参謀総長は策士

 食堂で休憩中、コアラはじーっと目の前の二人を見ていた。ほかの兵士たちもちらちら二人のことを見ているからやっぱり気になるのだろう。これは確実にそういうことになったのだと思うけど、本人から直接聞いたわけじゃないから本当のところはわからない。
 ――あ、また近い。皆の前であーんでもするのかと思ったけど、さすがにこれだけ人がいたらやらないか。
 コアラはうっかり自分の手が止まっていることに気づいて食事を再開させる。けれど、どうしたって気になるものは気になる。
 作戦会議のあと、連れ立って昼食をとりにやってきたはいいものの、上司と仲のいい友人の二人がやけに近い距離感で座るから思わず二度見してしまった。隣に座るだけならわかるが、彼らの距離は他人同士が近づく範囲を明らかに超えていた。にもかかわらず、当の本人たちは気にせずやり取りをするものだから全員目が点になって見つめるほかない。
 これは友人として問いただす必要があるなと踏んだコアラは、上司がほかの兵士と話しはじめたタイミングを見計らってこっそり彼女に話しかける。

「ねえ。もしかしてサボ君と付き合ってたりする?」

 そう尋ねた直後、彼女が激しくむせるという典型的な反応を見せた。この感じは完全に黒。やっぱり当たりらしい。コアラの中ではもう答えが出ていたようなものだが、友人としてははっきり彼女の口から聞いておきたい。咳き込む彼女にコップを渡して落ち着くのを待つ。深呼吸したあと、ばつが悪そうに彼女がちらりとこっちを見た。

「……ど、どうして知ってるの。私、コアラちゃんに言ったっけ。それともサボから直接聞いたとか……?」
「言ってないしサボ君からも聞いてないけど、見てたら普通にわかるよ。明らかに距離感がおかしいもの。というか、隠すつもりだったの?」彼女の言葉にコアラは眉をひそめる。
「違うちがう、隠すつもりなんてないよ! ただ……ちょっと恥ずかしいっていうか、もう少し折を見てから話そうかなって。サボにもそう伝えてたんだけど」
「……」

 コアラは信じられないものを見る目で彼女を凝視した。
 ちょっと恥ずかしい? もう少し折を見てから? あの距離感でその言い分はさすがに無理がある。上司がやたらと彼女にベタベタくっついているし、何かと話しかけたり、ものを頼んだり、同じチームだからという範疇をすでに超えている。あれは誰がどう見ても親密な関係でなければ説明がつかない。
 彼女の言葉に苦笑いをこぼして、「本当にそう思ってる?」と聞き返したときだった。

「コアラは鋭いな」

 横から突然会話に入ってきた上司がにこやかに頬杖をついていた。男同士で盛り上がっていたはずが、いつの間にかこちらの会話を聞かれていたらしい。彼に聞かれたらマズいということはないが、なんとなくこのまま話を続けると疲れる予感がしないでもない。
 さりげなく彼女の腰を抱き寄せる上司の表情が綻びているのは、恋人同士になったことを周囲に認知されたいと望んでいるからだ。以前からコアラは彼の恋について相談のようなものを受けていたので(例えば、彼女に好きな人がいるのかどうかとか)、驚くことは何もない。いずれそうなるだろうと思っていたし、むしろもどかしさを感じていたほどだ。ようやく付き合えたというのに、彼女がなかなか公言してくれないからきっとモヤモヤしていたに違いない。その反動が、こうした行動に繋がっているとするなら気持ちはわからなくもないけど。

「今だって別にそうする必要ないのに腰に手を回してるでしょ。そういうのを見たら気づかないほうがおかしいよ。みんな言わないだけで知ってると思う」
「た、確かにそうかも……ちょっと離れて」と、彼女はまるで今その考えに至ったといった台詞を口にする。上司があまりにも自然に触れてくるせいで彼女の感覚が麻痺していたのかもしれない。ところが、離れてと言われた彼はわかりやすくむっとした挙句、逆にもっと強い力で彼女の腰を抱いた。
「別にいいだろ。バレちまった以上は隠す必要ねェんだから」
「みんなに知られたっていうのにサボはなんだか嬉しそうだね」
「まァな。そのためにわかりやすく態度で示してきたつもりだし」
「……なにそれ。今までくっついてたのはわざとってこと?」
「仲間に付き合ってることを隠すほうがおかしいだろ。堂々としてればいいじゃねェか」
「そういう問題じゃないの。浮かれてると思われたら恥ずかしいでしょ。だからもう少し気持ちが落ち着いたら話そうと思ってたのに」

 唇を尖らせた彼女は自分が今どういう発言をしたか気づいているだろうか。真面目な顔して言っているが、上司の前でそれは逆効果だ。友人として一応忠告だけはしておかないと。

「そんなことサボ君の前で言っちゃっていいの? 大変なことになるよ」
「え?」
「そうか。おれの恋人になって浮かれてるんだな。よかったよ、お前がちゃんとおれを好きでいてくれて」
「そこまでは言ってないけど、」
「じゃあ嫌いなのか?」
「そんなわけないでしょ、好きだから付き合ってるに――あ、」

 その答えを聞いた直後、上司の顔に笑顔が弾けた。いや、これはしてやったりの顔。聞いたというよりも聞き出したというほうが正しい。言葉巧みに誘導して上手いこと言わせたのだ。
 言わされたことに気づいた彼女は自身が口走ったことを誤解だなんだと取り繕うのに必死で、「好きだけど好きじゃない」とまったく意味のない返しをして余計に彼を煽っていた。彼女のこの先が思いやられるが、そうは言っても彼女もまた彼のことがどうしようもなく好きなのである。コアラにはそれがよくわかる。

「好きなんだろ」と尋ねる彼の顔が彼女に近づく。鼻先がぶつかりそうなくらい近づかれた彼女が赤面し慌てて顔をそらす。ようやくくっついたことは喜ばしいけれど、今この瞬間、食堂にいる全員が思っていることはただひとつ。

「ちょっと二人とも、ここが食堂だってこと忘れないでよね!」