誘惑彼女 part2


※『たしかに恋をしていた』の番外編

「わ、こんな簡単に作れるんですね!」
「ハハハ。料理上手のフレイヤちゃんもさすがにこれは知らなかったか?」

 豪快に笑ってアイスキャンディーを手渡してくれた料理長に、フレイヤは礼を伝えてから「知りませんでした」と素直に感心の言葉を述べた。
 午後の三時を過ぎた厨房内。午前中から非常に高温で、室内でも快適とは言い難い環境になっていたのを見かねたフレイヤは何か冷たいお菓子を作ろうと相談を持ちかけたところ、料理長からアイスキャンディーはどうかと提案を受けて作ることになった。
 作り方はとても簡単。市販のジュースやフルーツを組み合わせて型にはめて冷凍庫で凍らせるだけ。料理長曰く、冷やして固めると膨張するから型の上部は若干スペースを開けておくといいらしい。こうして様々なジュース(牛乳なんかもある)やフルーツも入れて型にはめること数時間。ようやく完成したアイスキャンディーは美味しそうな色をしている。カットしたフルーツが側面から見えるアイスは見た目もかわいい。

「じゃあ私、皆さんに配って――」
「いや、今回はアイスだから配ってるうちに溶けちまうだろうよ。だからあいつらをここへ呼ぶほうがいい」
「なら呼んできますね!」と、フレイヤが出ていこうとしたとき「待ってくれ」肩を掴まれて呼び止められたので振り返る。料理長の口が楽しそうに弧を描いた。

「総長んとこに持っていってやるのがいいよ。あとの奴らはほかの仲間に呼びに行かせるから気にするな」

 ほらよ。ともう一本アイスキャンディーを渡されてフレイヤは追い出されるように背中を押された。振り返ると「総長によろしく」なんて快活に笑う料理長に見送られてしまったので、彼の親切を無下にするのも悪いと思ったフレイヤはそのまま食堂を後にした。何よりアイスが溶けると困るというのもある。


*


 ソファに座ってアイスキャンディーというものを食べているフレイヤの仕草が気になって仕方ない。小さい口を開け、舌を使って舐めている姿は別にそういう意味ではないのになぜか卑猥に映ってしまう。気温の関係でいつもより肌面積の多い服装も相まって、彼女の肌に浮かび上がる汗さえ艶めかしい。少し火照った表情もサボを煽るのに一役買っている。
 三時を過ぎた頃、フレイヤが執務室を訪ねてきた。この暑さだから冷たいものでも食べて休憩しないか、ということだった。見慣れないものを手にした彼女に二つ返事で椅子から立ち上がったサボは彼女と二人で備え付けの小さなソファに腰かける。ちょうどコアラや部下達もいなかったので、そのまま執務室で休憩することにしたのだが。

「え、サボのもうなくなっちゃったの?」
「ん? あ、ああまァな……」

 曖昧な返事をしながら、視線はやはりフレイヤの口元に吸い寄せられる。一緒に食べはじめたはずのそれは、彼女のほうはまだ半分以上残っていた。白い固形から苺らしき赤色が見える。下からすくい上げるみたいに舐める彼女の小さな舌。ごくりと自身の喉が鳴った。

「料理長が簡単に作れるからってことでアイスにしたんだ。いろんな味があったんだけど、サボが食べたのは何味?」

 無邪気に聞いてくるフレイヤにサボの罪悪感が募る。あーなに考えてんだおれ。フレイヤは気を遣って冷たいモンを持ってきてくれたっていうのに。
 アイスキャンディーだと教えてもらったスイーツは確かに冷たくて美味かった。今日のように暑い日は特に体に染みる。

「おれのはブルーベリーが入ってた」
「へーそれも美味しそう――あっ……」

 フレイヤが顔を綻ばせた直後、手にしていたアイスキャンディーからぽたりと重力に従って彼女の胸元へ雫が落ちていった。部屋の中もいつもより暑さを感じるが、アイスがここまですぐ溶けてしまうほどだとは思わずサボも目を丸くする。
 彼女が慌てて口で塞ぎにかかるが、一度垂れてしまうとほかの場所からもぽたぽたとアイスが垂れていく。掬いきれず口の端から白い液体がこぼれていく様に、サボは釘付けになっていた。

「あ、うそ、どうしよう……汚れちゃうっ」

 胸元に、指先に。溶けて零れ落ちていくアイスと恋人の組み合わせはどうしてこんなにもいかがわしく映るのだろう。こんな姿を前にして、サボの中の理性はあってないようなものだった。

フレイヤ
「え……んッ」
「おれが代わりに拭ってやるよ。そんなに垂れてたら大変だろ」

 フレイヤの自由を奪って、サボは顔を彼女の胸元へ近づけた。開けたそこは、かわいらしい谷間を作ってサボを誘惑してくる。露出の少ない彼女も最近は暑いからと随分薄着だが、あまり肌が見えるのはやはり心配だ。ここには若い男が大勢いる。彼女がサボの恋人であることは周知の事実なので間違いは起こらないだろうが、ほかの男に見られるのは面白くない。
 アイスが零れ落ちた箇所にサボは舌を這わせると、そのままぺろりと舐めた。牛乳と砂糖が混ざった甘い味がする。

「ゃ、舌……舐めないでっ……ッ」
「もったいねェだろ。あー甘ェな」
「でも、こっちが溶けちゃう」
「じゃあそっちも舐めてやるよ」
「えっ、ぁ、やだっ、指……ひゃぁッん」

 液体になって指を伝っていたアイスを、サボはねっとり舐め上げた。甘くて美味しいその味を堪能するように何度も舌を這わせる。指先から指と指の間、軽くキスをしたり、口に含んだり。わざと音を立てて舐めると、フレイヤが羞恥でやめてと訴えてくる。
 ああ――サボは恍惚として彼女を見つめながら「今度おれにもやってくれねェかな」そんなふうに思っていた。

「ぁ、さぼぉ……」フレイヤが物欲しげに自分を見つめる。指だけの愛撫で蕩ける彼女がたまらない。
フレイヤお前が悪ィんだぞ」

 そんな格好でアイスぽたぽた垂らしてたらどうなるかわかるだろ。
 今にも落としそうなアイスをフレイヤから取り上げると、ぱくりと一口かじって胃の中に押し込む。残り三分の一程度のそれが溶ける前に、もう少し彼女を堪能する時間はあるだろうか。そんなことを考えて、サボは彼女の唇に口付けた。