夜明けに沈む

 先輩からお風呂掃除を頼まれたのは昨日ことだった。
 女性用は夜中に済ませたとのことで、男性用をフレイヤが早起きして行うことになったのだ。朝方であれば、男性用は基本誰も入っていないことが多いから「清掃中」の札をかけてよろしくと言われて、掃除道具一式を借りてきた午前六時。窓の外が薄っすらと白んでいる。
 サボも夜中まで仕事があるとかで、珍しく互いにそれぞれの部屋で眠った昨晩。フレイヤも早起きしなければならなかったのでちょうどよかった。掃除しやすい恰好に着替えて、城内の大浴場へ向かう。
 カマバッカ城は面白い形状をしている。管理するイワンコフの趣味(なのかは謎だけれど)で、ファンシーな作りであるのがかわいい。しかし、城を拠点にして大きな図書館があったり、保護施設があったりとしっかり本部としての機能を果たしているのがすごいところだ。
 そんなカマバッカの大浴場は城の一階奥にある。右に男性用、左に女性用と分かれていて、大きな壁を隔てて見えないようになっているが、天井から数十センチほどの隙間があるので大声を出せば、会話は隣に筒抜けというわけだ。
 朝食までになんとか終わらせようと気合を入れて脱衣所の中に入ったフレイヤは、しかし中からわずかに物音がすることに気づいて足を止めた。
 ――え、もしかして誰か入ってる? でも先輩がこの時間はいないって言ってたはず……。まさか侵入者とかじゃないよね。
 急に不安を覚えたフレイヤは誰かを呼びに行こうか迷った末に、その間に騒ぎを起こされたら困ると思い直してそっと中を覗いた。

「だ、誰かいるんですか……?」

 せめてもの抵抗として、持ってきた中で一番使えそうなデッキブラシを刀のようにして持ち、フレイヤは声をかけた。入ってすぐには見当たらず、一列ずつゆっくり確かめるように確認していく。
 一列目、二列目と順番に誰もいないことを確かめていき、最後に大浴場へと続く扉と一直線になる通路に差し掛かったときだった。上半身裸の男の人がフレイヤの視界に突然飛び込んできた。

「え?」
「わっ、フレイヤ、お前なにして――」
「サ、ボ……ッ」

 そこにいたのはお風呂上がりだと思われる白いバスタオルを下半身に巻いたサボだった。しっとり濡れている髪はいつものふわふわした雰囲気とは異なって大人の色気がある。引き締まった筋肉と割れた腹筋。あちこちに見えるこれまでの戦闘で受けた傷。そのすべてが、フレイヤがよく知る幼い彼の姿ではないことを物語っている。辛い想いをして、経験を得て、そうして強くなった彼が――
 とっさに顔を背けたものの、しっかり見てしまった彼の見慣れない姿にフレイヤの心臓は大きく跳ねた。いや、この身体はすでに何度も見ているけれど、こんな明るい場所では見たことがない。かっこよくて、逞しくて、彼の良さは見た目だけじゃないけど、やっぱりどうしたってかっこいい。これはむしろ幸運と呼ぶべきなのかもしれない。とはいえ、あからさまに喜ぶのも気が引けるので弁解はしておく必要がある。

「ごめんねっ、お風呂掃除に来たの。この時間なら誰もいないはずだって先輩に聞いてたから、まさかサボがいるなんて思わなくてっ……」

 恥ずかしさがこみ上げてきて、フレイヤは取り繕うように捲し立てる。痛いほど視線を感じるが、ずっと床に顔を向けたままサボのほうは一切見ることができなかった。
 そもそもどうしてこの時間にお風呂に入りに来たのかという疑問がある。遅くまで仕事をしていたというから昨日は忙しくて入れなかったのかもしれないが、清掃時間とかぶるとはきっと彼も思わなかったに違いない。
 相変わらず下を向いてどうすればいいのか迷っていると、ピタピタと足音が静かに近づいてくる気配を感じフレイヤは硬直した。彼の大きな素足が見える。改めて自分のそれと比べると、あきらかに差があって驚く。

フレイヤ
「……なに」声をかけられてもやっぱりサボの顔は見れない。
「顔赤ェぞ」
「き、気のせいだよっ! ほら、ここ暑いしそのせいじゃないかな」
「そうか……てっきりこの筋肉に感動してるのかと思ったけど違ったか。残念だな」
 と、サボの声がしゅんとしたように聞こえたのでフレイヤはばっと顔を上げて、
「違わない! サボの引き締まった体はすごいと思うし、かっこいいよ」思わず勢い込んで本心を白状してしまったが、言ってから早々にサボがニヤリと妖しい笑みを浮かべたので、言わされたのだとすぐに気づいた。かあっと顔に熱が集中する。

「だろ? 普段こんな明るい場所で見る機会ねェよな。もっと近くで見たくねェか」

 突然目の前に影がさしたと思ったら、脱衣籠の並ぶ壁に押しやられて背中がトンとぶつかった。何が起きたのかわからず、持っていたデッキブラシを落としてしまった。カランカランと乾いた音を立てたブラシを気にする余裕はなく、そのままサボの両腕に挟まれ逃げ道がなくなった。

「サボ、なにするつもりなの……?」
「ん? あーフレイヤがおれの裸に興味があるみてェだからしばらくこのままでいようかと」
「そ、そんなこと言ってないッ!」

 両手でサボの胸板を押し返してみたものの、すぐに自由を奪われてピッタリ手のひらが逞しい胸板に張りついたまま離れなかった。おまけに「どうだ?」なんて感想を求められて、フレイヤはさらに顔が熱くなる。
 ラッキーなのかそうでないのか。この場合、果たしてどちらなのだろう。彼に迫られる中、フレイヤはそんなことを考えていた。

2025.01.12 ラキスケ×フレイヤ