だって君が可愛いから

 端正な顔がの目の前で今か今かと口を開けて待っている。皆が利用する食堂だということを知っておきながら、周りの目を気にすることもなくいつも彼はこんな調子だ。

「どうしたんだよ。やってくれるんじゃなかったのか?」

 一度体勢を崩してテーブルに頬杖をついたサボがやたら楽しそうに問いかけてきた。隣に座るの手に握られたフォークはもう少し届きそうだけれど、彼のほうから動いてくれるわけではないことはわかっていたので、自分が一歩踏み出さない限りこの押し問答は永遠に繰り返される。
 フォークを口に運ぶだけ。たったそれだけの動作が、なかなかどうして難しい。せめてどちらかの部屋にしてほしかった。それなのに、わざわざ食堂という場所を選んでこんなことを頼んでくるなんていじわるだ。昼食を一緒に食べられると歓喜した気持ちを返してほしい。

「ほら、飯が冷めちまう」

 視線が料理に移される。今日の彼が選んだのはさいころステーキだ。食べやすいように一口サイズに切られているそれはまるでこうなることを想定されたみたいに思えて憎い。料理に罪は一切ないけれど。

「一回だけ、だからね?」
「……わかった」
「いま変な間があった!」
「細けェことはいいだろ」

 こんな調子だからすぐ言いくるめられる。
 サボはしっかりしているかと思えば、自由だったり、適当だったり、力の抜き具合が絶妙ではそれに毎回振り回されるのだが、いわゆる惚れた弱みというものなのかつい流されてしまう。手のひらの上で踊らされている感が否めない。
 意地悪な要求をされていることは自覚しているのにはこの顔に弱い。いいだろ、と言われたら頷いてしまうくらいには。
 ここでが渋っていても解決には至らないし、サボも解放してくれないだろう。

「じゃあサボ。口、開けてくれる?」

 フォークをサボの口元へ持っていく。しかし当の本人は口を閉ざしたままむすっとした表情でを見ていた。何か気に食わないらしい。そして意味深に笑って、「……そうじゃねェよな」腕を掴まれたかと思うと、そのまま固定されてしまう。もう逃げられない。

「……っ」
「できるだろ、。頼むよ」
「……あ」
「あ?」
「っ……あーん」

 が言葉を発した瞬間、満足そうに微笑み「ん」と刺さったお肉を今度こそ口の中へ入れた。美味しそうに咀嚼する姿を見て、やっと肩の荷が下りた気分だった。
 ふう。一息ついて、も自分の食事にありつく。頼んだのはマヨネーズを使ったパスタサラダだった。昼食には軽食からサボが食べているようながっつり系までバリエーションが豊富で、各自好きなメニューを取るスタイルだ。
 胡瓜と一緒にパスタを軽く巻きつけたフォークは、しかし食べようとした直前の手から奪われた。もちろん犯人は隣に座るサボだが、突然のことに反応するのを忘れて目を丸くさせるだけになってしまう。

「なんて顔してんだよ。今度はお前の番だ」
「えっ、私もやるの……?」
「当然だろ。お返しだよ」
「いいよ私は。それにパスタだから一口じゃ――」
「はい」
「……」

 有無を言わさない笑顔の強行突破は彼お得意のやり方だ。
 愉しそうに差し出されたフォークを無視するわけにもいかず、おずおずと口を開けばそこに放り込まれる。軽めに巻きつけたはずだが、少し多かったのか咀嚼するのに時間がかかる。もぐもぐと口を動かしていると、「美味いか?」とサボがやっぱり楽しそうに笑っていた。
 やさしい顔だなあ――味はもちろん美味しいに決まっているけど、そんなふうに笑いかけられたらすべてを許してしまいたくなるし、恥ずかしがる自分が馬鹿みたいに思えてくる。
 サボは仕事中、こんな甘い表情を作らない。仕事モードの顔を知っているし、きりりとした表情は参謀総長の名に相応しいとさえ思う。だから、この顔が自分だけに向けられたもの――と言ってしまうのも図々しいかもしれないが、そう思うだけで満たされる。好きだな、と思う。
 まだ一口しか食べてないのに、すでにお腹いっぱいでこれ以上食べ物が喉を通らなそうだ。

「わ、私もう行くねっ。なんかお腹いっぱいになっちゃったし、通信部の先輩に呼ばれてるの忘れてた」

 サボの返事を待たずには席を立つと振り返ることなく食堂を後にした。昼食をそのまま置いてきてしまったことに後から気づいたが、サボのことだから食べてくれるはずだと思い直すことにして恥ずかしさを隠すように通信部へ向かった。


*


「サボ。で遊びすぎじゃないか?」

 一人になったところでハックとコアラがタイミングを見計らったように近づいてきた。彼らがいるのは遠目に気づいていたが、あえて声をかけずに二人きりにしてくれたのだと思っていた。実際といる間は気を利かせてくれたようだ。
が困ってるのを見て楽しんでない?」
 ハックに続いてコアラも同じようなことを聞いてくる。

「なんだよお前ら見てたのか? 趣味悪ィな」
「み・え・る・の! 見ようとしなくても見えるし、聞こえてくるし。大体サボ君はこれ見よがしにとくっついてるでしょ」
「あいつ可愛いよなァ。なんだかんだ言って結局やってくれるんだよ」
がサボ君の「頼む」って言葉に逆らえないからっていじめすぎ」
「あんまりやりすぎると嫌われるぞ」

 逆らえないとか嫌われるとか不穏な単語ばかりを並べて二人が釘をさす。食事は済んでいるらしく、どうやらわざわざそれだけを言うためにここへ来たらしい。心配も含まれているのだろうが、二人はなにか勘違いしている。

「本当にそう思うのか? まあ多少加減してやるつもりはあるけど、の弱点つつくのはやめられねェよな」
「……サボ君って腹黒いところあるよね。まあ何でもいいけどほどほどにしてあげなよ?」

 呆れた顔でじゃあお先に、と二人もサボを残して食堂を出て行く。が腹いっぱいだと言って置いていったメシにも手をつけて、サボはふと考える。
 確かにに対して意地悪をしている自覚はある。いつものことながら、彼女の反応が可愛いのでつい楽しくなってしまうのだ。だが、なにも無計画にやっているわけではない。彼女が自分の何に弱いのか知っている上でのことだ。そもそもサボだって相手が本当に嫌がることはしない。裏を返せば、は拒否を示しているものの、それは表面上であって本心ではない。確認しなくたって彼女の表情を見ていれば自明の理である。
 とはいえ、それを知っていてなお意地悪しているというのはコアラの言う通り「腹黒い」のかもしれないとも思うのだが。仕事の合間にのあの困った顔をしつつ、自分に尽くしてくれる姿を見たくてどうしようもなくなる。

「――って思うのは悪いことじゃねェ、だろ?」

 誰にともなくぼやいてから、皿に残ったパスタようなサラダのようなものを掻っ込んだ。

2022/09/10
たし恋見てみたいエピvol.10
食べさせ合い