身勝手に愛してみなさい

 始まった直後からペースが速いことには気づいていたが、あえてしばらく見ないふりをしてほかの奴らと談笑しながら過ごしていた。ちらちらと視線だけ投げて相手を気にしつつ、あたかも気にしてませんという姿勢を装い、仲間の話に耳を傾ける。自分は二杯目なのに対して、彼女はサボが知る限り倍以上の六杯目。カウンター席でグラスを豪快にあおり、隣に座る若い兵士に絡んでいる。こちらから見えるのは背中だが、時々見せる横顔から覗く頬は離れたテーブル席に座るサボからも赤らんでいるのがわかった。
 任務に片がついた日の夜、革命軍は潜伏先近くの酒場で慰労会と称して宴を繰り広げていた。疲れ切ってホテルで突っ伏している兵士も多いが、数十人は集まっている。その中に、サボが密かに想いを寄せる先輩兵士がいることは会が始まる前に確認済みだった。
 彼女はサボが十歳でここへ来たとき、すでに兵士として訓練に参加していた。三つ上の十三歳だった。明るくて面倒見がいい彼女は同じ年代の子どもたちから慕われ、訓練をすっぽかし周囲から浮いていた自分にも優しく接してくれた。ほかの子たちが敬遠する中、彼女だけは態度が変わらなかった。彼女はこの年代の中でも特に賢くてサボとよくペアを組んで訓練する機会が多く、打ち解けるのに時間はかからなかった。まるで昔から知り合いだったかのように馬が合い、自然と一緒にいる時間が増えた。だから、きっかけというきっかけはなかったが、気づけば彼女のことを目で追い、微笑まれると簡単に胸がときめいた。
 しかし、そんな彼女にも一つだけ欠点がある。いや、欠点というより難儀というべきかもしれない。むしろこのたったひとつの性質のせいでサボがどれだけ悩まされてきたことか。

「なーにが"おれより他国の人間が大事なのか"よ。こっちは誇りをもって革命軍にいるんだバカ。あーーもうイライラする!」

 カウンターにいる彼女から大きな愚痴が聞こえた。付き合いきれないと若い兵士が逃げるように席を立つと、「ちょっと逃げないでよ」寂しそうにテーブル席側を振り返る赤らんだ顔の彼女が視界に入った。逃げてきた兵士が「おれもうギブ。ナマエさん話長すぎ」と疲れた様子で嘆くのを見て思わず苦笑したのは言うまでもない。
 彼女が何の話をしているかと言えば、「恋人について」である。コアラから聞いた話では、酒場へ来る直前に別れの連絡がきたらしくヤケ酒をする羽目になったという。酒で気を紛らわせるというのはよくあることだ。
 そう――彼女は極度の寂しがり屋だった。人肌が恋しいようで、サボが知らない間に恋人が変わっていることも何度かある。それだけすぐに関係が終わるということだろう。それもそのはず、これはサボの予想だが(願望も少し混じっている)、たぶん彼女は相手を本気で好きじゃない。けど、相手は本気で彼女に陶酔するから日を待たずに破局するのだ。
 美人だし、気さくだし、賢いし、酒癖は悪いけどその瞬間だけ年上っぽくなくなるからサボにとっては可愛く映る。この人、なんでおれに落ちてくれないんだろう。身近に自分という存在がいながらどうしていつもほかの男のところに行ってしまうのだろう。ずっと、そんなふうに思っていた。
 彼女が一人になったところで、サボはすっと立ち上がるとまっすぐに彼女の元へ向かう。背中越しに「お、次の犠牲者は総長か」「やめとけ、あいつの話は長ェぞ」といった憐れむ声を軽くかわして、しこたま酔っている彼女の隣に腰を下ろした。なんとでも言えばいい。サボはどうしても彼女が欲しかった。

ナマエさん、飲みすぎじゃないですか」

 こちらの声に反応した彼女がとろんとした目を向けて見つめてくる。
 あーあ、相当出来上がってるなこれ……。年上ながら仕方ない人だなと呆れつつ、サボはこの人のことがどうしようもなく好きだ。そんな目で見られたら、二十を超えて多少余裕ができても舞い上がらずにはいられない。
 彼女はこっちの姿を捉えた途端、へらりと笑ってまたグラスをあおった。

「サボか、お疲れ。今日は大活躍だったね、さすがさんぼーそうちょー。私と組んでたあの頃からすごいなとは思ってたけど、こんなに大きくなっちゃって……」

 参謀総長という単語の呂律が少し子どもっぽく聞こえた。あの頃っていつの話をしてるんだ。革命軍に来たばかりの頃に比べたら大きくなったに決まっている。サボは胸中で反論してから、しかし顔には出さずに彼女の別れた恋人について尋ねる。

「……そうですか。ところでナマエさんの彼氏はどんな奴だったんですか」
「え」

 予想外の質問だったのか、彼女はぽかんとしたまましばらく固まった。まさかこっちから聞かれるとは思っていなかったのだろう、グラスが中途半端な位置で止まっている。

「教えてください」
「えっと……んーそうだなぁ。背が高くて、優しくて、強くて、それなりに博識で、ちょっと子どもっぽいところもあるけどそんなところもかわいいというか――って、こんなこと聞いて楽しい……?」
「……」

 自分で聞いておきながら、いざ彼女の口からほかの男を賞賛する言葉が出てくると面白くない。この様子だと、一応相手のことはちゃんと好きだったのかもしれない。非常に面白くないが。

「楽しくはないです。むしろ腹が立つ……けど、」一度言葉を区切って、言うべきか逡巡する。酒の席で言うことではないし、もっとちゃんとした場で伝えたい思いは正直ある。ただ、彼女がまたどこかでほかの男の手に落ちるくらいならここで踏み込むべきだ。
「その特徴だったら、おれも当てはまりますよね」
「はあ?」

 彼女が何を言い出すんだ突然って顔でこちらを見る。「いや、うーん……まあサボも背が高いし、強いし、優しいし、賢いけどさ、なんで急にそんな話になるのよ」彼女から強くて優しくて賢いと言われて悪い気はしない。単純だが、彼女の言葉ひとつで心が躍ってしまうくらいには惚れている。

「その男がどんな奴か知らねェけど、そいつよりおれのほうが絶対強ェよ。それはナマエさんがよくわかってるはずだ」
「そうじゃなくて、だからなんでサボが……」
「弱ってるところにつけ込むのは悪いと思うけど、こうでもしないとナマエさん全然気づいてくれないだろ。おれのほうがあなたを大切にできる」

 彼女の表情が見る見るうちに困惑していくのがわかる。なんでそんなこと言うんだろうって顔。顔が赤いのは酒のせいもあるが、きっとそれだけじゃない。あともうひと押しだろうか。

「なに、それ……まるでサボが私のことを好きみたいな言い方――ッ」この場の雰囲気に耐えきれず、グラスに残った酒で気をそらそうとした彼女の手を掴む。
「好きです。あなたが付き合ってきた男達よりもずっと前から、おれはナマエさんが好きだ」

 驚きのあまり言葉も出ないのか、彼女が金魚のように口をぱくぱくさせる。完全に動揺していた。一気に酔いも醒めたかもしれない。サボのことで、彼女がこんなふうに取り乱すことは今まで一度もなかった。いつも前を行く彼女の、こんな慌てふためく姿は。

「優良物件だと思いますよ」

 にっこり笑って言うと、彼女が手を引っ込めて席を立とうとしたので逃がさないように引き寄せる。喉の奥から絞り出したような「ひぁ」という何とも頼りない彼女の声が聞こえて、サボはふっと頬を緩ませた。