秘め事
※現パロ
その感触に思わず身震いして体が硬直した。人間、得体の知れない感触には恐怖を示すものだし、後ろから突然襲われたとなれば余計に恐怖は増す。
しかし今は授業中だ。そうした恐怖とは無縁であるはずの今、背中に感じた感触は決して勘違いなどではなく、ゆっくり振り返ったナマエは原因を作ったであろう人物を睨んだ。左手で頬杖をつき、右手で器用にくるくるとペンを回して楽しそうにこちらを見ている憎らしいほど金髪が似合う男と目が合う。
「なにしてんのっ……」
小声で後ろに座る男――サボに抗議した。ちらっと視界に入った彼のノートはまっさらで、板書を写している様子はない。すでに授業がはじまって二十分は経過しているが、まさかずっと聞いていなかったのだろうか。と訝しんでいると、
「目の前に小せェ背中があるから遊びたくなった」
などと反省の色がまったくうかがえない台詞を吐いてケラケラ笑うので、サボの手に握られているペンを奪ってやった。しかし、当たり前のようにペンケースから新しいものを取り出してこちらに見せつけてくる彼を前にむっとして口を噤む。
はじめこそ、彼氏と席が前後になってラッキーなんて女子高生らしく胸を高鳴らせていたのに、彼はたまにこうしてイタズラをしてくるので気が気でない。外面は優等生を貫いているくせに、中身は全然優等生じゃないんだよなあ。みんな騙されていることに気づいていない。
「いま授業中」
「午後の古文ほど眠くなる授業はねェよな」
「私は眠くないし、サボの遊びに付き合う気もない」
くるりと体を戻して再び黒板の内容を写す。確かに古文はつまらないと言わんばかりに、周りには寝ているか駄弁っているか、またはほかのことをしている人が複数いる。真面目に聞いている生徒はクラスの半分くらいだ。
「冷たいこと言うなよ」
サボのやっぱり反省していない愉快そうな声が聞こえたあと、背中にむず痒い刺激が走る。往復したり、円を描いたり、文字の特徴によって動きが変わるせいで妙な気持ちになってしまうのは不可抗力だ。そもそも彼には伝えてあるはずなのに、どうしてこんなことするんだろう。意地悪してこちらの反応を楽しんでいるとしか思えなかった。
「言ったよね。背中は苦手だって」
「そうだったか?」
「どぼけないでくれる?」
こちらの言葉を無視して「もう忘れたよ」なんて白を切るサボの手は止まらない。私の名前を書いたり、ちょうど授業でやっている作品の序文を書いてみたり、ついには背中を縦横無尽に行き来するからたまったものではない。
誰しも弱点というのはあるもので、例えば脇腹だったり首だったり、つまり触れられると苦手な場所に該当する。ナマエで言えばそれが背中になるのだが、サボと付き合うことになったときに一応伝えていた。スキンシップが増えるのは嬉しい反面、背中に触れられるとどうもむず痒くて耐えられないのだ。彼氏彼女の関係であれば、いずれはそういうことになるので慣れたい気持ちは十分にあるけれど。
いよいよ授業に集中することができなくなり身を縮こまらせて刺激に耐えていたら、突然首筋に何かが触れて体が大げさに仰け反った。何事かと振り返ると、サボの手にもうペンは握られていなかった。代わりに彼の指先がすぐそばにあって目を見開いた。
「泣くほど弱ェのか」と意地の悪い含み笑いを浮かべてから、「かわいいな」右手をこちらに伸ばしてくる。下から上へ、背骨をたどるようになぞられた。
「やめてよっ……」
「眠くないんだろ? 真面目に聞いてればいい」
「……ッ」
無茶言うなと怒鳴りたかったが、完全にサボのペースにのみ込まれていた。流されてしまった。諦めて、おとなしく前に向き直って先生の声に耳を澄ます。さっきまでは気にならなかったスロー再生したようなのんびりした話し方が、耳障りに聞こえる。給(たま)へり。あさましう。つれづれ。馴染みのない言葉が耳に注ぎ込まれるたびに不快に感じる。はやく、おわってほしい。
これのどこが優等生なんだ。
ナマエは胸中で嘆き、悪戯好きの少年みたいな行動を取って自分を困らせる男を苦々しく見やった。相変わらず楽しそうにニコニコしながら「授業聞きたいんだろ?」と前を向くよう指示してくる。悔しく思いつつ素直に従ってしまう自分が嫌になる。だって、サボは知っているのだ。ナマエが、そういう"彼"もまた好きだということを。