陽だまりの彼

 ダークグレーの分厚い雪雲が立ち込める空の下、フレイヤはサボと雪原を歩いていた。調査で訪れている島であるため、あまり目立った行動はとれないという理由から二人一組になって移動しているのだが、このあたりは集落も何もなく、ただ雪景色が広がっている。
 冬島の冬は想像している以上に寒かった。一応コートは着ているものの、もう少し厚手の生地のものを選べばよかったと後悔しているところだった。この天気だとまた降ってくる可能性もある。
「フレイヤ。おれのコートの中に入れ」
「……え?」
 歩幅をあわせてくれていたサボがふいに立ち止まってそんなことを言うので、フレイヤの反応は少し遅れた。コートの中に入れって、それじゃあ歩きにくいし、休憩するにしたってこのあたりは寒さをしのげる場所もない。
 確かに寒いと感じていたが、言葉の意味を計りかねてフレイヤは戸惑った。
「それじゃあ寒いだろ。おいで」
 サボがコートを広げてこちらが来るのを待っている。本当に入るの……? そう思いつつ、彼のやさしくて柔らかい笑みにフレイヤは吸い寄せられていく。
 おいで、という言葉がまじないのようで、フレイヤはおずおずとサボの懐にもぐり込んだ。腹部に腕を回して広い胸に顔をうずめた途端、外気に混じってさわやかなウッドの香りとほんのり甘い匂いが鼻をかすめた。落ち着く香りを吸い込んだからか、思わず笑みがこぼれる。
「なに笑ってんだ?」
「ううん、サボの匂いがするなって思って。ちょっと幸せな気分になってた。好きな匂いだから」
「……」
「ご、ごめんっ……変なこと言ったね」
 ちょっと恥ずかしい発言だったかと思って慌てて取り繕う。
「そういうこと言うな、理性が飛ぶ」
 サボの小さな声が耳元をくすぐるように鼓膜に届いて身体が震える。すかさず、サボに顎をすくわれてキスが降ってくる。名残惜しいように離れていった唇は、けれどその一回だけだった。寒い中でずっとこうしているわけにはいかない。見つめ合ってから数秒、「このまま歩くか」とやさしい顔でサボが言った。
「……歩きづらくない?」
「そんなことねェよ」
 笑い合って、フレイヤはくるりと百八十度まわって正面を向く。そのままサボが包みこむように抱きしめてくれるのを確認すると、ゆっくり歩き出す。
 自分と彼の太ももがぶつかるたびになんだかこそばゆくて、けれどしっかりとした足取りが心強い。極寒のはずが、彼の腕の中は陽だまりのように温かく、もう寒さは感じなかった。

2025.12.23 たし恋