ひとり占めさせてくれ


※『たしかに恋をしていた』の番外編です

 いつもより肌が見えている部分が多くて、フレイヤは周囲の視線が気になって仕方なかった。自意識過剰と言われればそれまでだが、どうにもこういった水着は慣れない。下着以上に恥ずかしさを覚えるので、パーカーを着ようと思ったらこの水着を勧めてきた人から「こんなものを着たら意味がない」とにべもなく却下された。
 きっかけは、勧めてきた人であるベティの一言だ。
 もっと大胆なデザインを着たらどうだと彼女が持ってきた水着がいわゆる三角型のビキニであり、絶対自分では選ばないデザインだったのだ。もちろんフレイヤも最初は首を横に振って「こういうのは似合わない」と拒否をしたのだが、着てみないとわからないだろうとか何とか言いくるめられて気づけば購入することになっていた。
 彼女が持ってきたのは白のシンプルな水着だが、アンダーは本当に最小限だけ隠されているという感じで心許ない。あと、腰回りにゴールドのチェーンみたいなものがついていてやけに挑発的な気がする。こんなデザインを考えた人の気が知れない。と、内心不満に思いつつ、でもサボがどう思うのか気になるという気持ちも正直に言えば少しあった。こういった期待をしてしまうあたり、自分も貪欲になったものだと苦笑する。けれど、好きな人にはいつだって可愛く思われたい。
 そんな淡い期待と躊躇いの両方を抱えながら、フレイヤはサボたちが待つビーチに向かった。透き通った美しい海が観光客に人気で、すでに多くの人が様々なアクティビティを楽しんでいる。きょろきょろと目的の人物を探してみるも、どうやらまだ来ていないらしかった。

「珍しく男どものほうが遅いとは。何してるんだあいつら」
「もしかしたら待ちくたびれて海の家で涼んでるのかもしれないですね。ちょっと見てきましょうか」

 ベティとコアラが少し離れた海の家に向かおうとしたので、フレイヤは悩んでからここに残ることを選んだ。一本道しかないのですれ違うことはないとしても、万が一海の家ではなく準備に時間がかかっている場合は誰か一人は残っていたほうがいい。
 二人にそう伝えると、治安も悪くないから大丈夫だろうということで承諾を得られた。フレイヤは周囲を見回して海のほうへ少しだけ歩を進める。
 さすがリゾート地だけあって、海だけでなくビーチも綺麗に整っているからか裸足で歩いている人が多い。風もなく、観光客のにぎわう声だけが響いていた。ゆるやかな波が足元を濡らす場所まで来たとき、砂浜に何かが落ちているのが見える。
 近づいて確かめてみれば、不思議なことにそれは花だった。どういう仕組みなのか、砂浜の上にぽつんと咲いている。綺麗な青色をした花で、形はフレイヤの好きなスズランに似ているが、中央部分が澄みきった青の液体が固まったようなものでできているのでスズランではない。非常に不思議な花だった。ふわっと爽やかな香りまでしてきて、ますますフレイヤは興味をそそられる。
 しかし、綺麗だからといって毒がないと言えないのが花の世界だ。触るだけで危険な場合もあるので、知らない種類は素手で触れないのが鉄則である。フレイヤはしばらくそのまま観察することに決めて、あとでこの島の図書館を訪ねてみようと思った。

「ひとりで何してるの?」

 砂浜でしゃがみ込むフレイヤの背中に、誰かの声がかかった。知り合いの誰でもないその声に驚いたフレイヤは、けれど無視するわけにもいかず振り返って相手の顔を確認する。
 サングラスに柄の入った海パンをはいた男が一人、そしてそのすぐ横に同じような水着にパーカーを羽織った男の二人組が屈んでこちらをうかがっていた。笑ってごまかし、その場を後にしようと思ったら見事に道を塞がれて、結局フレイヤは口を開く羽目になった。

「見たことない花が咲いていたので気になって……」
「あーレイクスズランか。この島じゃ有名な花だよ。基本的には水脈の集まる場所で育つんだけど、こんな砂浜に自生してるのは確かに珍しいな」
「バカ。なに真面目に花の話なんかしてんだよ。ンなことよりおれ達と一緒に遊ばない? 一人で花なんか見ててもつまらねェだろ?」

 パーカーを着た男が花について教えてくれたのに対して、サングラスの男は「花なんか」と言って海を指さした。よりにもよってフレイヤの前で「花なんか」と言うとは、知らないとはいえもう少し言葉を選んでほしかった。
 事を荒立てたくないので、とりあえず「結構です。人を待っていますので」と断り、くるりと踵を返した。ところが、相手はフレイアの態度が気に入らなかったらしく、肩に腕が回される。

「大人しい子だと思ったけど結構威勢あるんだ。まァそういう子も嫌いじゃないよ」

 と、無理やり海に引き連れていこうとする。やっぱり声をかける相手を選んでいるのだとわかって辟易した。自分なら従順そうで声がかけやすいと思われたのだとわかり、むっとして押し返そうとしたとき、
「おいお前ら。誰の許可を得てその女に触れている。汚い手で触ると痛い目に遭うからやめておけ」
 後ろから覇気のある女性の声が響き渡った。フレイヤはようやく待ち人が来てくれたことに感謝して、ゆっくり振り返った。思った通り、海の家から戻ってきたベティとコアラだ。

「聞こえなかったか? その女に触れると後ろの男が黙っちゃいない。私の忠告を聞いておいたほうが身のためだ」

 ベティより後方に視線を巡らせると、ようやく近づいてくる金色の髪が見えた。ふわふわで、太陽に反射した綺麗な色が眩しい。鍛えられた上半身の筋肉もフレイヤには眩しくて、いつも見ているはずなのに砂浜で見ると雰囲気がまるで違う。

「まだその女に用があるならおれが話を聞く」
「っ、す、すいませんっした〜〜」
「ふん、二度と来るなカス」

 サボの一言がとどめになったらしく、二人組は潔く砂浜をかけて逃げていった。迷惑そうにベティが言い放った言葉は彼らには聞こえていないだろうけど、「花」を馬鹿にされた分、気分はよかった。
 駆け寄ってくれたコアラが唐突に抱きしめてくるので、「わっ」とたたらを踏んで彼女を受け止める。ちらっとサボに目を向けると、なんだか不愉快そうな顔でじろじろこちらを見ているので不安になった。もしかしたら、一人で待っていたことを怒っているのかもしれない。

「待たせてごめんね。やっぱりサボ君達、海の家でご飯食べてたよ。ハック達はまだゆっくり涼みたいっていうからサボ君だけ連れてきた」
「そうだったんだ。ありがとう、すごくタイミングが良くてびっくりした」
「サボ君が、フレイヤが危ないって離れたところから見つけてくれたんだよ。じゃあ、あとで合流しようね」

 ベティさん行きましょう、とコアラはこちらの返事を待たずに二人で行ってしまうので、残されたフレイヤは迷ってから、不機嫌そうなサボに「足だけ海に入ってもいい?」と恐るおそるたずねる。サボは一応海パンを身に着けているが、能力者なので海には入れない。それでも場に合った服装はするつもりらしく、たくましい体を晒している。
 腕を組んでいた彼はしばらくしてからずかずか歩み寄ってきて、「これ」と指先を胸元に置く。

「え?」
「なんだよこのデザイン」やっぱり怒っている。けれど、予想に反して一人で待っていたことではなくこの水着に対して不満があるようだった。「開けすぎ」サボの指がカップの中に侵入してくる。
「ちょっ、ここビーチ――ッ」
「知ってる。だからこれ以上は何もしない。ただ……フレイヤ
「……?」
「そういう挑発的な恰好はおれの前以外は許さねェって言っただろ? すげェ可愛いし似合うけど、そういうのはおれだけが見ればいいんだよ。ほかの奴らは見る必要ない」

 指はカップから引き抜かれたものの、相変わらず不満でいっぱいという表情をしていた。自分からこの水着を選んだわけではないので、というよりベティの強引さに負けてほぼ強制的に買わされたためむしろ不可抗力なのだが、サボにとってそんな諸事情はどうでもいいのだろう。説明したとしても納得はしてくれないに違いない。
 にぎわう観光客に混じってフレイヤたちの間に緊張感が走るが、周囲は真夏のリゾート地を満喫しているせいか見向きもされない。けれど、フレイヤにはそんなことはどうでもよくて、サボがこんなふうに独占欲を隠すことなく伝えてくれることが嬉しかった。さりげなく褒めてくれたこともフレイヤの自己肯定感を高めて、ますます浮かれてしまう。

「ありがとう。これ、ベティさんが選んでくれたの。たまにはこういうデザインも着たらどうかって。ちょっと不安だったけど、サボが褒めてくれたから嬉しい」
「そりゃ褒めるさ。お前はなに着ても似合うんだから」
「……」それは言い過ぎだと思うけれど、サボに言われるとポジティブに捉えることができる。またお洒落をしたいと思うし、コアラたちとの買い物も楽しみになる。
 素直にありがとうと言えば、サボから「ン」と手を差し伸べられる。
「とりあえず足だけ浸かるか。このあたりを歩こう」
「うん」

 自然と絡められる指にフレイヤはふふっと嬉しくなって、さっき見つけたレイクスズランをサボに話しはじめる。彼はフレイヤの話に「花なんて」とは言わない。もちろん、花に興味があるとは思っていないけれど、彼はフレイヤの趣味や好きなものを否定しない。たったそれだけのことが嬉しい。
 視線の左側にはキラキラと光る透き通った海が広がっている。サボの髪もまた同じようにキラキラと輝き、優しい目をこちらに向けてくるものだから、フレイヤは高鳴る胸を抑えるのに必死だった。