静かなる牽制(1)

※現パロ

 ふう、と吐き出した紫煙が排気口に吸い込まれていくのをぼんやり眺めながら、しかし頭の中は数分前のやり取りが忙しなく再生されていた。
 面倒なことになったとどこか他人事のように思ってジャケットの外ポケットからスマホを取り出す。こういうことに得意そうな友人がいるのを思い出して、メッセージアプリから久しぶりに友人の名前をタップし、「ちょっと相談したいことがある」と打ち込んでいた時だった。

「お前まだこんなモン吸ってんのか」

 咥えていたモノをとられて口の中が急に寂しくなる。まだ全然その時でないのに灰皿に押し付けられた一本を虚しく見送ったあと、勝手に奪っていった相手を恨めし気に見上げた。

「……なんだサボか。また小言でも言いに来たの?」

 隣に立っていたのは同期入社のサボだった。彼は喫煙者でもないのに、この場所で私を見かけるたびに「やめろ」だの「体に悪い」だのとまるで母親のように注意してくる。でも、だって仕方ない。どうしても苛々が収まらないのだ。

「まァそれもあるっちゃあるんだが……お前、主任に言い寄られてただろ」
「……」
「なんで断らねェんだ」
「いやいやこっちはずっと断り続けてるんだって。向こうがしつこいの」

 どうやら先ほどのやり取りを見られていたらしい。言い寄られているというほどでもないのだが、毎回食事に誘われているのは確かで、理由をつけてやんわり断っているのに向こうがなかなか諦めてくれないのだ。これといって明確に好意を示されたわけではないにしろ、その気がないから断り続けているというのに。この際一度くらい誘いに乗るべきなのだろうか。
 考えてもわからなかった。だから苛立ちを鎮めるため、そして冷静になるためにここへ来たのだ。嘆息してから、仕方なしにもう片方のポケットに入れておいた煙草を取り出した。

「あ、ちょっと取らないでよ」

 しかし箱から煙草を取り出そうとするより早く、サボの右手がそれを制した。箱を奪った彼は私の手の届かない場所まで持ち上げると、呆れた表情で見下ろしてくる。いつになく意地悪だった。

「知ってんだぞ。イライラすると吸ってること」
「けど、サボには関係なくない? 大丈夫だって、こういうのに詳しい友人がいるから対処法聞いてみるし」
「あのなー何かあってからじゃ遅ェんだ。遠くの友人頼る前におれに相談しろよ」

 真剣な瞳と目が合ってばつが悪くなり、その視線から逃げるように俯いた。
 何かってなに。どうしてサボがそんなことを気にする必要があるの。反論したいことがいっぱいあるのに、結局言葉に詰まってしまった。
 部署も違って、ましてや昇進して忙しくなった彼にこんなくだらないことを相談しろって? そんなの無理に決まってる。
 俯いたまま沈黙する私にしびれを切らしたサボが長い息を吐いた。呆れて物も言えないのかもしれない。しかしそう思ったのも束の間、彼は強引に私の手を引いて喫煙室を出ていく。待ってという制止の言葉は聞き入れてもらえなかった。
 どこに行くかもわからないのに、けれどこのまま身を任せてもいいのかもしれないと彼の広い背中に密かな期待を抱いた。