静かなる牽制(2)

※現パロ

 ピコン。ピコン。何かを知らせる音が二回。この音は確かメッセージアプリの通知音だったはずだが、日付が変わってからもう一時間は経っているというのに一体どんな奴だとサボは訝しげに音の発生源であるスマホを見つめた。

「鳴ってるけど、見なくていいのか」

 ベッドの上で膝頭をそろえ、読書をしている恋人に問いかける。最近買ったばかりだというちょっとファンシーなパジャマに身を包んだ彼女の顔がこちら向けられ、格好のせいもあるがすっぴんになるとだいぶ幼く見える彼女と目が合った。

「いいの。仕事の人だから」
「こんな時間に仕事の話? お前の部署は今そこまでに忙しくしてる奴いねェだろ」

 隣で寝ていたサボは上半身を起こして彼女の隣に、同じようにしてヘッドボードに背中を預けた。
 同じ会社に所属するが部署は異なる彼女と恋人関係になったのは三か月前。同期入社の彼女を好きになったのは最初の研修期間と早い段階だったが、いろいろあって三年目にしてようやく想いが実った。

「んー仕事の話っていうか、プライベートな話?」
「……そいつ誰」
「怖いこわい、そんな顔しないでよ。サボも面識のあるうちの主任」
「なッ……まだ言い寄られてんのか!? なんでおれのこと話さねェんだよ」

 読みかけていた本をサイドテーブルに置いてから、彼女が嘆息して「言ったんだけどなあ」と苦笑いする。頭をこちらに預けて甘えたようにすり寄ってくる彼女がかわいくて絆されそうになったが、サボはそれだけで誤魔化されるほど甘くない。

「もしかして電話もかけてくるんじゃねェだろうな」
「今のところそれはないけど。というか会社でも断り続けてるし」

 あの野郎。懲りずに会社でまだちょっかい出してたのか。思わず眉間にシワが寄る。「大丈夫。来週もう一回サボのことを話しておくから」悠長にそんなことを言って目を閉じた彼女にムッとして、すり寄ってきたのをいいことにパジャマの裾から手を忍び込ませて肌に触れようとしたら――

「やだっ……今日はもうしないって言ったでしょ……!」

 バシッとはたかれて行き場をなくした右手が中途半端な場所で固まる。甘えてきたかと思えばこれだ。猫みたいで扱い方が難しい。それなのに、サボは彼女が好きでたまらないから惚れた弱みってやつだろう。
 大人しく右手を元に戻して、「寝るか」と再び彼女とともに眠りにつくのだった。


 ▽


 うるせェな。
 休日の朝。サボは流行歌の着信音で目が覚めた。寝ぼけまなこで左手をごそごそ動かしてスマホを手に取り、スライドさせて応答する。

「もしもし」
 寝起きのせいで若干声がかすれているが問題ない。

『……えっ、あれ、これ彼女の、番号だよな……えっと、どちら様ですか?』

 電話の向こう側で相手があからさまに動揺していた。それもそうだ、このスマホは彼女のモノであって自分のではない。だから相手の反応は何も間違ってはいない、サボの勝手な行動だった。しかし構うことなく続ける。

「彼女はまだ寝ています。……あ、起きた」ちらっと隣を見ながら答えたが、話し声で目を覚ましたらしい。寝起きはいいほうなので、「どうしたの」と不思議そうにこちらを見ている。
「悪ィな。間違ってお前の電話に出ちまった、ほら」
「えーー出ちゃったの!? 誰から……?」
「例の主任だ」

 聞いた途端、彼女の表情が一瞬暗くなってから、迷う素振りをして仕方なくスマホを耳に当てて応対する。ベッドの上で律儀に会釈をしている彼女がなんだかおかしかった。
 悪いと言ったものの、内心ではあまり思っていない。例の主任は、数か月前彼女に言い寄っていた若い男だ。あのあと一旦自分と付き合ってることにして相手を諦めさせることに成功し、その勢いで彼女に本心を打ち明けたら見事サボは彼女の本当の恋人に昇格した。部署が違う分接点は少なく、社内で会うのも稀なゆえに知らなかったが、どうやら奴はまだ彼女のことを諦めていないらしい。メッセージアプリのIDまで教えやがって。先週電話はかかってきたことがないと言っていたが、とうとうついに電話をかけてきたらしくサボが間違って出てしまった
 画面に映っていた「主任の名前」を見て舌打ちしなかっただけでも褒めてほしい。そもそも恋人がいる女と下心ありで会おうとするとは、相当図太い神経の持ち主だ。
 どんな会話をしているのかわからないが、「結構です」とか「それは以前お断りしましたよね」とか必死で拒否の言葉を並べていた。それでも相手が食い下がってくるようで段々声に苛立ちがにじみ始めている。あれからせっかく煙草をやめたってのに、また吸われちゃ困る。仕方ねェなあ。
 なんとかして電話を切ろうとする彼女の後ろに回って、サボはその綺麗なうなじに口づけた。

「……ッ、ちょっといま電話中」

 通話口に手を添えながら抗議する彼女に、サボは口角を吊り上げるだけで行為をやめなかった。うなじから首筋、そしてスマホを当てていないほうの耳へ触れていく。彼女が身を引いて避けようとするから、がっつり腰に手を回して逃がさないようにする。おれの女に手ェ出すことがどれほど愚かなことかってことをわからせてやるよ。
 いつまでたってもキスをやめないサボに彼女のほうが焦りだして、半ば無理やり「ではまた会社で」と切り上げた。その慌てた様子にサボはゲラゲラと笑う。

「笑い事じゃない。ああいうのはやめてよ」
「なんでだよ、ちょうどいいじゃねェか。これで本当に伝わっただろ、お前には男がいるってこと」

 満面の笑みでそう返し、彼女への悪戯を再開させる。今日は休日だ。もう少し彼女と布団にくるまっていてもいい。