手も足も痛いけど、彼は甘いね

 寒冷蕁麻疹。
 難しい単語を聞かされたような気がするが、つまり激しい気温差によって引き起こされる皮膚の炎症らしい。主にかゆみ、さらにはチクチクしたり焼けるような感覚が伴ったりすることもあるという。
 自分の皮膚が弱くて敏感だということは、ここに連れてこられたときに医師から診断を受けた。少しの刺激でも皮膚が赤くなったり、かゆくなったりと何かと不便な生活を送ってきたのだが、ここ最近症状が顕著に現れているからほとほと困っていた。
 今日の午後、悩んだ末にこっそり医務室へ向かって現状を説明し、隠していた腕や足を見せると、医師は複雑そうな表情で「痛かったろ」と短くそれだけ言って、棚から赤い蓋がついた小さな筒状の容器を取り出した。中身はもちろん塗り薬で、朝と寝る前につけていいと言われた。そして、さらにどうしてもかゆみが我慢できないときに塗ってもいいという薬も処方してもらった。強い成分が含まれるから一日一回だけにしろと口酸っぱく言われたので、本当に我慢できないときだけにしようと決めた矢先――

「かゆいっ……」

 小さく呟いて、隣で眠る人間に気づかれないよう体をそっと起こした。ベッドから抜け出して向かったのはもらったばかりの薬をしまっておいた机の中の引き出し。一応、見つからないような位置にしまっておいたので気づかれていないはずだ。この部屋の[[rb:主>あるじ]]は自分であり、彼は時々訪ねてくるだけでいつもはそれぞれの部屋で寝ている。今日も本当は断ったけど、一緒にいたいって言われてしまえばそれ以上なにも言えなかった。そばにいたい気持ちは同じだったから。
 青い蓋を開けて、人差し指ですくって手の甲に塗る。即効性があるわけではないから、かゆみを抑える成分が肌に浸透していくまで我慢しなければならない。痛いのも、かゆいのも我慢しないと。
 私の腕は今とても酷い状態で、誰にも見せることができない。赤くなり、乾燥して切れてしまっている箇所がいくつもある。触るとザラザラするし、全然美しくない。腕ほどではないが、足も同じ状態で心底嫌になる。だからこの薬がどうか効果にあらわれますように、と願いながら手を擦り合わせていたときだった。

「なにしてんだ」

 背中越しに声をかけられ、突然のことに私は持っていた薬の容器を落としてしまった。「あっ」無残に転がっていく容器を眺めるだけで動けずにいる私の代わりに、声をかけてきた人物が屈んで拾ってくれる。

「薬?」
「えっと、これは……」

 言葉に詰まる。答えられない。だって、ここ一週間ほど隠してきたのだ。今さらなんと言って打ち明ければいいのだろう。傷だらけの腕や足を見られるのが嫌で、夜の誘いも断っているというのに。しかし、黙ったままの私を見かねた彼が嘆息したかと思うと、こちらの手を引いてベッドまで向かっていく。座るように促されて渋々腰を下ろしてから、同じように座った隣の彼に視線を向けた。

「おれが塗ってやるよ。そんな擦り合わせるだけじゃ全然浸透しねェだろ」
「い、いいよ別に。自分でできるからっ」
「……」
「起こしちゃったならごめんね。でもすぐ終わるから、大丈夫だから……だから、サボは――」

 最後は言葉が続かなかった。
 だから、サボは寝ていいよ。そんなふうに言って、彼が納得してくれるとは思わなかったから。予想通り、むっとした彼は薬を抱えたままこちらに渡そうとしてくれない。

「強情だな。見つかっちまったんだから諦めろ」
「あ、ちょっ……」こちらの制止も虚しく、サボの手が強引に袖をまくったので腕を晒された。暗いとはいえ、あちこちに傷があることは明らかにわかる。

 彼はしばらく私の腕を見つめてから不意にそこへ触れた。壊れ物を扱うみたいにそっと触れられて、少しくすぐったい。

「痛かったな。気づいてやれなくてごめん」
「……サボのせいじゃないよ。私の肌が弱いせい」
「知ってるよ。お前が肌のケアを念入りにしてること」
「しててもこんなふうになっちゃうから嫌になる。サボに見られたくなかった」

 しゅんとして俯く。好きな人に見られるのが何より嫌だった。女性に人気のあるサボに見合いたくて、中身はもちろん見た目にも気を遣っていたのに。こんなふうにバレちゃって恥ずかしい。

「バカ。おれが見た目でお前を好きになったと思うな」落ち込んでいたら額を小突かれた。顔を上げると、この上ない優しい表情でこちらを見ているサボが、「隠さなくていい。どんなお前もちゃんと好きだから」そんな甘い言葉を吐くから、涙を堪えるのが大変だった。