「好きな人」

※このお話は学パロになります。

エースの場合

 書かれた四文字に体が硬直する。漫画とかでよく見かける定番の内容だった。
 周りが次々に指定されたモノを探しにあくせく駆け回っていくのを眺めながら逡巡する。誤魔化すことも考えたが、自分の心に嘘をつきたくなかった。
 だから、応援席でひとり旗を振っている彼のところまで急いで向かう。

「エース」

 大きな旗が風で翻る。私の声に彼が手を止めて不思議そうな顔をした。

「なんだよ」
「ちょっと顔貸してくんない?」

 我ながら随分な言い方だと思った。もう少しかわいく言えたら、エースだって聞き入れてくれるかもしれないのに。
 案の定、彼は見るからに怪訝な顔をした。

「……意味わかんねェ。おれは応援中だ」
「いいでしょ。借り物競争のお題に必要なんだってば」
「なんでおれなんだよ。ほかにもいるだろうが」
「エースじゃなきゃダメなお題なのっ!」

 周りにほかの人がいるにもかかわらず大声でそう言うと、エースは一瞬だけ怯んだ顔を見せてから渋々旗を地面に置いた。ぽかんと呆ける私の傍まで来て真剣な表情を作ると、

「"おれじゃなきゃダメ"、なんだな?」確認するように問われた。
「うん……」私の切羽詰まった声にエースがどう思ったかは定かではないけれど、
「わかった、ついてってやる」
「……っ、ありがと」

 急ぐんだろ、と差し出された左手を戸惑いながら握ると力任せに引っ張られて前につんのめった。慌ててたたらを踏むと、「わり……」エースが振り返って足を止める。私が体勢を整えるのを待ってくれた。
 ぶっきらぼうだが、なんだかんだ言ってエースが優しいことを知っている。お題の内容を伝えてないし、彼もまた聞いてこない。でももしかしたら気づいているのかもしれない。どのみちゴールするときにお題は開示されるから時間の問題だ。それでも彼がついていくと言った意味にドキドキしながら必死に走った。


***

サボの場合

 応援している最中、突然こちらに向かって走ってきた幼なじみに首をかしげていたら「来てくれ」と頼まれて、やっぱり意味がわからず「なんで」と返した。

「お題にお前が必要だから」

 そう言って朗らかに笑いながら手にしていた紙を見せてきたサボに、私の頬は一気に熱を持った。当たり前だが、応援席にはクラスの人たちや先輩、後輩も近くにいる。体育祭は学年関係なくクラスごとにチームを組むので、最初は整っていた陣形も応援に熱が入るとバラバラになっていくのだ。それなのに堂々とあんな紙を見せて、この男は一体どういうつもりなんだろう。

「いろんな人が見てるのに。噂になったらどうするの」

 競技中なので、平静を装ってサボの元に急ぐ。けれど本当は心臓がうるさくてどうにかなりそうだった。どういうつもりで私を呼んだのか。聞きたくて仕方なくて、身長の高い幼なじみを見上げる。しかし、彼は私の視線に気づいていながら何も言わない。
 それどころか、私の手を引いて勢いよく走り出す。晴天の空の下、照りつける太陽の日差しに彼の金髪が反射する。体温が一気に上昇していく。手に汗がにじんでいないか、急にそんなことが気になった。

「そうなってもいいと思ったから見せたんだろ」

 ゴールに向かっている途中、黙ったままだったサボが振り返って言った。キラキラしている。まぶしい。そんな太陽みたいに笑うなんて卑怯だ。
 彼に握られている左手から熱が全身に広がっていき、私は手を引かれるまま、ただ夢中で走った。