのあとも寝間着の彼女が律儀に一つずつ見繕ってくれたおかげで無事に準備は整い、敵地へ潜入しても問題なさそうな恰好になった。

「ふふ、なんだか物語に出てきそうなチンピラみたい」
「はあ?」
「あ、変な意味じゃないんだけど。前に読んだ本にこういうサングラスをかけた男の人が治安の悪い町で女の子を攫うシーンがあってね、それで――」
「へェ」

 本の内容について熱弁をふるうフレイヤを可愛いと思いつつ、チンピラ扱いされたことが面白くなくてサボはちょっと彼女を揶揄ってやろうと悪戯を思いつく。彼女の話では、本の中のチンピラは女を攫っていくらしい。

「ってことは、おれがお前を攫ってこういうことをしてもいいってわけだな」
 と、フレイヤの腕を引っ張りベッドに押し倒した。サングラス越しに彼女の驚愕と不安に満ちた顔が見える。ああ、いいなその表情。
「な、にしてるの、これから任務でしょ……ッ」
「知ってるよ。けど、このために早起きしたんだ。まだ少し時間がある」

 フレイヤに近づいてキスしようとしたときだった。
 コツン――
 サングラスの縁が彼女の額にぶつかりキスを遮られる。なるほど、眼鏡はキスするときにおいて邪魔になるのだというどうでもいいことが頭の片隅で浮かび、サボはサングラスに手をかけた。

「邪魔だな。一旦とるぞ」
「あっ……」

 自然な色の世界が戻ってきたところで、サボは今度こそフレイヤの唇に自分のそれを重ねた。

2025.03.20 眼鏡×サボくん