どうでもいいから手を繋いで

※このお話は中編オルレアンの番外編です。先にこちらを閲覧することを推奨しています。

 ポートガス・D・エースと仲良くなれたかどうかは、傍から見ればわかりづらいと思われるかもしれない。たかだか名前で呼び合うくらいで何をそんな大げさに、と笑う人もいるだろう。確かにもそう思う、異論はない。
 だが、とエースの場合は紆余曲折を経てやっと名前で呼び合えるようになった関係だ。同じクラスの、しかも特別仲良くもなかった知り合いとも呼べぬ人間同士が、一つのことをきっかけに距離を縮めたのである。ある意味ドラマチックだが、決して華々しい話とは言えないのでなぜ彼とこのような状況になってしまったのかは嘆きたい気分で項垂れた。

 今日は普通に学校へ行き、普通に授業を受け、普通に部活を終えた、はずだった。そのあとなぜか残っていたサボたちに呼ばれたのだが、東校舎はあいにくと工事が入ってしばらく使えないらしく別の教室で集まろうとやってきたはいいものの、そこにはエースしかいなかったのである。
 サボとルフィはどうしたのか、と問えば「知らねェ」の一刀両断だったので仕方なく待つことにしたのだが、その数分後にガチャと嫌な金属音がの耳に響いた。まさかと思って扉に近づくと、やはり聞き間違いではなく鍵をかけられたらしい。しかし大体の教室は内側から開けられる仕組みなっているので問題ないだろうとが鍵に手をかけたとき、
「うわっ!」

 視界が何かで塞がれた、と思ったらどうやら頭の上に一枚の紙が降ってきたらしい。
 ――いや、どういうマジックなの? ここ教室なんだけど……。
 一体何なんだと憤慨する気持ちでは紙を手に取る。太い字で何かが書かれているなと思ったのも束の間、書かれている内容に目を丸くした。

「な、なんなのこれ……!」
「おめェな、さっきからうっせえんだよ!」
「ちょっとエース見てよこれ」
「あ?」

 机に突っ伏して時間をつぶしていたエースがけだるそうに腰をあげてこちらに向かってきたので、は例の紙をエースに見せた。
 文字を読んでいくうちに同じような反応を示した彼は開口一番「ざけんなっ」と紙をくしゃくしゃに丸めて投げ捨てた。気持ちはわからないでもないが、すぐキレるのはエースの悪いところである。
 無惨に捨てられた紙を拾ったは広げてもう一度書いてある内容を確認する。目をこすっても、頬をつねっても変わらない。夢ではないらしい。これは現実に起こっていることだった。

「どう思う、これ」
「どうもこうもあるかっ。おれは信じねェ! こんなとこさっさと出てやる」

 言って、扉に手をかけたエースが勢いよく横に引いた。だがそれも虚しく、手だけがスライドしていき扉はびくともしなかった。エースが引いた扉をよく見ると、上下に動かせる鍵がなくなっている。

「え、なんで!?」

 どういうわけか、内側にあるはずの鍵が見つからない。先ほど閉められたときになくなってしまったのだろうか。非現実的なことが次から次へと起こっていての頭は軽くパニック状態になった。
 エースのほうは扉が開かなかった原因がよくわかっていないまま、何度も同じ動作を繰り返している。でも結果は同じ、開かない。

「おい、どうなってんだこの教室」
「それは私が聞きたいところだけど……一つだけ言えるのは、どうやら教室を出るにはこの紙に書かれたことを実行しなきゃいけないってことだね」

 しわくちゃになった紙をエースに見せるとあからさまに顔を歪ませた。彼の好き嫌いがはっきりしている性格はわかりやすくていいのかもしれないが、こうも態度に表されると逆に傷つく。そんなに私と手をつなぐのが嫌なのか。
 絶対に開かないとわかったエースは諦めて近くの席に腰を下ろし嘆息する。未だに納得できない様子で紙を忌々しく睨んでいた。

「なんでおれがと手をつながなきゃならねェんだっ!」
「仕方ないじゃん。ここにそう書いてあるんだから」
「だからってなァ……なんの罠だこりゃ」

 もエースの隣の席に座り、紙を眺めてみて確かに何の罰ゲームだろうと頬杖をつく。二人しかいない教室では、いつも狭く感じる場所も広く思えて仕方ない。エースとの距離が縮まったかどうかも怪しいのに、一体何の試練だろうかこれは。
 その紙にはこう書かれていた。
 "目の前の相手と手を繋がなければ、この教室からは出られません"
 最初は何かの冗談だと思ったのだが、鍵が閉まっている上に内側から開けられないとなるとこの非現実的状況を受け入れるしかなかった。

「まさかあいつらが仕組んだじゃねェだろうな」
「それはないんじゃない? 二人ともどこに行ったのかは知らないけど、わざわざ私たちを貶めるようなことするわけないよ」
「けどよ、こんなのおかしいじゃねェか」
「まあ確かにイタズラにしては手が込んでるというか、ちょっと不可思議な現象だよね」
「お前はなんでそんな冷静なんだ」

 呆れかえった様子のエースは考えることを諦めたのか、今度はに対して文句を言うことに切り替えたらしい。大体お前が部活なんかやってなけりゃとかなんとか――だがそれは関係ないだろう。むしろそれを指摘するならこの場にいないサボとルフィに問題がある。
 だからといって今いない二人にああだこうだ言っても仕方ない。この状況を打破するにはやはり紙の指示に従うほかないのだと思う。

「ねえ」
「ああ?」
「エースはそんなに嫌なの? 私と手を繋ぐの」

 ちょっとらしくない可愛い子ぶって尋ねてみたものの全然とりあってくれず、むしろ「気色悪ィことすんなっ」と嫌がられた。狼狽えているくせによく言う。気色悪いとはなんだ。
 そもそも今どき「手を繋ぐ」ことに抵抗あるってどうなんだろう。エースのような容姿だったら、彼女の一人か二人いたことがあってもよさそうである。多少距離が縮んでたぶん友達になったにプライベートな話はそう簡単にしてくれないだろうが、エースの容姿がかっこいいことは認めざるを得ないのでモテるだろうことはわかる。クラスの子たちと親しくする姿は見たことないといっても女子の間じゃ人気が高いのだ。そんな人がたかだか手を繋ぐだけで取り乱すのも変な話。
 まあ今現在、ルフィとサボとの三人でバンドをやるのが楽しいようなので恋愛に関して今は興味ないのかもしれないが。ただ、今のにとって最重要事項はエースの恋愛ではなくどうやって彼を説得するかである。

「でもよく考えてよ。これをクリアしないことには出られないんだよ、だったら潔くやるしかないでしょう」
「んなこたァわかってんだよ」
「……ほんとにわかってるの?」
「……あ、ああ」歯切れの悪い答え方な上に、さっきから全然目が合わない。エースのおかしな様子には一つの答えにたどり着いてにやりと笑う。
「まさかエース。ほんとは私と手を繋ぐのが恥ずかしいとか――」
「んなわけねェだろうが! つうか気持ち悪ィ笑い方すんなっ」

 座っていたエースがいきなり立ち上がってものすごい剣幕でのことを睨みつけてきた。まるで今にも噛みつきそうな獣を彷彿とさせるそれに怯みそうになるが、以前と違うのはもうエースという人間を知ってしまったことだ。完全に心を許してくれたわけではないにしろ、彼は意外と照れ屋なところがある。つまり「んなわけねェ」というのは彼なりの照れ隠しなのだ。気持ち悪いは聞かなかったことにする。

「じゃあ早くしようよ。ルフィやサボが待ってるんだよ? いつまでも待たせたらかわいそうでしょ」
「わっ、てめ――」

 エースの目の前に近寄って、彼の右手を握ったはそのまま包むようにして自分の手を重ねた。意外と逞しいな、なんて思ったのも束の間。ガチャという金属音が再び鳴ったので、やはりこの紙の威力は本物だということが証明された。
 その音を聞いた瞬間、の左手が温度をなくした。逃げるように教室を出ていこうとするエースの頬がほんのり染まっている。普段は傍若無人なくせに、意外とこういうことに免疫がないのか。可愛いところもあるんだなと嬉しくなる。

「エースってば顔赤い。やっぱり照れてるんでしょ」
「うるせェ! こっち見んな」

 言いながら出ていったエースの横顔はやっぱり赤くて、普段の彼の態度からは想像もできないほど初々しいというか貴重な一面が見られたので、おかしな部屋に閉じ込められるのも悪くなかったと振り返るのだった。