西南西より、幸せ到来


※『たしかに恋をしていた』の番外編です

 寿司という食い物があることを以前どこかで知ったが、ある土地では恵方巻と呼ばれる太く巻いた寿司をその年の良い方向(それを恵方と言うらしい)を向いて食べる風習があるという。さらに限定された地域では、無言で食べると願いが叶うなんて言われているらしい。世界には不思議な文化があるものだと、ハロウィンやクリスマスを経験してきてつくづく思う。
 革命軍の本部、カマバッカ城の外では仲間たちがこぞって同じほうを向いて恵方巻を食べていた。今年は西南西の方角が恵方にあたるそうだ。
 午後の三時あたりから料理人たちと手の空いた奴ら、そして施設の子どもたちが協力して作っているのをサボは知っていた。直径数センチの太巻きが何本も敷き詰められていた箱の中も今はほぼ空で、残りの数本はまだ仕事でここへ来ていない仲間の分だ。早めに仕事を切り上げたサボも手伝おうと臨んだのだが、具材を適当に乗せて巻いたら料理長に「なにしてんだ」と叱られて結局厨房の外に追いやられてしまった。ちなみにフレイヤは相変わらず器用で、初めて作るから緊張するとか言っていた割にあっさりと綺麗な太巻きを完成させていたので、料理に関してあちこち応用がきく女だと感心して見ていた。
 その彼女はと言うと、ほかの奴らに混じって恵方巻きを頬張っている姿が確認できる。具材は自由に自分の好きなものを並べていて、椎茸、きゅうり、玉子、穴子、にんじん――と言っていた気がする(サボは焼肉を入れてもらった)。子ども用には唐揚げ、えび天、ツナマヨなどを用意しているらしく、数分前にぞろぞろと子どもたちが彼女と一緒にやってきて、今はそれぞれが恵方巻きを食べるのに必死だった。

 食べている間は話しかけないでほしい。
 サボは、フレイヤから事前にそう言われていた。例の「無言で食べると願いが叶う」という言い伝えを律儀に守っているのだろう。同時に食べはじめたはずが、とっくに食べ終えてしまった自分とは違い、彼女はようやく半分といったところだった。
 太くて長い巻き寿司を両手で持ち、一点を見つめて黙々と食べる姿は別にそんなつもりはなくてもそっちの方向に意識が引き寄せられてしまう。部下たちには絶対に言えないし、もちろん本人にも絶対に言えないが、小動物みたいなフレイヤがああいう形状のものを食べていると想像してしまうのはもはや生理現象に近いものがあった。
 サボは、彼女にしてもらったことはまだない。興味がないわけではないが、彼女が気持ちよくなってくれればそれでいいし、心も体も十分に満たされている。しかし、想像することとはまた別問題で、あの小さい口に自分のモノがのみ込まれていくとどうなるのか。全部は無理かもしれないとか、くわえる瞬間はどんな顔をするのかとか、興味が湧くのは当然のことだが、我ながら最低なことを考えていると思う。
 けほっ、とフレイヤが咳き込む。どうやらむせてしまったらしく、慌てて近くのコップを手に取り、お茶で流し込む様子が見て取れた。一生懸命食べている彼女に対して不埒なことを考えている自分が急に浅ましく思えてきて少し反省。
 ぐしゃぐしゃと髪をかき乱し、いったん気持ちを落ち着けようと試みる。

「あー……おれは何を考えてんだろうな」
「気持ち悪ィぞサボ」

 背中越しに声が聞こえてぎょっとしたサボは「うわっ」と大げさに身を引いた。うすら寒い感覚を覚えて恐る恐る振り返ると、軽蔑するような視線でこっちを見ているリュカが立っていた。さっきまでほかの子どもたちと恵方巻きを食べていたはずが、いつの間にかその輪から抜け出していたようだ。

フレイヤのことニヤニヤしながら見て、どうせロクでもないこと考えてたんだろ。これだからオトナは嫌だよな」
「……」

 普段なら「生意気な口を叩くな」と反論するところだが、こいつの言う通りなだけに何も言い返せない。リュカが心酔する優しくて可愛くて料理上手で可憐なフレイヤは、彼の知らないところで大胆になることも、快楽に溺れて男を求めることもある。それは自分しか知らないことで、一生誰も知ることができないのだと思うと優越が生まれる。もちろん、普段の彼女もサボは好きだが。
 リュカの視線に応えるように見つめ返したサボは開き直って言い返す。

「大人だからできることもある」
「……ッ、そうやって子ども扱いすんな!」
「お前が言ったんだろ」

 大人が嫌だ何だと言っていたくせに、今度は子ども扱いするなと言う。面倒くさい奴だ。
 肩をすくめてサボはフレイヤに視線を戻した。ようやく三分の二ほどを食べおえて、あと少しというところだった。相変わらず小さな口をもぐもぐと動かしていて可愛い。ほかの連中もまだ食べている者が多いのでスピードが特別遅いというわけではないにしろ、彼女の食べ方は品があるのにどこかドキドキさせられる。それもまた、どうしようもない馬鹿みたいな想像しているせいなのだが。
 同じようにフレイヤを見つめるリュカが惚けていた。生意気なガキだが女を見る目はあるようで、曰く「フレイヤよりもイイ女を見たことがない」らしいからそれだけは同意したい。

「恵方巻きは食ったのか? 美味かったろ」問いかけに、リュカの目がちらっとこちらに向けられる。
「……うん。フレイヤが巻き方のコツを教えてくれた。みんなすげェ美味いって喜んで食ってる」
「そうか。あいつも楽しそうだし、こういうイベントがあるのはいいよな」
「おれもそう思う」

 周囲の喧騒に混じって、リュカのちょっと浮ついた声が聞こえた。
 任務や書類仕事に追われていると季節を感じることもなく日々が過ぎていくが、こうして仲間と思い出を作っていくのも大事なことだと最近は思う。争いばかりに目を向けていては身も心も疲弊していくだけだ。心の安らぎとでもいうのか、誰かと笑い合って楽しいことを共有するのも時には必要だった。フレイヤがそばにいるようになってからは特にそう感じていた。

「じゃあおれはフレイヤのところへ行くからお前はほかの子達と仲良くな」

 リュカへ挨拶代わりの手をあげて言い放つと、後ろから「ズリィぞ」とすぐさま不満の声が聞こえて、こうした何気ないやり取りもまた思い出の一つになっていくのだとサボは笑いながら思うのだった。