誤解される男と風紀委員

※学パロ

「ポートガスくん。前回も言いましたよね? ボタンは閉めてって。今日で三回目です、次も同じ注意を受けたら反省文ですよ」

 校門の前に立ち、バインダーでとめてあるチェックリストにポートガスくんの名前を記入する。二週間前、さらに一か月前も彼の名前を書いたので、言った通り三回目なのだが、彼はまるで直す気がないから私の中ではすっかり問題児だ。
 八時半ギリギリは遅刻寸前の生徒たちが学校前の坂を走ってくる。ポートガスくんとやり取りをしているせいでほかの生徒の身だしなみを見逃してしまうのが最近の悩みだ。だけれど、彼の服装に比べたらほかは目をつぶってもいいくらいには悪目立ちしすぎている。
 ポートガスくんは鞄を小脇に抱えながら、私をじっと睨みつけている――ように見える。相変わらず怖い。

「……これはあれだ。来る途中で怪我した猫に遭遇してよ、ちょいと木に登ったらそいつが逃げ回るもんだからこうなっちまった」

 ばつが悪そうに言うものの、どこか「だからおれは悪くない」と主張しているように聞こえて苦笑する。大体猫を追いかけ回した程度でボタンが全開になるのはおかしくない? と、胸中で突っ込みを入れてから改めて彼の顔を見つめる。
 目つきが悪く、喧嘩っ早い。そしてワイルドな風貌も相まって周囲から恐れられている二年のポートガス・D・エース。実際、三年を病院送りにしたとか、後輩から金を巻き上げているとか、良くない噂ばかりが流れているせいで、近寄る人間はいない。周りは彼のことをいわゆる「不良」と呼んで煙たがるから常に一匹狼だ。
 私に向けられる視線は今も、「よくあんな奴と話せるよな、可哀想」という憐憫の眼差しだった。私だって怖くないわけじゃないけれど、風紀委員は全員平等にチェックしなきゃいけないし、それに――一匹狼のポートガスくんは意外と礼儀正しいということを知っている。噂のことは自分が目にしたわけではないから、一概に本当とも言えない。

「猫を助けたのはいいですが、それと服装の件は関係ありません」
「細けェこたァいいだろ」
「……」ひぃ〜〜だから怖いってば。

 内心で涙目になりつつ、「ダメです」と風紀委員長としての威厳を保つ。すると、ポートガスくんが口をへの字に曲げて、「ケッ」と子どもみたいな顔をした。中にシャツを着ているといってもボタン全開は校則違反なので、そんな顔をしても無駄だ。

「と、とにかく次回は気をつけてください。いいですかっ?」

 怖がっているとバレないようにポートガスくんの目を見てしっかり伝える。黒髪をわしゃわしゃ乱暴に掻いた彼は仕方ないといったふうにため息を吐き出した。

「……わーったよ」

 大人しく言うことを聞く気になったのか、急にしおらしくなった。素直で可愛いところもあるのだなと、このときばかりはクスッと笑みがこぼれた。


*


「その結果がこれですか?」

 むすっとした表情でこちらを見ようともしないポートガスくんに、私は呆れ半分諦め半分の気持ちで咎めた。
 オレンジ色のタンクトップの上に指定の白シャツを着ているのはいいのだが、相変わらずボタンが全開で先日の身だしなみチェックのことなど忘れたと言わんばかりの恰好をしている。おまけに今日は顔に絆創膏まで貼りつけていて、いかにも喧嘩しました感がにじみ出ている。登校途中で一発殴ってきたとかじゃないといいけれど、彼の兄弟曰く「エースは理由もなく人を殴ったりしねェよ」だそうだ。
 ポートガスくんはいつもの睨むような視線で見下ろすことなく、ばつが悪そうに頭を掻いて言い淀んだ。何か言いたいことがあるらしい。

「わりィな、約束守れなくてよ。ちょいと野暮用があってボタンを閉め忘れた」
「……」

 もはや言い訳としては落第点だが、彼なりに誠意を示すつもりはあったのだろう。なぜなら昇降口へ入る門は正門以外にもあるし、彼の身軽さであれば塀だって簡単に乗り越えられる。ここを通る理由はない。毎回律儀にチェックを受けるあたり、周囲が言うような「不良」という表現からはおよそかけ離れている。とはいえ、シャツのボタンを全開にする理由にはなっていないのだけれど。野暮用とボタンの閉め忘れに一体どんな関係があるというのか。
 例外は認められないので、バインダーに挟んである原稿用紙を一枚ポートガスくんに差し出す。

「野暮用だろうが何だろうか、見逃すわけにはいきません。きっちり反省文を書いてもらいます」
「めんどくせェ」
「君が悪いんでしょ。ったく、困った後輩なんだから」

 言っても聞かないポートガスくんに業を煮やして、彼の胸元に手を伸ばす。本当はこんなことはしたくないのだが、先生には「委員長のお前がなんとかしろ」と言われているので仕方ない(どうやら教師陣も彼のことを恐れているらしいが、大人ならしっかり彼を見てあげてほしいところだ)。
 そうして第二ボタンから順番に留めようとした瞬間だった。ポートガスくんが急に真面目な顔をして私の手首を掴む。

「……あんまり無防備に近づかないほうがいいぜ、先輩。食っちまうかもな」

 そのまま掴まれた手首をぐっと引かれたために、脇に挟んでいたバインダーが地面へ落ちる。突然ポートガスくんとの距離が縮まったことに困惑して、私は動けずに呆然と彼のことを見つめる。一体なにが起こったの……?
 ところが、次の瞬間にはもう手首をぱっと離され何事もなかったかのように屈んで、「ほらよ。大事なモンだろこれ」と、落としたバインダーを渡されて我に返る。

「き、君のせいでしょーがっ!」
「へいへい、悪かったよ」

 またいつもの調子に戻って、ポートガスくんは「これ書いてあんたの教室に持っていけばいいんだろ。ほんじゃ、放課後にな」手に持っている原稿用紙をひらひらさせながら、昇降口へ向かっていった。


*


 昔から誤解されやすい体質だった。別に弁解するのも面倒だし、わかってくれる人間がいりゃあいい。そう思っていた。
 高校に入学してからもそれは変わらず、先輩には目をつけられたり、やってもいない罪をなすりつけられたり、他校の不良に絡まれたりといろいろあった。吹っ掛けられた喧嘩に応じる自分にも少しは原因があるが、売られた喧嘩は買うのが男だろう。それに、困った奴がいれば助けるのが道理ってものだ。
 そういうわけで、周囲からも教師からも距離を置かれているエースは校内じゃほぼ一匹狼だった。唯一、兄弟のサボが理解者であり、あとは皆一定の距離を保って近づいてこようとしない。どうしても必要なときは話しかけられるが、それもどこか一線を引かれている。
 そんな中、自分のことを真っすぐに見てくれる人が現れた。

「ポートガスくん。第二ボタンまで閉めてください」

 長い髪を高い位置でひとまとめにして、気難しそうな顔をする彼女は三年の風紀委員である。朝の身だしなみチェックは約二週間に一度、月に二回行われるらしいが、運の悪いことにエースは二年になって最初の段階で彼女に目をつけられた。……いや、これは運が悪いというより、逆にエースにとっては幸運だったかもしれない。

「こんなん閉めてたら暑いだろうが」

 うっかりいつもの癖で荒っぽい口調になり、内心「しまった」と思ったのだが、彼女は臆することなく「関係ありません、校則です」とのたまった。
 初めてだった。不良だの、鬼の子だのと言いたい放題、自分を恐れて近寄らない人間ばかりの中で、彼女はなぜか真っすぐ向かってきて、規則だからダメだという。初めて身内以外に意見してきた彼女は、だからエースの中でものすごく印象的であり、深く心に刻まれた。
 つまり、ありていに言えば好きになってしまったのだ。


 三回目の注意でついに反省文を書く羽目になったエースは、乏しい語彙を必死に絞り出してようやく原稿用紙一枚分を完成させた。終わったときにはすでに午後四時五十分。提出時間の四時をとっくに過ぎていた。
 急いで階段を下りて三年の教室へ向かう。このあたりは滅多に来ない場所だからか、妙に緊張するが、放課後なだけあって人はいない。彼女の教室まで来てドアを開けた。

「先輩いるかー持ってきたぞ」

 静かな教室の窓側。その真ん中の席に彼女はいた。しかし、待っている間に寝てしまったらしく、机に突っ伏している背中が見えた。五十分も遅刻しておきながら、口をついて出たのは彼女への不満。「ったく……おれを待って寝ちまったのかよ」
 足音を殺して近づくと、窓側に顔を向けているのが見える。ちょうど夕日が差し込み、彼女の茶色い髪が透けて綺麗に光っていた。今朝忠告したばかりだってのに、もうこれか。エースは頭を抱えて、彼女に憎たらしい視線を向けた。

「クソっ……無防備にするなっつっただろうが」

 右手の原稿用紙が、自分の汗でじっとり湿っていくのがわかった。起こそうと思ったが、この幸せそうな寝顔を見ていると胸が変な音を立てて、ぎゅっと熱くなる。それは、喧嘩で殴られたときの熱なんかよりもずっとタチの悪いものだ。
 エースは軽い舌打ちしてから、前の席の椅子を引いて乱暴に座り、彼女が起きるのを待った。