傘に込められた下心
カフェでひと休みしていざ帰ろうという頃、間の悪いことに本格的な雨が降り出していた。今日の予報では夜からだったはずなのに、夕方の段階でこの降り方は予報が外れたと考えるべきだ。あいにく傘は持っていないし、この寒い季節に濡れたまま帰れば風邪をひく可能性が高い。どこかで食べて帰るにしても、やはり傘は必要だろう。この雨は数時間で止むような気配はない。
少しばかり濡れるが、この先にコンビニがあるのでそこまで走って買うしかないか、と鞄を胸の前で抱え込んだときだった。
「まさかそのまま帰るんですか? 風邪ひきますよ」
爽やかなテノールの声に引きとめられて振り返った。白いワイシャツに黒いエプロンをまとった大学生のサボくんだ。三か月前から働いているバイトの男の子で、最近は私が来るときほとんど彼のシフトが入っているせいか、すっかり顔なじみになった。
その彼が私に気づいて声をかけてくれた。歳下ながらよく見ているなと、ちょっとだけ胸が高鳴る。
「これ使ってください」
差し出されたのはお店のものだろうと思われるビニール傘。勝手に持ち出していいのか気になったが、サボくんなりに心配してくれたのだと思うと素直に嬉しかった。
「……いいの?」
「返しに来てもらえればいいので」
それはもちろん返すつもりだけど。
言葉をのみ込んで、どうするかを考える。ここで受け取らないのは変だし、せっかく店の外まで届けに来てくれたのだからこの厚意には甘えておくべきだろう。
「ありがとう。じゃあお借りします」
「気をつけて」
ニコニコと愛想のいい笑みで見送られて、気分よく雨の中を歩きだす。
サボくんがどういう意図で傘を差しだしたのか、私がその『本当の意味』を知るのはもう少し先のことだ。
2025.12.15 現パロ