とある青年の独白

※夢主は一切出ませんが、ぼんやりとその影がちらつきます。

 革命軍に所属して三年ほどが経った。はじめは慣れないことも多く周りに助けられてばかりだったが、少しずつ要領をつかんで今では上司から仕事を任せてもらえるようになった。これもまた指導してくれた若い上司のおかげである。
 「私」が革命軍に入隊したきっかけは、故郷の島で起こった小さな戦争だった。当時、海賊の支配下にあった「私」の故郷は女性子ども関係なく労働させられ、高額の税を払わされるのが日常と化していた。逆らえば暴力を振るわれることから誰もが指示に従い、決して反旗を翻すことはなかった。それが当たり前だと思って疑わなかったのだ。
 状況が変わったのは、そうした生活が続いて二年が経とうとしていたときだ。突然大きな船がやってきたと思えば、彼らは革命軍と名乗ってあっという間に海賊を掃討して、不当な政治から島民を解放してくれたのである。これまで造反するなど考えもしなかった「私」は、革命軍という"本当の自由"を求めて世界に挑む集団に感銘を受けてすぐさま入隊を決意した。
 こうして「私」はドラゴンを始めとする革命軍の仲間に加わり、若手の戦士として世界各地を任務で回るようになる。
 「私」の直属の上司は若くして参謀総長という肩書きを持つサボだ。どうやら彼は十歳のときに訳あってドラゴンに助けられ、そのまま革命軍に籍を置いて見る見るうちに実力をつけて上り詰めた人らしいが、彼とは年齢もさほど変わらない(むしろ「私」のほうが上である)のにいろいろなことを器用にこなすものだから本当に尊敬する。
 加えて気さくで部下にも優しい――同じチームにいるコアラたちは人の話を聞かない自由人とたまに愚痴をこぼしているが、彼とはたびたび任務で一緒になることがある関係でプライベートな話もする機会があった。

 大勢の仲間とともに任務を終えて近くの酒場で宴会を開いていたある日のことである。「私」はカウンターでしみじみ酒をあおる上司と同僚二人の姿を見かけて、自分も空いている席に腰かけて話に聞き耳を立てる。別に盗み聞きするつもりはないが、若くて同性から見てもかっこいい上司のプライベートは気になるところだ。

「サボさんってなんで彼女作らないんスか〜モテるのにいっつも断ってますよね」
「任務先で会った女を彼女にしたって意味ないだろ。おれたちは同じ場所に留まるわけじゃねェし」
「そりゃあそうかもしれないですけど……にしたってお堅いですよね、ああいうとこ絶対行かないじゃないすか」

 お酒のせいか砕けた口調で、同僚は「ああいうとこ」を指し示した。「私」を含めた全員が同僚の指先をたどると、ああなるほどと思うと同時に興ざめする。酒場の窓からのぞくちょっとお洒落な外観をした建物を一般的には娼館とかそんなふうに呼ぶが、革命軍の男性諸君もそれなりにお世話になっている人もいるだろう。「私」も仲間に誘われて一度だけ行ったことがある。
 しかし言われてみれば「私」が知る限りにおいて、上司の彼が娼館に出入りしているところを見たことがない。かといって恋人がいるという話も聞いたことがない。男性であれば生理現象でもあるし、長い船旅ともなれば少しくらい――不埒な想像をしてしまい首を振った。

「まさかサボさんってソッチの趣味とかじゃ……いや、でもおれは偏見とかないです!」
「うるせェ、勝手に決めるな」
「みんな気になってるんスよ、若くてイケメンの参謀総長が恋人作らない理由」
「おれが知るか。勝手に言わせときゃいいだろ」
「総長のケチ」
「お前なァ……もういいや。風にあたってくるからあんまり騒ぐなよ」

 半ば諦めたサボはそう言って酒場から出ていった。普段は広くて頼りになる背中がなんだか寂し気に見えたのは気のせいだろうか。同僚たちはそのまま宴会の輪の中に戻っていったが、「私」は彼を追いかけて外に出ることにした。
 酒場を出ると一気に現実に引き戻されたような、まるで夢心地だったみたいで任務も何もかもが自分の作り出した非現実なのではと思えてくる。しかし生ぬるい夜風が頬を撫でていき、段々とアルコールで酩酊していた脳が覚醒し始める。
 きょろきょろと辺りを見回して上司の姿を探す。どこに行ってしまったのか、近くにはいなかった。少し散歩するついでにもし見つけられなければ諦めようと思っていた矢先、酒場から東のほうに向かって数十メートルの丘の上に彼はいた。
 彼は空を見上げていた。今日は雲一つのないおかげでいくつかの星が瞬いている。目に見えるだけでも結構な数だから、本来はもっとたくさん存在しているのだろう。
 「私」は彼のほうに近づいていき声をかけようとしたのだが、なぜか彼のほうから「どうした」と声をかけられた。視線は空に向けたままだというのにこちらの気配に感づいたらしい彼はゆっくりと「私」のほうに向き直ると、「宴会はつまらねェか」と問いかけてきた。笑っているのに元気がないように見えるのはやはり気のせいではない。

「そういうわけではなくて……その、サボさんの背中が寂しそうに見えたので」

 根拠も何もない言葉は、酒場の喧騒から少し離れた静かな場所にぽつんと放たれたまま宙に浮き、答えが出るのをひたすら待つ
 勘違いであればそれでいい。ただ、もし彼が吐き出したい想いがあるのに上司という立場から吐き出せないでいるのなら、自分が聞くことはできると烏滸がましくも思ってしまったのだ。サボは頼りになる上司ではあるが、自分と同じ人間であり、年齢もまだ若い。ここに来る前の記憶がないというのも、きっと何かつらいことがあったのだろうと推測できる。だからこそ、気持ちを吐露する場所がなければ彼はどこかでぽっきり折れてしまうのではないかと不安になった。一介の部下である「私」など到底頼りないかもしれないし、何ならコアラたちのほうがまだ付き合いも長いだろうに。
 しかし、サボは一瞬はっとしたように目を見開いたかと思うと、力なく笑って「バレちまったのか」と頬をかいた。らしくないと言えばそうだが、年相応な姿は逆に親近感を与えるようで「私」は少しだけ嬉しく思った。彼もまた自分と同じ、日常の何かに一喜一憂する人間であるということに。

「記憶はないんだが、たまに脳裏にぼんやりとした影が現れることがあるんだ」
「……?」
「それが誰なのかわからない。記憶を失くす前の知り合いかもしれないし、違うのかもしれない。けど、告白されるたびにちらつくんだよ、その影が。変な話だよなァ」
「そんな、ことが……」
「だから別に女に興味がねェってわけじゃなくて、ただ……そいつがおれを引き止めてるって言えばいいのかな、なんとなく大事な気がしてんだ」

 あいつらには内緒にしてくれ。
 人差し指を口元にあてて苦笑いする彼は同性の「私」から見てもやはりかっこいい参謀総長そのものでありながら、どこか少年のような面影を残す不思議な人だ。
 頷いてから、「私」は先に戻ることを伝えて元の道を歩き返す。
 相変わらず空は晴れ渡っており、星が輝いている夜だった。
 サボの言葉を思い出して、「私」は少しばかり高揚していた。彼が内緒だと言ったからには、きっと誰にも話していないのだろう。記憶の中の「誰か」は、サボの潜在意識の中に存在し、繋ぎとめようとしているみたいだ。もしかしたら幼い頃に将来を誓い合った大切な女性がいるのかもしれない。
 今はその記憶がない彼ではあるが、いつかきっと記憶が開放されたとき、顔も名前も知らないその人とサボが再び巡り会えることを、空にひと際輝く星に願って「私」は酒場へと戻るのだった。

2022/4/23