おれだけの可愛いひと

 の寝顔を眺めながら、サボは言い知れぬ喜びに満ち溢れていた。シャワー後には整っていた彼女の髪も、今は少し乱れた状態でベッドの上に散らばっている。口元にかかってしまっているその髪をどけてやり、つうっと柔らかい彼女の頬に触れる。自分のそれとは異なる、吸いつくような感触にまた心臓がとくんと鳴る。今はあどけない顔をしているというのに、つい先ほどまでの表情を思い出すとサボのずっと奥深くが疼く。
 時刻は午前三時を過ぎた頃だ。の言っていた通り、夜更けを過ぎてもこの町は眠らないらしい。窓をのぞけばわかるが、町中にはまだ明かりのついた店があちこちに見える。まるで寝ているほうが違和感を覚えるくらい人々は活発だった。
 シーツに丸まっているがもぞりと身じろぎする。しばらくして彼女の腕がベッドカバーの下から伸びて目を擦る。サボの手はまだ彼女の頬の上だ。

「ん……」
「悪い。起こしちまったか」
「……も、あさ?」

 喉が乾燥でもしているのか、声がかすれている。寝起きということもあるだろうが、慣れないことで声を出しすぎたせいもあるだろう。そんなちょっとしたことにまで愛おしさがこみ上げてくる。おまけに喋り方が通常よりだいぶ拙くて余計に困る。
 サボは頬から手を離すと、目をこすっている彼女の腕をつかまえて指を絡ませた。

「まだ夜中だよ。一時間も寝てない」
「え、そうなの? なんだ……そっか――あっ」

 起き上がろうとした拍子にベッドカバーが胸元から落ちていった。そして自分が何も身につけていないことに気づいたが慌てて拾い上げて再び胸を隠した。片方の手はサボと繋がっているからなかなか不自由であるはずだが、器用なことにもう片方でうまく肩まで上げていた。

「っ……」
「なんで隠すんだよ。さっき散々見たじゃねェか」
「なっ……それとこれとは別だもん」
「ま、もう見えちまったけどな」
「……サボが意地悪だ」

 うう、と顔ごと隠してしまった彼女が可愛くて、「ごめん」謝ってから繋いでいた手を離して髪をくしゃりと撫でる。
 ヘッドボードに取りつけられた心許ないランプがゆっくり明滅し、睡眠を誘うように柔らかなオレンジの光が周辺を照らす。夢心地の感覚が抜けなくて、ふわふわと宙に浮いているみたいに体が軽く感じる。このどうしようもない喜びを誰かに伝えたいと思う一方で、宝物のように大事にしまっておきたいとも思う。
 ああ、本当に彼女と一つになれたんだ――
 しかし、サボの思考は視線の先で動くものによって突然遮断された。ベッドの足のほう、つまりフットボード側で何かがぎこちなく動いている。ベッドカバーで隠されているせいで見えないが、サボにはその正体がはっきりとわかった。

。お前、腰とか大丈夫なのか……?」

 もぞもぞと不規則な動きがピタリと止まり、数秒の間を経てがひょっこり顔をのぞかせた。不安そうな視線がサボを捉える。言っていいのか悪いのか、悩んでいることは明白だった。
 ベッドカバーで隠されたの体にそっと触れる。布越しではあるものの、先ほど動きから大体どのあたりが腰なのかはわかっていた。何も言わずにいる彼女のそこを、労るようにさすってやる。サボの突然の行動にびくんと揺れ動いた彼女がようやく口を開いた。

「大丈夫だよ。本音を言えばちょっと痛いけど、でも……嬉しかったから。サボと、一緒になれて」

 今度はサボの手がピタリと止まる。
 普段はまったくと言っていいほど奥手で恥ずかしがり屋のくせに、ときどき突拍子もない発言や行動をするからという人間が放っておけないし、構いたいし、愛おしい。

「……お前なあ。そういうこと軽々しく言ってるともう一回襲うぞ」
「え、まって、ひゃっ……」

 そんな可愛いことを言われたらどうしようもない。かといって無理させることもできない。理性と本能の狭間で揺れるサボは、むくむくと膨らむ欲望を隠すようにに覆いかぶさった。
 お互いの額をくっつけて、「冗談だ」と笑って見せる。といっても半分冗談ではないのだが、かろうじてサボの理性がまさったおかげでなんとか押しとどめているだけだ。本当ならこのまま貪りたいのを必死で。

「まァ慣れてきたら最低三回は付き合ってもらいてェところだけどな」
「なっ……サボのえっち!」

 瞬間、が枕をサボの顔に押しつけてきた。随分と可愛い抵抗である。しかし力で彼女が叶うはずもなく、サボはいとも簡単に枕を取り上げると真っ赤になっている彼女にキスをした。
 こうして二人の甘い夜は過ぎていく。

2022/6/24