馬子にも衣裳


※このお話は『オルレアンの少女よ、旗を振れ!』の番外編のため、先にそちらを読むことを推奨しています。

 それは学校が終わったあとのことだった。今日はいつもの河川敷で花火大会があるらしく、エースたちと一緒に行く約束をしていた。高校一年のとき、エミたちと買った浴衣があるのでそれを着ていくつもりだ。三人がどんな格好で来るのか聞かなかったが、一人だけ浴衣だと浮いてしまうかもしれないと思いつつ、いつも制服(ときどき私服でも会うけれど)ばかりだったのでどんな反応を示してくれるのか少し緊張していた。
 さすが地元一の夏のイベントということもあって待ち合わせの場所に行くのに、混み合っているせいでなかなかたどり着けず、彼らの姿が遠くに見える頃には十分以上経っていた。ルフィが見当たらないが、近くには屋台がたくさん出ていたし何か買いに行ってるのかもしれない。
 慣れない下駄で小走りに進み二人の名前を呼ぼうとしたとき、けれどエマの声はエースの怒鳴り声に近い台詞でかき消された。

「誰があんなブス!」
「おいバカ! やめろエース」
「うるせェ。おれはエマなんか好きじゃねェからな」
「……っ」

 サボが「やめろ」と言ってくれたのはすぐ後ろにエマがいることに気づいたからで、こちらに背を向けているエースは気づいていないようだ。だからつい本音が出てしまったのかもしれない。
 あの一件以来、少しずつ仲良くなれていると思っていたのに。エースとエマ。名前で呼ぶことを許してもらえたのは、ただの建前だったのだろうか。サボに言われて仕方なく……? ぐるぐる頭の中をめぐる思考で外の音が一瞬わからなくなった。名前を呼ばれてはっとする。

エマ!」サボが心配そうな顔でこちらに駆け寄ってきてくれたらしい。エースが勢いよく振り返り、驚愕の表情を浮かべて居心地悪そうにそっぽを向く。露骨にそんな態度を取らなくてもいいのに。
「遅くなってごめんね」
「んなの別にいいよ。それより浴衣、可愛い」
「ほ、ほんと……?」
「ああ。そうだろエース」
「…………」

 同意を求められたエースは先ほどからこちらを見ようとしない。サボに比べて口が悪いのは初対面から変わっていないが、言いたいことははっきり伝えてくるタイプである。黙ったままでいるなんて珍しい。しばらくして言いたいことがまとまったのか、エースがぼそっと呟いた。

「フン。まァお前が着たところで、まごにも衣裳レベルだな」
「な、なにそれ!」
「だからエースはなんでそういう言い方しかできねェんだ」
「ていうか、エースのくせに馬子にも衣裳なんて言葉知ってるのおかしい。さては別人――」
「てめェケンカ売ってんのか!」
「おいおいお前ら、花火を見に来たんじゃねェのか」

 一触即発なエマとエースに宥め役のサボ。いつもの光景が出来上がったところで、ドーンと大きな音が頭上で響いた。

 実はエースが黙っている間、サボがこっそり耳打ちしてくれたことがある。
 "あいつ、照れ隠しでああ言ってるだけだから気にすんな"