ハロウィン・ナイト


※『たしかに恋をしていた』の番外編

 革命軍本部内、中庭。今日ここでは全員が仕事を早く切り上げ、とあるパーティーの準備のためにあくせく駆け回っていた。日が傾き夜の帳が下りて、吹き抜けから月明かりが照らし出すパーティー会場はすでに多くの仲間たちが集まっている。赤ずきんの仮装をしたコアラも籠にお菓子をたくさん詰めて、施設の子どもたちに配りながら飾りつけを手伝っていた。
 今夜はハロウィン。以前フレイヤからセント・ヴィーナス島で毎年やっているお祭りだと聞いた。本来は先祖の霊が家族に会いに来るのを迎えるための儀式で、島内もそれに従って祭りをしていたみたいだが、最近子どもが増えてきたことから子どもたちが仮装をしてお菓子をもらいに家々を練り歩く祭りに変わったという。
 その話を聞いた料理長がみんなでやらないかと提案したことから、こうして大々的にパーティーが開かれる運びになった。施設の子どもたちが作ったランタンかぼちゃが中庭の植物に紛れ込んであちこち吊るされている光景はなかなか見ごたえがある。中にはロウソクがあり、火が灯って今宵の雰囲気によく合っていた。当然、この準備を手掛けた総合プロデューサーは――

「コアラちゃんお待たせ〜!」

 向かいから料理をたくさんトレイに載せたフレイヤが歩いてくる。ギリギリまでパーティー料理の支度を料理人たちとともにしていた彼女は、しかしきちんと仮装も済んでいるようで白と黒の修道女は清楚な彼女の雰囲気に合い、より一層無垢な感じが強調されて見える。
 ハロウィンの面白いところに「仮装」という文化がある。これは先祖の霊だけでなく悪霊もやってくるから、自分の身を守るために同じ格好をして仲間だと認識させる意味があるそうだが、これもまた時代の流れで人々の娯楽へと変わっていったらしい。セント・ヴィーナス島では、仮装は子どもしかしないみたいだけれど。
 こうして革命軍のほとんどのメンバーが仮装をしてみたいということになって、中庭はいま魔女や悪魔、ガイコツ、吸血鬼、ゾンビ……あらゆる格好に扮した仲間たちであふれていた。

「準備お疲れさま。シスターの仮装いいね、フレイヤに合ってる」
「ありがとう。コアラちゃんの赤ずきんも似合ってるよ、すごくかわいい」

 言いながら、フレイヤはトレイの料理を中央に置かれたリフェクトリーテーブルに並べていく。きっとスイーツだろう、彼女は見た目がちょっと不気味なお菓子を器用に作っていた。ハロウィンということでテーブルの上にはかぼちゃの形をしたパン、パスタをミイラの包帯に見立てたミートボールパスタ(ミートボールにはかわいらしく目玉がついている)等々、料理人たちとフレイヤの遊び心が満載だった。

「たまにはこういうのもいいね。任務のことを忘れてパーッと飲んだり食べたりするのも」

 コアラは中庭を見渡して感慨深く言う。どうしても片づけなければいけない案件でトップとナンバーツーの二人だけがいないが、兵士たちはすでに飲み食いを始めていた。コアラもテーブルの上のピンチョスを一つつまんで口へ入れる。小さく切ったパンの上に生ハムとオリーブが乗っていて、見た目もかわいいし何より食べやすい。
 施設の子どもたちにはハンバーグやピザといった定番の人気な料理が振る舞われていて、こっちはすべてフレイヤが担当したという。お化けを模した盛り付けにいつも以上に子どもたちから笑顔があふれているのを見て、ますます和やかな雰囲気だ。
 逆に大人たちにはハロウィン特製のお酒やつまみが用意されており、すでに頬を赤らめて大きな声を出す兵士が何人もいた。普段の緊張感から解放されたかのように、羽を伸ばして寛いでいる姿をコアラも楽しそうに見つめる。
 こうしてハロウィンの雰囲気を謳歌しながら流行店の最新情報をフレイヤと共有していたときだった。中庭の外――フレイヤが歩いてきた側と反対側から参謀総長ことサボがこっちに向かってくる姿が見えた。

「待たせて悪い」
「ううん、お仕事お疲れさま」

 サボがフレイヤの元に駆け寄ってくる。彼ももちろん(部下の若い兵士たちにほぼ強制的に)仮装しており、白シャツに赤いベスト、そして黒いマントを身にまとった――まさに吸血鬼そのものの姿だった。
 これは彼とその部下たちの昼間の会話を偶然聞いたからだが、当初仮装することに乗り気じゃなかった彼がどうして仮装をする気になったのかということをコアラは知っていた。相変わらず恋人のことになるとただの男になってしまうのだと内心苦笑しながら彼らの会話を聞いて立ち去ったのだ。なので、ここは彼の気持ちをくみ取って、自ら退散するのが吉。

「じゃあ私は向こうでハック達とご飯食べてくるから」
「え、コアラちゃん?」
「おう」

 困惑するフレイヤに対して笑顔で「楽しめよ」と見送るサボ。空気を読んでくれてありがとうと言わんばかりの笑みにコアラは呆れた顔で二人の元を去っていく。
 吸血鬼とシスター――彼女は気づいていないかもしれないが、彼はこのどこか背徳的な響きに何か企んでいることは間違いなかった。


*


 ハロウィンのことは、以前にもフレイヤから聞いていたので知っていた。彼女の第二の故郷で行われる伝統的な祭りで、子どもが仮装して列になって家々を回る。トリック・オア・トリートという呪文の言葉も教えてもらったのは記憶に新しい。
 その話が本部内に伝わると、いつの間にかパーティーを開くことが決まっていてあっという間に当日を迎えた。フレイヤが先頭に立って飾りつけや料理のプロデュースをしていると聞いたが、この盛況ぶりを見る限り大いに成功したと言える。
 宴が好きな連中が多いのでパーティーはもちろんだったが、もう一つ彼らがやけに盛り上がっていたことがある。

「サボはヴァンパイアにしたんだね」

 自分が来て早々ほかの仲間の元へ行ったコアラを寂しそうに見つめていたが、はっとしてフレイヤが振り返って言った。
 そう、部下達が楽しみにしていた催しの一つにこの「仮装」が挙げられる。二週間も前から騒いでいるところを見かけたときはさすがに早すぎだろと咎めようとしたが、水を差すのも悪いと思って押しとどめた。当然サボは仮装するつもりがなかったので彼らが盛り上がっているのを遠目に見ているだけだったのが、当日になって急に部下達から「総長も」と無理やり連行されたのが昼の休憩時である。
「どうせおれはいいとか言うんでしょ?」
「そんな総長にとっておきの情報です」
「……なんだ。とっておきって」
 部下に心を読まれすぎているのもどうかと思うが、とっておきというのは気になるので一応聞いておく。情報通の部下がニヤリと気味の悪い笑みを浮かべてから、
フレイヤさんはシスターに仮装するそうですよ」
「純粋無垢な彼女にピッタリの仮装ですよねえ」
 続けるほかの部下もニタニタと気持ち悪い笑いをしながらこちらを見てくる。そこまでして自分に仮装をさせたいのかと半ば呆れかえるが、今のサボに彼らの勢いを止める術はなかった。
「……それで? おれに何を着てほしいんだよ」
「さっすが総長、話がわかる男! 絶対似合いますよ。フレイヤさんと並んだら最高の組み合わせですし、何より――」
 と、熱弁を振るう彼らの熱意に気圧されたサボは仮装用の衣装を受け取ったのだった。それが吸血鬼である。

「ほぼ無理やり着せられた」
「でも似合うよ。あの白いマントもいいけど、こっちはヴァンパイアだからまた違う雰囲気があるね」
「そうか。フレイヤはシスターってやつだろ? 十字架なんかぶら下げておれとは相容れない関係だよな」

 フレイヤが首から下げている十字架を手に取ってまじまじと見つめる。仮装用の衣装とはいえ小物までしっかりしているとはかなり凝っている。ベールも本格的だし、ますます普段の彼女と違った雰囲気にサボは胸が弾むのを抑えられない。

「確かに、ヴァンパイアは十字架に弱いよね」と笑いながら答えた彼女に、膨らんでいく欲望が飛び出すのを必死でせき止める。ここは中庭だ。ほかの奴らもいる。まだ、早ェだろ。
 こうしてサボが内なる欲とせめぎ合っているときだった。いきなり背中を叩かれて辺りがアルコールの臭いでいっぱいになり、思わず顔をしかめた。

「飲んでます? ほら、ハロウィンスペシャルドリンクってやつ」
フレイヤさん、料理すげェ美味いです。ありがとうございます」

 ガイコツやらミイラやら、墓場にいそうな格好の部下達がこぞってサボとフレイヤを囲った。スペシャルドリンクというのは何やら紫とオレンジが層になった不思議なカクテルのようだ。料理人たちはこんなものまで作ってるのかと感心する。
 彼女は彼女で料理の腕を褒められて照れくさそうにはにかんで答えていた。張りきっていた分、嬉しいのだろう。

「お前ら酔っぱらうの早すぎじゃねェか? まだ始まって一時間も経ってねェだろ」
「だってパーティーっすよ? 滅多にないじゃないですかこういうの」
「楽しむのはいいが、ほかの仲間に迷惑かけるなよ」
「はいはい。それより総長……よかったですね」

 部下がサボの苦言を軽く流したあと、後半部分はフレイヤを避けて耳打ちしてきた。「なにが」とは聞かなくてもわかる。面倒くさそうに口を開いた。

「なんだよ。揶揄いに来たのか」
「違いますよ。並んだときにどう見えるのかなーって。吸血鬼とシスターなんて超エロいじゃないっすか」
「……そういうのを揶揄ってるって言うんだ」
「でも総長だって期待してるでしょ? シスターのフレイヤさんに手ェ出せること」

 などと言っている部下は自分より楽しそうに語っている。昼間の話の続きでもしたいのだろうが、ここはフレイヤとの時間を譲ってほしいものである。やれやれと言ったふうに、サボは彼の言葉に「どっちだっていいだろ」と投げやりに返した。部下達の口車に乗せられて仮装したと認めるのも癪だ。それが顔に出ていたのか、「またそうやって……素直じゃないですね」と呆れた顔して鼻で笑われた。
 フレイヤはほかの奴らと何を話しているのか、時々顔を赤くしてあたふたしていた。……面白くない。
 サボは部下との会話を早々に切り上げて楽しそうにしている彼女のベールめくり、露わになった急所に歯を立てる真似をした。

「シスターフレイヤ
「え……ぁ、サボ……?」
「このあと私の相手をしてくれるのではなかったですか」
「……ど、どういう意味で、」
「おれの部屋に行くぞ」最後はフレイヤだけに聞こえるように囁いた。混乱している彼女の手を引いて、サボは中庭を去っていく。
 吸血鬼らしく狙った獲物は逃がさぬよう自身の懐に。せっかくこういう格好をしているのだから役になりきって、純真で可憐なシスターを喰らうのも悪くない。まるでたったいま名案が思いついたように笑った吸血鬼は、無垢な聖女の綺麗な肌を想像して喉を鳴らした。