お酒の名前にご用心

「はいこれー」

 そう言って翼に渡したのは洒落た長方形の箱。何を隠そう今日はバレンタインデーである。一応私もイベントに則ってチョコレートを用意したのだ。

「へぇ〜アンソンバーグ?」
「そう。お酒好きの翼にはもってこいの品でしょ」

 ふーんと答えながら興味津々に中身を開こうとする。アンソンバーグはデンマークの老舗ショコラティエだ。ボトルの形をしたそれは見た目も可愛いが、何と言ってもお酒をふんだんに使用した大人な味わいが人気である。
 私自身は辛党でないが、翼は海外で仕事をしているだけあってワインやビール、リキュールに詳しい上に自分も嗜んでいる。とはいえ、私だって多少の知識はあるのだ。

「ねぇ翼。コスモポリタンって知ってる?」
「なめてんの」
「じゃあベースはなんですか」
「ウォッカだろ」
「やっぱり知ってるか」

 まあここまでは定石だ。翼の博識さは昔からなので驚くようなことでもない。けれどいつも口で負けてしまう分、「翼が知らないこと」という魅力にはどうしても抗えないがために、私はさらに続けた。これが自分の恥を晒すことになるとも知らずに。

「じゃあさ、マルゲリータは知ってる?」
「……」
「あ、もしかして聞いたことない?」

 得意げになる私を翼は無言で見ている。なんだろう。知らないというふうにしては落ち着いていないだろうか。翼は負けず嫌いなところがあるから、自分が知らないとなるとこんなふうに黙っているわけがない。
 これは――その時、翼が不意に笑った。
 嫌な予感がした。

「詰めが甘いね」

 翼がこう言ったらもう勝負は決まったも同然。結局はこうなる。

「なに、が」うまく言葉を続けられない。
「マルゲリータはピザの名前。カクテルはマルガリータって言うんだよ」

 いるんだよねー間違えるヤツ。
 そうしていつものように翼のマシンガントークに打ちのめされる羽目になった。