ゲレンデに輝く背中

「ひゃっ!」
 雪の上で盛大に転んだ私は思わず素っ頓狂な声で叫んだ。柔らかいからといって、尻もちをついたらやはり痛い。慣れないスノーボードなどやるべきではなかったかもしれないと思いつつ、失恋して傷心している私を元気づけようと旅行に誘ってくれた友人には感謝していた(その彼女は経験者のため、とっくに滑り降りている)。まあ悲しかったのは別れてから三日間だけで、仕事に追われていたらすっかり気持ちも落ち着いていたのだけれど。
 お尻をさすりながら、どうにかして起き上がろうとするも両足が固定されているスノボは立ち上がるのさえ一苦労する。腰を上げてはバランスを崩すという滑稽な動作を繰り返す私の前に、突然影が差した。
「大丈夫か?」
 厚手のグローブが差し出される。顔を上げると、グレーのスノボウェアに身を包んだ知らない男性が立っていた。ゴーグルがただのファッションではなく、ブルーを選んでいることからスノボ経験者のそれだというのがすぐにわかった。友人曰く、ブルーは晴天時に適した色らしい。まあそれを抜きにしても容姿が整っていることは雰囲気から伝わってくる。
「す、すみませんっ……ありがとうございます」素直にその人のグローブを掴む。
「よっ……と」
 あれほど立ち上がるのに苦戦していたのが嘘のように、男性の軽い力で簡単に立つことができたことには感動した。この際、転んだあとの対処の仕方とか立ち上がるコツとか教えてもらえないだろうか。……いや、見ず知らずの人間がいきなりそんなことを聞いてきたら下心があると思われるかもしれない。
 私が何か言いたそうにしているのを見て取ったのか、彼がふいに近づいてきた。ゴーグルの奥の瞳と視線がぶつかって心臓が跳ねる。
「コツは板を雪に食い込ませるんだ。あと絶対に山側を向いて立つこと。そうしねェと滑り落ちるぞ」
「え、あ、はいっ……ありが、」
「おーいサボ〜!」
 こちらの想いが通じたのかと思った矢先、私の声にかぶさるように溌剌とした大きな声が響き渡った。その呼びかけに反応した男性は声のする方角に右手を軽くあげて合図を送る。そこには同じくスノボウェアに身を包んだ男性だと思われる二人組が立っていた。助けてくれた彼はサボという名前らしい。
「じゃ、気をつけて滑れよ」
 軽い挨拶をして、彼――サボさんは待っている二人組の元へ華麗に滑っていく。エッジをきかせて雪を蹴り上げ、加速するその背中は雪景色の中で驚くほど絵になっていた。

2025.12.19 現パロ