誘惑ギルティ
足を擦り合わせながら荒い息遣いと薄桃色に染めた頬でこちらを見つめてくる恋人に、サボは顔を覆って胸中で激しく嘆いた。どうしてついていかなかったのかと後悔の念が襲う。
ソファでこの至近距離はまずいのではないか。今さらながらいろんな意味での危機を感じて内心焦る。彼女のことを女性として意識しているせいで、頭の中はすでに不埒なことでいっぱいだった。
誤解のないように言っておくと、このような状況に陥ったのには訳がある。
三十分ほど前、休暇でとある島を訪れていたサボは恋人のフレイヤを連れて街中を散策していた。再会してからモモイロ島を出てデートする機会はなかったというわけではないが、それでも二人だけの時間というのは多くない。休みが取れた日には、だから彼女と過ごす時間を大切にしていきたいと思っていた矢先のことだった。
ちょっと目を離した隙に、露店の店主から変な薬をもらって飲んでしまったことをサボが知ったのはフレイヤの様子がおかしいことに気づいたからだ。潤んだ目で体が熱いなんて訴えられれば何があったのかは一目瞭然であり、詳しく聞き出した結果が「恋人を夢中にさせる薬を飲んだ」だった。
なんだその怪しい名前の薬。確実に怪しいとわかるだろうにどうして飲んだんだ。最初に抱いた感想はそうした呆れたものだったが、よくよく考えてみれば納得もした。
会える時間が少ないと相手の気持ちがよくわからず不安になることもある。そんな愚痴をこぼしている仲間の存在を知っていたサボは、再会して晴れて恋人になったはいいが、フレイヤが一人でいる間急に不安に襲われる可能性がないこともない。仕事中は気を遣ってくれているのも知っているので、そうならないようこちらが配慮していくつもりだが。
覆った手をどけてフレイヤをもう一度視界に入れる。胸元でぎゅっと両手を握りしめて必死に耐えているのは明らかだった。体の中に溜まった熱を放出したくてたまらないって顔。今すぐにでもめちゃくちゃにしたい――
思考はもう傾きはじめていた。
わかるだろフレイヤ。おれはもうずっとお前に夢中なんだ。そんな薬を使わなくたって、とっくの昔からお前以外に興味ねェよ。
自身の中である程度の答えを出してから彼女と向き合う。潤んだ瞳が見上げてくる。助けてほしいって訴えている表情にくらくらする。
「あついよサボ……私、どうしちゃったのかな」
「……」
「どうやったら治まる……?」
「……」
「サボはなにか知ってるんでしょう? どうしたらいいか教えて」
知っていると言えば知っている。フレイヤが飲んだ薬は「恋人を夢中にさせる薬」なんてそれっぽい名前がついているが、いわゆる「媚薬」だろう。だから息が上がって体が熱い。そして、解決方法はただ一つ。快楽を与えて体の熱を外に放出させるほかない。
わかっているが、こんな状況で手を出すのはダメだと理性が働きかけてくる。数週間前、ようやくフレイヤと一つになれたばかりで、少しずつ体の付き合いをするようになったものの、しかし彼女はまだその行為に慣れていない。肌を晒すことにも抵抗がある状態なのに、流されるまま行為に及ぶなどあってはならない。あってはならないが――
「は、ぁ……サ、ボ……ッ、サボっ」
まるでうわ言のようにこちらの名前を繰り返しながら苦しそうにする姿は見ているだけでつらい。どうしたらいいんだ。サボは困り果てながら恋人を見つめ返す。
「フレイヤ……」
「サボ……体が変なの、あつくてくるしいよ……これってあの薬のせい、なんだよね……?」
「それは……」
言葉に詰まった。確かに媚薬のせいで身体が火照っているし、苦しい理由もそこからきている。だが、それをフレイヤに伝えたら後戻りができない気がして躊躇いが生じる。ただでさえ、いま必死に理性と闘い、この状況をどう乗り切るか頭をフル回転させているのだ。彼女が流されて自分を求めてきたら確実に断れない。本当にそれでいいのか?
自身に問いかけて悶々としていると、ふいに袖をくいっと引っ張られる感覚がしてそっちに目を向ける。
「おねがいサボ」
「……?」
「たすけてっ……」
その言葉を聞いた瞬間、サボの中でぷつりと何かが切れる音がした。
そんな顔で助けを求められたら応えないわけにはいかなかった。これはフレイヤが解放されたがっているから仕方なく自分がそれを施すだけで、決してやましい気持ちはどこにも――いや、あるか。ないわけねェよな。おれはフレイヤが好きで、こういうことをしたいと思ってるんだから。
目尻に溜まった涙をすくうように、そこへ舌を這わせてキスを落とすと、彼女がびくんと大げさに体を震わせた。
「フレイヤ」
「ひゃぁ」
ちょっと腰を引き寄せただけで甲高い声をあげてしまったフレイヤは自分の声に驚いたのか、口を抑えて「あのっ、これは……その、」訳が分からないなりに理由を説明しようと必死だった。媚薬なんてものを知らない純粋な彼女が動揺するのも無理ない。
「今のお前はさっき飲んだ薬のせいで身体が敏感になってるんだ。だから、今からおれがその熱から解放してやる」
「び、やく……そうすれば、楽になれる?」
「あァ。安心しておれに身体を預けていい」
熱で浮かされているフレイヤの脳は、思考することも今は拒否するようにただただ受け身の状態だった。考えることを放棄し、単純で楽な方向に逃げている。だから目の前にいる獲物を狙った狼に、簡単に身体を預けてしまう。
自分で言っておきながら、彼女がよかったとこちらの胸に飛び込んできたことに動揺した。ああ、捕まってしまった可哀想なフレイヤ。こうなってしまったら、もう逃げられないというのに。
「フレイヤ。口、開けて」
しかし、助けを求められた今、サボの中に「やめる」という選択肢はもうなかった。すっかりその気にさせられていたサボは、言われるまま小さく開いたフレイヤの口に噛みついた。
2025.02.09 媚薬を飲んだフレイヤ