きみはひとり白百合の庭

※このお話は『シンデレラ』をモチーフにした童話パロです。そのため昔話風にですます調で話が進行します。

 コルボ山に住むエース・サボ・ルフィの三兄弟は、この近くにとても可愛く優しい女の子がいるという噂を聞いて毎日のようにその少女を探していました。過酷なコルボ山に、そんな女の子がいるなどとても想像ができなかったのです。しかし、さして広い山でもないのになかなか見つけることができず三人は苦労していました。
 ある日、いつものように三人は食糧調達のために山奥へ向かっているとどこからか怒鳴り声が聞こえてきたので、興味本位で声のするほうに向かいました。段々と声が大きくなるにつれて、三人の目には大きな見たこともない家が見え、その近くに四人の女がいることに気づきます。
 一人は大人――彼らの育て親であるカーリー・ダダンより少し若い中年女性で、腕を組んで怒鳴っています。その近くに二人の若い女性が立ち、同じように何か怒っているようでした。そしてもう一人、地面に座り込んでいる女の子――エースたちと同じくらいの子が、必死に頭を下げて謝っていました。
 何やらただならぬ雰囲気を感じ取ったエースたちは会話の内容が聞こえるところまで近づき、茂みに隠れながら様子をうかがいます。

「お前はなんて憎らしい娘なの!」
「お母さま、私この子と同じ部屋で眠るなんてごめんだわ!」
「私もよ。今ある服だってこの子にはもったいない!」

 次々に少女へ罵声を浴びせた女たちは最後に「掃除、洗濯、食事の用意を私たちが町へ出ている間に終わらせなさい」と言って去っていきました。
 少女がなんと答えたかは小さくて聞こえませんでしたが、立ち上がって家の中に消えたかと思うと数分後に大きな洗濯籠を抱えて出てきたので、きっと頷くことしかできなかったのだとエースたちは悟りました。同時に、家から出てきた彼女の姿を初めて真正面から見た三人は、あまりの可愛さに頬を赤く染めると、彼女が噂の女の子だと気づきます。
 小さな体で大変そうに洗濯籠を近くの川へ運ぼうとする姿に心を痛めた三兄弟の末っ子ルフィは、本能の赴くまま「おーい」と少女のもとへ駆け寄っていきました。後ろでエースとサボが制止しているのを無視して。

「大変そうだから手伝ってやる!」

 ルフィはそれだけ言うと、少女から洗濯籠を無理やり奪い歩き出しました。突然のことにぽかんとしている少女を置いてけぼりにして進むルフィに、今度は後ろからドタドタと騒がしい足音が聞こえてきて少女はまた驚きます。

「おいルフィ! てめェなに勝手なことしてんだ」
「待てエース。先に説明をしよう。この子、びっくりしてる」

 急に知らない人間が三人も現れたことで言葉を失っている少女に気づいたサボは、ひとまず自己紹介をしようと近くの切り株に少女を座らせてその前にエース、ルフィと共に並びました。

「急にごめん。おれはコルボ山に住んでるサボ。こっちがエースで、その隣にいるのがルフィ。血は繋がってねェけど兄弟だ」
「えっと……どうしてここに?」
「声が聞こえたんだよ、誰かを怒鳴り散らすデケェ声が。来てみたらお前が怒鳴られてた」エースが言ったあと、少女はバツが悪そうに「そう……」と呟いて俯いてしまいました。怒られていたところを見られたのが恥ずかしかったのでしょうか、つぎはぎだらけのボロボロな服を強く握りしめて震えています。
 三人はその姿になんて声をかけていいかわからず、あわあわしながら小声で「どうすんだよ」「おれ知らねェ」「お前がどうにかしろ」なすりつけあって、結局比較的落ち着いているサボが彼女の目線に合わせて屈みました。

「洗濯物手伝うよ」

 ルフィが勝手に取った洗濯籠を、今度はサボが持ち上げて先を促します。すると、少女の顔がゆっくりと上がっていき、大きな目を見開いて口をぱくぱくさせました。どうして見ず知らずの人がこんなことをするのだろう、不思議に思った少女は問いかけました。

「……なんで助けてくれるの? 知り合いでもないのに」
「なんでって、そりゃおめェあれだろうが」
「……?」
「つーかなんでお前いじめられてんだ?」

 エースの訳の分からない強気な発言と悪意のないルフィの言葉に圧倒された少女はなんと答えていいのかわからず困った顔で笑いました。いじめられている理由など、あってないようなものだからです。初めて継母たちから言われたのが「お前の顔が憎らしい」だった少女は理不尽な言葉に何度も泣きそうになりましたが、持ち前の明るさでいつか必ず幸せになれると信じていました。
 だから今こうして知らない人に話しかけてもらえたことは幸運の始まりなのかしれない、そう思えて仕方ありません。これまで家族以外の人と話したことなかった少女は勇気を出して口を開きます。

「理由なんてもう忘れちゃった。でも、君たちが来てくれたから……嬉しい、かも」
「かも、じゃなくて嬉しいんだろ? そういうときは素直に言うもんだ」

 エースの言葉はとても真っすぐで、ずっと暗い場所にいた少女には眩しいくらいでしたが、心の奥底がほのかに温まる感じがしてなんだかむず痒い気持ちになりました。素直に言葉にすることは、あの家ではあまりよくないことだったのでそれを解放していいだなんて夢のようです。

「わかった、ありがとう」
「それでいい。よし、じゃあさっさと片づけちまおう」

 こうして四人は、今度こそ川へ向かって歩いていくのでした。


 コルボ山に流れる川には驚くような生き物が棲んでいると言われていました。しかし少女はそうした危険な生き物が生息する場所を避けて、比較的安全かつ川の流れが緩やかなところを選んでいたので襲われることなく過ごせていたのです。
 今回もそのつもりで家からさほど離れていない川の下流へ向かっていこうとしたところ、なぜか彼らは危険生物がいるほうを示し、「そっちへ行こう」と言い出しました。どうやら彼らは特訓と称して、毎日のようにコルボ山の中でもさらに危険な場所へ行ってはサバイバル生活を送っているというのです。詳しく聞けば、コルボ山のダダンという山賊に世話になっていたが、最近三人の独立国家を作ったと自慢げに話してくれました。
 生まれてこの方一度も町へ出たことがない少女は当然友人と呼べる友人もおらず、ましてや彼らのように”自由に”生きることなど考えたこともないので、一体どんな感じなのだろうと興奮せずにはいられませんでした。
 ただし、今は洗濯するのが第一優先です。そうした危険は必要ないと言い切って、なんとか彼らを川の下流へ連れていくことに成功しました。誰かに意見することは少女の中で躊躇われる行動の一つでしたが、初めて自分を受け入れてくれた彼らには伝えてもいいのだと思ったのです。
 話しているうちに四人は川へ到着したので、大量にある洗濯物を分担して作業することに決めました。しかし彼らは手伝うと意気込んだはいいものの、まともに洗濯をしたことがないので結局少女から教わることになりました。

「これどうやるんだ」
「さァ……っておいルフィ、それ逆じゃねェのか?」
「そうかァ? でもよ、この変な模様こっちのほうがしっくりくるぞ」
「確かに変な形してるよな。流行ってんのかな」
「んなもん、おれ達が知るわけねェだろ」
「……」

 彼らは継母や二人のお姉さんのきらびやかな洋服を変な模様だの変な形だの言いたい放題で、隣でせっせと手を動かしていた少女は呆気にとられました。おまけに彼らの洗濯の仕方はまるでなってないので、少女が都度方法を教えてあげなければならず、放っておくとすぐに自分流のやり方で始めてしまうのです。手伝ってもらうのは非常にありがたいのですが、せっかくやってもらってもきちんとできていなければ結局やり直しになってしまうので意味がありません。
 少女はなんとかそれを伝えようとします。

「あの、みんな。手伝ってくれるのは嬉しいんだけど、もう少し丁寧に――」
「てめェルフィ。これは逆だっつってんだろうが」
「なんだよー別にいいじゃんか」
「よくねェから言ってんだろ」
「そういう君も、ここが折れたままだから伸ばして」

 ルフィに注意するエースもあまり上手とは言えません。ブラウスの袖が折れたまま干すつもりでいたので少女は手で示しました。
 こうして四人は一時間かけて洗濯ものを洗って干すと、再び家へ戻ることにしました。

「仕事も終わったし、一緒に町へ行こう」

 サボが少女を遊びに誘ってくれました。彼らは町へ出て何やらいろいろやっているようでしたが、話を聞く限り真似できそうにもないことばかりでした。けれど、楽しそうに話す三人を見ていつかは自分もコルボ山の外に行ってみたいと思いました。

「誘ってくれてありがとう。でも私は行けないや……」
「なんで?」
「洗濯は終わったけど、仕事はまだあるの。掃除や食事の準備もしなくちゃ」

 少女の仕事は洗濯だけではありません。血のつながっていない家族でしたが、継母たちの身の回りの世話はいつも少女がやることになっていました。だから、町へ行くことには興味があってもそれを実行するのはとても難しいのです。

「じゃあそれが終わったら――」
「無理だよ! だって明日も明後日も、私がやらなきゃいけない。あの家以外に私は行くところがないから……」

 独立して生きている彼らとは境遇が全然違います。少女は一人になったところで生きていく術がありません。町へ出ても家族が来る前に戻ってこなければ、またひどい目に合います。ただでさえたくさんある仕事に加えて大して必要のないことも押しつけられてしまうのです。
 彼らと過ごすのは楽しそうですが、それ以上に継母たちが怖くてとても頷くことなどできません。
 そうして躊躇っている少女に対して、彼ら三人は「何だそんなこと」とでもいうようなあっけらかんとした顔で、
「おれ達と住もう!」少女を囲むように大きな声が一斉に響きました。
 その勢いに驚いた少女は目を見開いて、また口をぽかんとさせてしまいました。しかし、そんな少女の様子に構わずエースとサボは彼女の両手を引いて歩き出していきます。ルフィもなんだか楽しそうに笑って歩き始めたので、もう少女は何も言えなくなりました。
 もしも、本当に彼らと生きることができるなら。そんな未来があるのなら。少女の心が希望で灯りはじめます。
 そうして、半ば強制的に連れられるまま少女は町へ繰り出していきました。根拠などありませんが、三人となら生きていけると思ったからです。


 のちに、悪ガキ三人と小綺麗な少女がコルボ山で仲良く暮らす姿を見かけたと、どこかの山賊が話していたといいます。