トリック・オア・トリック


※このお話は『たしかに恋をしていた』の番外編です。

「ゃ、くすぐったいっ……んっ」

 サボの脚の間でフレイヤの身体がぴくりと跳ねる。逃げられないようにしっかり抱えながら、サボは彼女の太腿の内側をゆっくり撫で上げた。普段与えられている刺激には到底かなわない微弱な愛撫に彼女が足をもじもじとさせていることには気づいていたが、あえてこちらからはそれ以上の強い刺激は与えずに様子を見守る。
 そもそもフレイヤは最初から「しない」と言っていたんだし、サボは例の合言葉通りただのイタズラ程度に抑えている。

「気分じゃねェんだろ? だったらこの程度気にしないで読書してりゃあいい」
「……っ……ぁっ」
「ほら。ちゃんと掴んでないと落とすぞ」

 本を持つフレイヤの手が震えて落としそうになったので、一旦引き抜いてから彼女の手の位置に合わせて持ち直させる。かろうじて掴んでいるだけの力は、けれどもうきっとまともに読書できるほど残っていないだろう。段々と呼吸が乱れて切ない吐息を漏らしている。最初の勢いはどこへやら、彼女がこちらの手中に落ちかけていることに愉悦を隠せない。
 "ハロウィン"という風習の話をフレイヤがしてくれたのは今からほんの三十分前のことだった。
 読書をしていた彼女が唐突に「そういえば」と、隣で同じように本を開いていたサボに話しかけてきた。セント・ヴィーナス島では、毎年子どもたちが仮装をして町を歩いて回りお菓子をもらうという変わったイベントがあるらしい。元々は先祖の霊を迎える際に一緒に悪霊も戻ってくることから、自分の身を守るために仮装をしていたそうで、島に伝わる伝統的な祭りだそうだ。
 文化というのはその国や島、地域によって異なるが、「ハロウィン」という名前はサボも初めて聞いたのでなかなか興味深く、楽しそうに第二の故郷の話をするフレイヤの声に耳を傾けていた。だが、途中で彼女がさらに興味深い発言をしたことをサボは聞き逃さなかった。
 町を練り歩く子どもたちが出会った大人に対してとある言葉で声をかけるという。
 "トリック・オア・トリート"
 お菓子をくれなきゃイタズラするぞという意味で、だから毎年この日はカフェでたくさんお菓子を作って子どもたちを待ち構えている。フレイヤは故郷を懐かしむようにそう語った(今日がその日らしい)。
 彼女に言わせれば他意はなかっただろうし、毎年行っている少し変わった風習を聞いてほしかっただけだろう。彼女が真面目に話す傍ら、サボの脳内では全然別のことが浮かんでいた。
 子どもが菓子をもらう話からこんな不埒でしょうもないことを思いつくのは、サボが彼女に対して抱く感情の中にどうしたって捨てきれない可愛がりたい欲があるからだ。罪悪感を抱きつつ、けれど一度浮かんだ考えはもうなかったことにできなかった。
 本を閉じ、フレイヤに詰め寄って一言。
 ――なァ。菓子はいらねェからイタズラしていいか?
 こうしてイベントの本来の趣旨から大きくはずれた合言葉は、フレイヤを困らせるのに十分な効果を発揮した。

「それ、物語だったよな。せっかくだから朗読してくれよ」
「そんなっ……むり、あ、ぁっ」

 頑ななフレイヤを追い込むように、無理難題な要求を突きつける。サボの手は太腿から移動して脇腹を撫でたあと、そのまま服の中に侵入していく。身体に手が這う感覚はただくすぐったいだけでもどかしいだろうが、彼女をその気にさせるにはこの程度でも十分だ。
 持ち直させてやった本は彼女の胸元で閉じかけようとしていた。挟んであった栞がはらりと床に落ちて、いよいよ読書どころではない。朗読などもってのほかだ。
 イタズラが許される風習というのはなんておいしい話があるものだとサボは考案した誰ともわからない人間に感謝し、下着の上からフレイヤの胸を包むようにやさしく揉む。今すぐホックをはずして直接揉んでもいいのだが、彼女が悶々と刺激に耐えている姿はいつものことながら可愛いのでしばらくこのままの状態で楽しむ。

「どうしたフレイヤ。苦しそうだな」
「はぁっ、やだ……いじわる、しないでっ……」
「意地悪? お前が読書したいって言ったんだろ」

 自分のせいですっかりこうした行為に慣れてきたフレイヤにとって、もの足りないことはわかっていた。
 イタズラしていいかという問いかけに、彼女は困惑しながら「読書したいしそういう気分じゃない」と突っぱねたのでサボは好き勝手に触れていたのだが、今その手つきは徐々にイタズラに留まらないところへきている。
 彼女が完全にこちら側へ落ちるまであと少しだろうか。だったら、もう網を張って待ち構えてもいいかもしれない。獲物を捕らえるクモのように。

「あ……っ」

 下着の隙間をぬって胸の突起を摘むとフレイヤの腰が大きく跳ねた。その拍子に本が手からこぼれ落ちてしまい、「あ、本が……ん」慌てて拾おうとする彼女を囲い込み、再びそこをいじる。けれどそこからすぐに手を離す。一瞬だけ刺激を与えて、あとはまたやんわり揉むだけにとどめる。すると、もどかしさに「やっ……」と身をねじって悶える。
 ――フレイヤ。もの足りねェんだろ? だったらどうしてほしいか言えるよな。
 胸の内で語りかける。彼女からその言葉が出るまで、サボは粘り強く同じ愛撫を繰り返す。
 そうしてどのくらい耐えていただろうか。ずっと変わらない刺激にとうとう諦めたのか、涙を溜めたフレイヤが自分の名前を呼ぶ。

「や、サボ……っ」
「ん?」
「おねが、いっ……」

 腕の中で小さく震えるフレイヤが切ない声で懇願する。
 ああ。今度こそ。言ってくれるだろうか。
 待ちわびるように、サボは彼女の声に耳を澄ます。

「読書するなんてもう言わないからっ……ぁっ……ちゃんとさわってっ……」
 くたりともたれかかってきたフレイヤの背中を受け止めながら、下腹部がずきずきと痛みに近い疼きを覚えた。たまらなくなって、力の抜けた彼女を覗き込むように目尻へそっと口づける。

「いいよ。たっぷり可愛がってやる」

 フレイヤを抱き上げソファに寝かせてから自分もその上に覆いかぶさると、もどかしげにボタンを一つずつはずしていく。彼女が虚ろな目でこちらの行動をじっと見つめていた。はやく、と訴えているような気がしてどきりとする。
 ――もの欲しそうな顔して随分淫乱になったよなァ……おれのせいか。まァ焦らした分、悦ばせてやるよ。
 すべてのボタンをはずし終えたサボは、今度こそ下着もはぎ取って露わになった白い肌に手を伸ばした。
 日付がもうすぐ変わろうとしていた。ハロウィンとやらはもう終わりに近かったが、熱に浮かされたサボとフレイヤの夜は当分終わりを迎えられそうにない。