「おい、もっと離れたほうがいいんじゃないのか」
「大丈夫だろ。総長もフレイヤさんとのデートに夢中でたぶん気づいてないって」
僕はいま先輩達とモモイロ島内の街中にいる。活気あふれる大通りのど真ん中、人ごみに紛れてとある二人組を追っていた。まるでどこかのスパイみたいだが、決してそんな切羽詰まったような状況ではない。
事の発端は総長がぽろっと漏らした「フレイヤとデートする時間が取れた」という言葉。何かと忙しくしている彼がようやく恋人のフレイヤさんと二人だけで出かける時間がとれたらしく、嬉しそうにする姿を見て執務室内は大盛り上がりを見せた。僕も含めて周りはいつどこへ行くのかという情報を得ようと総長を囲み、しばらく仕事そっちのけで話し込んでいたわけである(途中でコアラさんが来たので強制終了した)。
そして待ちに待ったデート当日。ずっと離れていた二人が再会して、めでたく恋人になり初めてのデート――盛り上がらないわけがない。何人かの先輩達が野次馬根性を発揮し、二人の後を尾けるというのでやめたほうがいいと思いつつ結局僕も好奇心に負けてここに来てしまった。
総長とフレイヤさんが手を繋いで仲睦まじく歩いている。背の高い彼と小さな彼女の後ろ姿は、本当に幸せそうで見ているだけで自然と心が満たされていくようだった。
たとえば、人にぶつかりそうになった彼女の腰をさりげなく引き寄せる総長。彼女の歩幅に合わせる総長。仕事のときに見せる顔と明らかに違うそれに、なんだかこそばゆい。僕は上司のあんな表情を知らない。
「あ、なんか店ん中入ったぞ、急げ」
と、二人が横にそれてどこかの建物に入っていった。先輩が急かすので慌てて追いかける。ふと見上げた店の看板には「雑貨」の文字。どうやら総長達は雑貨屋に用があるらしい。
店内は男だけで入るには躊躇うようなファンシーな内装で、どこで仕入れたのかわからない独特な模様の家具や置き物などが多く陳列していた。ほかにも小物やインテリア、アクセサリーなどどちらかというと女性が好むものが多い店で居たたまれず、早々に帰りたい気持ちになる。
怪しまれないようなるべく自然に、商品を見ているふりをして総長達を探す。二人の姿は動物のぬいぐるみが陳列しているコーナーにあった。先輩達もそれに気づいてそっと様子を見守っているが、何やらだらしない顔でニンマリしているのでそっと近づいて声をかけた。
「どうしたんですか、そんなにニヤニヤして」
「え……ああ、あれだよあれ」
先輩が指さす先を僕は目を凝らして見つめた。もちろんその先には総長達がいて、何やら猫のぬいぐるみを抱えながら楽しそうに話し込んでいた。その光景は自分も同様見たけれど、一体何をそこまで盛り上がっているのだろう。
*
この店に入ればさすがについてこないだろうという考えはどうやら失敗に終わったようだ。一定の距離は保っているものの、じろじろ見られているのは気分のいいものじゃない。まったく暇な奴らである。
サボは、フレイヤが商品に夢中になっている隙を見て嘆息した。間違っても彼女に気づかれはいけない。せっかくの初デートをあいつらに台無しされては困る。彼女は先ほどから両手に別々のぬいぐるみを抱えながらうーんと唸っていた。今のところ気づいていないようでほっと息をつく。
「で? 何をそんなに悩んでるんだよ」
フレイヤの右手には猫の、左手には犬のぬいぐるみが握られていた。視線を左右に動かして難しそうな表情を作っている姿は可愛らしくてずっと見ていられるが、そんなに深く悩むようなこととは思えない。
「どっちにしようか迷ってるんだけど……」
「……? どっちも買えばいいじゃねェか」
「そういう問題じゃないの」
むっとしたフレイヤが頬を膨らませた。こちらの答え方に不満があるらしく、どっちも買えばいいという妥協案は彼女の中で却下のようだ。
サボは彼女が手にしている動物を模したぬいぐるみをじっと見つめた。一般的な猫と犬(犬のほうは少々大きい)で特別凝っている点はない。だが、しばらく見ているとあることに気づいて、迷っているならそうしてもらいたいという欲が出た。サボは、彼女の右手から猫をひょいと取り上げて「こっちにしたらどうだ」と提案する。
「え……どうして急に? 猫が好きなの?」
「そういうわけじゃねェが……お前に似てるなと思って」
フレイヤの顔の横にぬいぐるみを並べて比較してみる。元々小動物を思わせる彼女なので犬よりは猫だし、この白さは彼女の純粋で潔白な雰囲気とよく合っている気がした。うん、見れば見るほど似てるな。サボは思わず笑顔でもう一度「すげェ似てる。ちびフレイヤってところだな」と頷く。
ところが、彼女のほうはあまり納得していないようなのでサボは誤解を解くために言葉を続けた。
「微妙そうな顔するなって。褒め言葉だよ、小さくて可愛くて守ってやりたいって意味だ」
サボの中でフレイヤという存在は昔から自分が守るべき大切な人だと決まっている。改めてまじまじとぬいぐるみを見つめてもう一度うんうんと頷く。もうそれにしか見えないから不思議だ。
「……そ、そっか」目を伏せたフレイヤの頬が赤く染まって、恥ずかしさや嬉しさが隠せないのか少しだけ口元に笑みがこぼれていた。
――外でそういう可愛い顔は困るんだが……。
サボは彼女に向かって伸ばしかけた腕を引っ込めて店員のいるカウンターのほうに足を向けたが、きゅっと後ろからシャツの裾を引っ張られて踏みとどまった。
「待って。これは自分で買いたいからサボはここで待ってて」
と、フレイヤがこっちの手からぬいぐるみを奪ってそのまま小走りでカウンターに駆けていく。その姿をぽかんとして見つめながら、珍しく語気が強いなと思って首をかしげる。サボは瞠目したまましばらくぼうっと店内に佇んでいた。部下達の視線もちらちら感じていたが、こちらから話しかけると確実にはやし立てる未来が目に見えていたのであえて無視し続けた。
*
僕達は今、総長の執務室で呆れとも軽蔑ともとれる視線を浴びていた。理由には心当たりがあるので甘んじて受け入れているものの、同時にやっぱりやめとけばよかったという後悔にも激しく襲われる。彼の執務机には例のぬいぐるみがちょこんとインク壺の隣に鎮座していて、この場に似つかわしくないほどの可愛さを放っていた。僕達を見つめる愛くるしい目が純粋すぎて直視できない。どうしてここに置いてあるのか謎だが。
総長の初デートから一夜が明けて仕事をしている最中のことだった。話があると言われて彼の周りに集まった僕達は、まるで叱られた子どものように肩身が狭い思いで立ちながら昨日のことを咎められていた。
「終わったことだし、あいつが気づいてなかったからいいが今後はやめろよ」
「すいませんでした。どうしても気になって、好奇心に逆らえませんでした」
先輩に続いて僕も「すみません」と頭を下げた。
「……正直だな」
おれ達のデートの何がそんなに面白いんだと嘆息した総長は、下がるよう手で促して書類に視線を戻した。が、一人の先輩が「でも」と言葉を続けて、机の上のぬいぐるみを指さす。
「なんでこれがここにあるんですか? フレイヤさんに似てるって言われて、彼女が購入したものですよね」
たぶん全員同じことが気になっていただろう。僕も昨日の二人が初々しいやり取りをしているところを目撃した一人だ。
この白い猫のぬいぐるみは犬のそれと悩んでいるフレイヤさんに向かって総長が「お前に似てるからこっちがいい」と背中がむずがゆくなるような発言の末に購入された物である。てっきり彼女の部屋に飾られているのかと思いきや、今日ここに来て早々その可愛らしい姿を見つけて驚いた。どういう経緯でこの猫が執務室に来ることになったのだろう。
先輩の質問に総長は「ああそれか」と思い出したように笑った。彼女のことになると彼の表情は本当に柔らかくなるから不思議だ。
「初デートの記念にくれるんだと」
「記念……」全員の声が重なる。
「いじらしいだろ? それに小せェフレイヤがいるみたいで和むよな」
総長のやさしくて甘ったるい声は、戦場に立つときとも作戦会議で意見するときとも違う。フレイヤさんを語るときだけに聞くことができる特殊な声。
僕達は全員言葉を失って呆然と立ち尽くしていた。総長がぬいぐるみを掴んで愛おしそうに見つめるからだ。まるで人が変わったかのように甘い空気を漂わせている彼は、本当に僕が知る参謀総長だろうか。要件人間などと呼ばれ、時に自由すぎる少年のような彼のこんな一面を僕は知らない。
義弟が絡むと極端に過保護で周りが見えなくなると聞いたが、もしかするとフレイヤさんが絡んでも同じなのかもしれない。十七年という長い時を経て、記憶を失ってもなお蓄積されていった愛がいま溢れている。
かくして、猫のぬいぐるみ――通称"ちびフレイヤ"は執務室の殺伐とした雰囲気を和ます存在として大事にされるのだった。
2023.11.18 初デートを監視される二人