真夏のフィルター


※このお話は『たしかに恋をしていた』の番外編という位置づけです。

 任務の合間で立ち寄った島はその界隈で有名なリゾート地だった。夏島らしく日差しが強いが、その分海で過ごす観光客が多い。こうも平和だと大海賊時代というのが嘘のように思えてしまって、サボは思わず苦笑いした。何の変哲もない島というのは確かに存在するものの、一般人がこうして自由にしている光景はいつもの日常からは到底考えられなかった。でも、だからこそ今はそれが心の安寧を保つために必要なことだと思えた。
 にぎわっている人々を見渡しながら、サボは待ち人が来るのを今かいまかと心を躍らせて待っていた。到着してすぐ男女で分かれて着替えることになり、サボはハックとともにラフな格好に着替えると、少し人ごみから離れた場所に腰を下ろした。海に来たとはいっても、海の中まで入るつもりのないサボは水着ではなく動きやすいシャツとひざ丈のボトムである(ちなみにハックは暑いから涼んでくるといって近くの店で休憩中)。
 光に反射する海面に目を奪われていると、後ろから「サボ」と名前を呼ばれた。

「待たせてごめんね……コアラちゃんが写真撮ろうって言うからちょっと時間かかっちゃって」

 振り返って、サボは一瞬時が止まったかのように体が硬直した。恥ずかしそうに前を隠しつつ、でもすべては隠し切れないようで隙間から見える彼女の白いそれがあまりにも――

「だって、どうせ合流したら独り占めするに決まってるんだから。私だってたまには女同士楽しく過ごしたいんだよ?」
「ありがとう。嬉しい」

 言葉を失っているサボをよそに二人が楽しげに会話を続ける。年齢が近いこともあって、彼女が来てから確かにコアラは楽しそうにしている。最近はよく二人で買い物にも出かけているというから友人感覚なのかもしれない。
 サボが何も言わずに固まっていることにようやく気がついたコアラが「ちょっとサボ君、大丈夫?」と目の前で手を振った。つとめて何もなかったように平常心で言葉を返す。

「これ、コアラが選んだのか?」
「そうだよ、可愛いでしょ」
「ふうん」

 "これ"というのが彼女の水着であることに、コアラには言わずとも通じるあたり付き合いの長さを実感する。時に彼女との時間を取り合うのも最近増えた。女友達が少ないと言っていた彼女が嬉しそうにしているのでサボは我慢しているが、自分といるときとはまた違う一面を見せることにちょっとコアラが羨ましいと思ったり――
 じろじろと彼女を上から下まで見つめる。訳が分からず視線に耐えかねた彼女が「あまり見ないで」と視界を覆ってこようとしたので、するりとかわして逆に腕を掴んでやった。

「ちょ、ちょっとサボっ……まって」
「悪いコアラ、おれ達ちょっと抜ける。ハックならすぐそこのカフェで涼んでるぞ」

 彼女の制止を無視してサボは続けた。突然の行動にコアラが後ろで何かを叫んでいたが、気にせず彼女の腕を掴んだまま来た道を戻る。いくつもあるビーチへと続く道を、人通りが少ないところを選んで物陰に隠れるようにして彼女と向き合った。
 海に来たはずがなぜ、という困惑顔の彼女にサボは再び視線をそこへ向ける。
 たしかに可愛かった。コアラのセンス――というか彼女に何が似合うのか把握しているところが、さすが年が近い同性というべきか。けど、それとこれとは別にサボの中で納得いかないことがあった。

「これどうなってんだ?」
「フリルのこと? 後ろの紐でとめてて、取り外しできるんだって」
「ってことは中は――」
「あ、ちょっと何してっ……」

 彼女が身につけている水着は、ハイネックで止められるフリルが付いたトップスとビキニがセットになっているらしい。取り外しできるということは後ろの紐次第でビキニ姿に――と、サボは彼女の着ているトップスに手をかけた。白い水着は夏の日差しとオーシャンブルーに映える色合いで、これが二人きりならどれだけよかったか。あいにくここは有名リゾート地。観光客が大勢いるのだ。

「確かに水着姿は初めて見たし可愛いよ。けど、その恰好でうろつかれたら困る」
「……どういう、」
「意味、わかるよな?」

 くるりと彼女の体を反転させ、露わになった背中にきつく吸いついた。途端、彼女から甘い声が漏れ出る。どうしたの、なんて鈍感な振りをしているならタチが悪い。
 身をねじって逃げようとする彼女の両手を拘束して容赦なくまた背中に痕を付けていく。強弱をつけて。ああ、でもこんなところで始めるわけにもいかないから加減が難しい。夏の暑さで思考が鈍る。このまま本能に身を任せてしまおうかと一瞬でも思ったが、そこまでサボはがっついているわけでは……ない。
 唇を一旦離して後ろ姿を改めて見れば、フリルとショーツの微妙な隙間、腰のあたりもなんだかひどく淫靡に見える。いや、こんなのダメだろ。

「これでもうその恰好じゃ歩けねェよな」

 背中に散った赤い痕に満足げに頷くと、サボは拘束を解いて彼女の体をもう一度こちらに向ける。紅潮し、泣きだしそうな表情をする彼女にぐらりと理性が揺らぐが、見なかったことにして自分のシャツを脱いで彼女に被せた。