夏の天使のきみ


※『たしかに恋をしていた』の番外編

 夏島――シュヴァーン島の港町には数十キロにわたる長いビーチがあることで有名な町だった。途中からはビーチに沿って遊歩道があるので、潮風にあたりながら散歩するのが現地観光ガイドのおすすめだという。まだ朝だというのに、すでにビーチには大勢の人間が海や浜辺で遊んでいる光景が見られた。
 革命軍もまた、この騒がしい空気に紛れ込んで夏を満喫しようとしていた。とても任務帰りとは思えないほどのはしゃぎようで、一部の先輩たちは朝からパブに入り浸って浴びるように酒を飲んでいる。お前もどうだと誘われたが、丁重にお断りした。僕もどちらかと言えば酒ではなく、海に行って日光浴したい気分だった。
 こうして海パンとビーチサンダルだけになった僕は、サボさんやハックさん、そして数人の同僚とともにビーチへ繰り出していた。しかし、そこに女性陣の姿はない。どうやら準備に時間がかかっているようだ。サボさんがソワソワと落ち着かない様子で脱衣所となっている施設を見ているのがおかしくて、指摘せずにはいられない。

「もうすぐ来ると思うので、日陰に入って待ちましょうよ」
「え?」

 まるで言われるまで気づかなかったみたいな反応を示したサボさんに、こちらのほうが面食らってしまう。無意識だったのか。この人、たまに子どもっぽいところあるよなァ。今でこそ六億超えの賞金首だが、時々駄々をこねたり、こちらの制止を聞かずに自由に行動したりと意外に子どもっぽいことをするのである。特にフレイヤさんのことが絡むとそれは顕著になる。
 サボさんは少しばつが悪そうになりながらも隠す気はないらしく、水着姿の彼女が心配だと素直に認めた。その話で僕はひとつ思い出したことがあった。

「そういえば、フレイヤさんたちの水着姿って初めて見るんですよね。前は誰かさんが全然見せてくれないから、おれらは男だけで寂しく浜辺で遊ぶ羽目になったんだよなあ」

 嫌味のつもりで言ったのだが、サボさんにはまったく通用していないようで他人事みたいな顔をしていた。別に何がなんでも見たいというわけではない――いや、嘘だ。多少なりとも華やかな女性陣の水着は見たいと思う。自分も男なのでそういう気持ちは自然とわくものだし、普段むさくるしい現場にいるから仕方ない。ちなみにミリは比較的一緒にいることが多い女性だが、自分には冷たいしどちらかというと普段から共に訓練しているせいか同性という感覚のほうが強いのだ。

「フレッド。お前、フレイヤに色目使うなよ」
「んなことわかってますって。大体普段は可愛いかわいいって自慢するくせに、いざとなったら隠したがるの矛盾してませんか」
「うるせェ、ほっとけ」

 あ、開き直った。
 サボさんはこちらの質問には答えず、軽い伸びをして逃げるように海へと視線を向けた。海パンにお洒落な柄物のシャツを羽織ってすっかり夏の海を楽しむ恰好の彼は、開けたシャツからわかる通り引き締まった体をしている。訓練中や大浴場で一緒になるとき以外見る機会はないが、男の自分から見ても格好いい。
 幼少期に過ごした山での生活が彼の今の戦い方にも影響があるようで、とにかく元からセンスがある人だった。その分最初は周囲の大人を困らせる子どもでもあったが、身のこなしは大したものだとハックさんも褒めていたくらいだ。そのセンスに加え訓練を経てめきめきと力をつけた彼は、ドラゴンさんの右腕にふさわしい力を持つ男になった。
 そんなふうに同性の自分も憧れるサボさんは、しかし好きな女性を前にすると参謀総長も形無しの男になってしまうから面白い。
 ビーチとは反対側のレストランやカフェが立ち並ぶ海岸沿いの通りに目を向ける。どこも開放的な作りになっているが、一軒だけ飲食とは関係ない質素な建物があった。観光客向けに設置された脱衣所であり、誰でも自由に着替えが可能になっている。これだけ広いビーチで一軒しかないのは少ないと思われたが、あちこちホテルが並んでいるので宿泊先で着替えてビーチへ向かう客も多いらしい。
 男女で区画された、こちらから見て右側の扉から二人の女性が出てくるのが見えた。彼女たちは左右を確認しながら道を渡ってくると、こちらの存在に気づいて手を振った。僕は恥ずかしく思いながらも右手をあげて振り返した。やはり女性がいると雰囲気が違う。

「来ましたよ、フレイヤさんたち」

 ぼうっと海を見ていた上司に教えると、すぐに体を反対側へ向けてきょろきょろ辺りを見回した。そしてその姿を見つけて彼の表情が綻ぶのを横から見つめる。嬉しそうに頬が緩み、駆け寄っていく様子はまるで飼い主が来るのを待ちわびていた犬のようだった。
 やれやれといったふうにサボさんを眺めていたら、横にいた同僚たちがしみじみ頷きながらコアラさんとフレイヤさんを見つめていた。彼らもまた日焼けする気満々の恰好で先にビーチバレーを楽しんでいたが、いつの間にか切り上げてきたようだ。

「やっぱり女性陣がいると違ェよな。こう華があるって感じでよ」
「男だけで海は虚しいって」
「二人とも背は高くないけどスタイルがいいし。これが目の保養ってやつだな」
「あーお前、コアラさんはともかくフレイヤさんに対してそういう発言は控えろよ、総長から大目玉食らうぞ」

 縁起でもないことを話しているが、これは事実なので否定しない。サボさんはとにかくフレイヤさんのことに関して厳しい目を持っている。たとえそれが仲間であろうが、彼女に少しでも下心がある発言をすると容赦なく鉄槌がくだされるのである。
 ちらりと視線をサボさんたちに戻す。コアラさんを入れて何やら楽しそうに話し込んでいるようで、カフェとか海の家とかいう単語が聞こえてくる。フレイヤさんを見つめる彼の表情は限りなく優しく、自分たちに向けるものとはやはり違う。相手を慈しみ、心から愛していることが伝わる顔だ。そう、上司はとにかく彼女に甘い。甘すぎて時々見ているこちらが胸やけするほどに。

「よし、おれが日焼け止め塗ってやるよ」

 しかし、サボさんのこの発言で一気に不穏な空気が漂った。
 コアラさんが眉をひそめ、周囲にいた同僚も全員が白けたような顔でサボさんのことをじっと見つめた。かくいう自分も今の発言には物申したいところである。

「総長最低」
「顔にエロいことするって書いてありますよ」
「その両手がすでにヤラしい。下心が見え見えです」
「サボ君には絶対やらせない。私がやるからねフレイヤ

 非難轟々を食らったサボさんは、文句を言われる筋合いはないとでも言いたげな目を仲間に向けたがこちらの胡乱な視線に耐えられず「なんだよお前ら」と少したじろいだ。

「なんだよ、じゃないよ。どうせ日焼け止めを塗るっていうのを口実にフレイヤにヤラしいことしようとか考えてたでしょ」

 コアラさんがフレイヤさんを守るようにサボさんの前に立って距離を取る。なんだかこれだとコアラさんのほうが恋人らしく見えて面白おかしい。指摘されたサボさんは居心地が悪そうに頭を掻いた。

「……しねェよ」
「あーー! その間は怪しい。いーい? サボ君は今から十分間こっちに来ちゃダメだからね。フレイヤ行こう」
「えっ、あ……」

 黙って様子をうかがっていたフレイヤさんの手を引いたコアラさんは砂浜の空いている場所を見つけて、用意しておいたビーチマットを手際よく敷いた。女性二人だけの空間を作られては、もう誰もあの中に入ろうとは思わない。
 取り残されたサボさんをちらっと見やる。呆然と彼女たちのほうを見つめながら少しだけ寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。ちょっと可哀想に思わなくもないが、コアラさんの言いたいことはもっともなのでどちらの気持ちもわかるゆえにもどかしい。

「まったく、サボさんってフレイヤさんの前だと格好つかないというか……欲望が駄々洩れですよね」

 そういうわけで、立ち尽くすサボさんの隣に並ぶと呆れたように呟いた。ビーチではははしゃぐ観光客たちが泳いだり、日光浴をしたり、海に浮かんだりと各々楽しそうに過ごしている。同僚たちもいつの間にか戻ってビーチバレーを再開していた。
 サボさんの目は相変わらず名残惜しそうにフレイヤさんばかりを見ている。コアラさんにとられて面白くないのだろう。僕としては女性二人が楽しそうにする光景は、それこそ目の保養であるけれど。

「あいつが可愛いんだから仕方ねェだろ」サボさんはこうしてたまに思いきりフレイヤさんへの想いを恥ずかしげもなく他人に暴露する。
「……急に惚気ましたね」
「今はコアラに譲ってやるが、あとで覚悟しとけよ」

 最後の発言はたぶん独り言だろうが、僕の耳にはしっかり届いていた。
 なんだかフレイヤさんが大変な思いをしそうで、彼女の数時間後の未来を憂えた。