キミが笑えば


※このお話は『オルレアンの少女よ、旗を振れ!』の番外編という位置づけです。

「ねえ明日がルフィの誕生日って本当?」
「あ? お前そんなことも知らなかったのかよ」
「なっ……そんな言い方しなくたっていいじゃん。エースのばか! サボ〜ルフィの誕生日なにプレゼントするのーエースが意地悪なこと言っていじめる」
「てめっ言わせておけば」
「おいお前ら、帰って準備するぞ――って空気悪ィな」

 世間はゴールデンウィークという名の祝日が並ぶ期間だが、我が校は補講という名の地獄である。午前だけとはいえ何もこんな日に、と思う。
 しかしそんな疲れも吹っ飛ぶ情報を小耳にはさんだのは朝練をしていたときのこと。後輩の子が「明日はルフィくんの誕生日なのになんで祝日なのー」と嘆いていたことで、その重大な事実を知ったのだ。
 エースやサボと同じバンドに所属するルフィは、年下ということもあって可愛がられる末っ子のような存在だった。そして彼ら二人はそんなルフィを本当の弟のように大事にしていた。かくいうエマも彼らと仲良くなってからルフィとはよくご飯を食べる仲になったのだが、明日が誕生日だとは知らず何も用意していない。というか明日会う約束さえしていない。
 そう思ってルフィの兄的存在のエースにまず聞いてみたのにこの言い方。相変わらずつっけんどんな態度でエマを攻撃するのが得意である。照れ隠しの部分もあるとサボは言うけれど、八割がたは本音な気がしてならない。
 もう一人の兄であるサボは別のクラスなのでなかなか会うことはないが、エマが一番信頼しているというか話しやすい相談相手のような存在だった。
 こうして二人からルフィの誕生日に何をするのか、兄だったら確実に予定しているだろうとリサーチしようとしたのである。

エマ、お前料理は得意だったけ。これ作ってもらえねェか?」と、サボが見せてきたのはあらゆる肉料理が載った某レシピサイトのページ。定番のローストビーフやスペアリブ。煮込み料理のビーフシチューから焼き鳥まで様々な肉料理が載っていた。
 得意というほどではないが、嫌いではない。たまにお菓子を作ったり、お弁当を作る程度。それでもレシピがあればなんとかなるだろう。そう思ってエマは頷いた。

「助かるよ。明日ルフィの誕生日なんだ!」
「でもいくら肉が好きだからってそれだけじゃ味気ないよ。ケーキやデザートもたくさん作ろう」
「お、いいなそれ。おーいエース、お前何してんだ。早く帰ってプレゼント買いに行くとか言ってなかったか?」
「わーってるよ」

 若干気まずい思いでエースを見ながら、でもやっぱり素直になれなくてぷいっとそっぽを向いてしまった。その仕草にサボは呆れながら「また喧嘩してんのか」と宥めるようにエマとエースの肩を叩いた。

「喧嘩なんかしてる暇ねェぞ」
「わかってる!」

 偶然にも二人の声が重なり、サボがぷっと吹き出して笑うからなんだかどうでもよくなって、エマは初夏の太陽が輝く空の下へ繰り出した。エースは「けっ」とつまらなそうにしているが、もう無視だ。


*


「んまそ〜〜これ全部お前らが作ってくれたのか?」
「まァほとんどエマだけどな、おれとエースも少し手伝った」
「ありがとう! なら早速――」
「あー! ちょっと待ってルフィ。大事なこと言ってないよ」
「なんだ? 大事なことって」

 五月五日、晴れ。
 午前中から彼らの家に来て下ごしらえをしたエマは、サボとエースに手伝ってもらいながらルフィが戻ってくる午後一時までになんとかすべてを作り終えた。
 まずはメインのローストビーフ。定番の玉ねぎソースにつけたら舌がとろける美味しさ。そしてもう一つのメインであるビーフシチューはデミグラスソースとワイン、そしてケチャップソースで煮込んだ深いコクがポイント。じゃがいもやにんじんといった野菜もあって栄養満点。
 前菜には生ハムメロンやサラダ、手軽に食べられるカナッペをいくつか作った。
 そして忘れてはいけないのが誕生日ケーキ。フルーツをふんだんに使った豪華なケーキである。これはサボとエースが手伝ってくれた(まあ分量を適当にしたり、時間を守らなかったりとちょっと揉めたけど)。
 でも今日は特別な日だから。すべてがどうでもよく思えるほど、今日は彼らにとって特別なのである。そしてその輪の中にいるエマもまた、仲間に入れてもらえたようで嬉しいのだ。

「ルフィ! 誕生日おめでとう!」
「しししし。ありがとう」