あまい熱でおぼれさせたい

※if世界〜もしもフレイヤが革命軍に所属していたら〜
※このお話は少しアダルトな雰囲気です。苦手な方はご遠慮ください。

 本部内の廊下を慌ただしく駆けていた。到着して早々本部へ急ぐ自分に、部下の「どこ行くんスか」という声に返答することなく各隊員たちの部屋がある棟へ向かった。
 とある国の状況を探る任務を終え船内で人心地がついたサボに、コアラからの非常事態連絡が届いたのは数時間前。本部からさほど遠くない場所での任務だったからよかったものの、そうでなければ一体どうなっていたのか想像するだけでも恐ろしい。そのくらい、サボにとっての非常事態が発生した。
 目的の部屋がある階にたどり着いたところで、青白い顔をしたコアラに遭遇する。ずっと様子を見ていてくれたのだろう、若干疲れが見て取れた。

「どうなってる?」
「かなり限界に近い状態だと思う……ごめんなさい、私がもっと強く言っていれば」
「今さら仕方ねェ。あとはおれのほうでなんとかする。とりあえずあと二、三時間はこの階に誰も近づけさせるな」
「はい」
「コアラ。ありがとうな」

 去っていく背中に労いの言葉をかけてそのまま廊下を進む。部屋が近づくにつれて、それが色濃くなっていくのがわかる。確かにこれは危険だ。野郎だらけの本部じゃ特に。このタイミングで自分が戻って来られたことに、心底安堵を覚えつつ目的の部屋の前までたどり着いた。
 一度、深呼吸をする。落ち着け、と言い聞かす。
 意を決してドアノブに手を掛けてゆっくり回す。体を部屋にするりと忍ばせると、はじめに刺激されたのは嗅覚だった。漂う匂いに「うわっ」と思わず驚嘆の声がもれた。けれど悠長に驚いている場合ではない。近くのテーブルに上着や帽子、手袋といったいつも身につけている物を半ば投げ捨てる勢いで置いて、洗面台で手を洗う。
 くるりと体を部屋の奥に備えつけられたベッドに向けて歩いていく。サボの視界に少しずつが入り込んで全体を捉えたときにはいよいよどうにかなるのではないかと錯覚しそうになった。ベッドの縁にそっと腰を下ろして小さく丸まっているを見下ろす。
 苦しそうな浅い呼吸と目尻に溜まった涙。にじむ汗に、ふるふると震える唇。ああ、必死に耐えてるのだとわかって体の中心から溢れ出しそうな何かをぐっと押し込めた。



 名前を呼ぶ。ぴくりと反応した彼女の瞼がゆっくり開かれ、焦点を合わせようと眼球が動いた。膜が張ったまま表面張力を保つようにとどまる潤い。中途半端に開かれた唇から「さ、ぼ」と頼りなげに返されて体温が上昇した気がした。

「大丈夫……じゃあねェよな」
「……」
「ったく、ネロの実験には付き合うなって言っただろ? あいつ薬と称してロクなことしねェから」
「ちょっと、話を聞く……だけ、の……つもり、だったの」
「わかったわかった。もういい、それ以上喋るな」

 顔を背けながら口を開かないよう制止させる。ベッドの上で苦しげに息を吐くのこの症状は、やはり風邪とは思えない。一体何の苦行だろう、とサボは自身に問いかけた。
 数時間前、コアラから聞いた事の顛末はこうだ。
 いつも通り朝から通信室に引きこもって仕事をしていたは、午後の三時になってようやく休憩がとれた。遅めの昼食を取ったあと再び通信室に戻ろうとしたところで、薬師兼科学者のネロに呼び止められたという。
 新しい栄養ドリンクを開発中とかでに試飲してほしいと頼んできた彼は、そのまま調合室という名の実験室にを連れていった。
 ここで他の隊員だったら断るところなのだが、は頼み事を断れないお人好しな性格でネロの良き実験台にされている。ネロ自身も、彼女のそういう性格につけこんでは何かと声をかけてくるあたり質が悪い。少し前に睡眠薬を開発していたときもを使って実験し、仕事中に何度も睡魔に襲われるということがあった。
 こうしての体に取り込まれた栄養ドリンクは、数時間後に彼女の体をおかしな方向へ変化させたわけである。
 どう見ても、これは栄養ドリンクというより媚薬だった。コアラがふらふらとした状態で廊下を歩くを見つけたとき、すでに限界だったのかもしれない。潤んだ目で名前を呼ばれたコアラも、の体から発せられる色香にあてられたというからあのろくでなし薬師の腕はどうでもいい才能ばかり発揮している。
 改めてを見つめる。
 上気する顔。はっ、と吐き出した熱っぽい息。眉間にしわを寄せつつ、体内に溜まる熱を逃がそうと必死になる小さな体。おれは一体なにを見せられているんだと嘆きたい気持ちを抑えつつ、このまま放っておくこともできないので理性を総動員してに近づいた。

「ちょっと我慢しろよ」

 傍に置かれたタオルを手に取り、汗を拭ってやろうと首筋に触れた瞬間――

「んんっ……っふ、」

 甘くてかすれた声がサボの耳に響いた。ああこれはダメだと思いながらも、動く手はしっかり彼女の汗を拭いている。好きな女がこんな状態でも平常心を保っていられる自分が不思議で仕方ない。いや、とっくに平常心はどこかに捨てられているのだが、かろうじてサボの中にある"まとも"な部分が今のところ勝っているというだけで、何かひとつのきっかけですぐに崩れ落ちてしまいそうだった。
 恋人であるとそういう行為をしたことがないわけではない。けれど、この状況はサボも動揺しないはずがない。だって、いつものではないし、何よりこんなにも乱れている彼女をサボは知らない。ひどく扇情的で、もっとその先を見てみたい衝動に駆られる。
 ふと、指先を耳たぶに這わせた。

「っゃ、あ」途端、肩が震えた。そのまま窪みを撫でるようにして往復する。そのたびにビクッとふるえさせるを可愛いと思えるのに、行為は全然優しさの欠片もない。なぜなら、こんな微々たる刺激じゃ彼女の熱は解放されないからだ。
 ここで、サボの中に潜む加虐心が姿を現す。ああ、おれっての前だとこんな気持ちにもなるんだとどこか他人事のように思った。

。どうしてほしい?」
「ん……ぁっ」
「言ってみ」

 ふうっとの耳に息を吹きかける。ここにはもう、彼女が言うような優しくて頼りになる参謀総長はいない。好きで、けど虐めたくてたまらない女を前に凶暴な獣と化したただの男だ。
 するりとスカーフを緩めて。彼女の上に覆い被さって。細くて今は赤く染まる首筋に吸いついて。か弱い抵抗を示しながらも受け入れようとするこの愛おしい存在を、どうしてやろうかと征服欲が渦巻く。

「ほら」
「ぁ……さ、サボっ……」
「うん」
「たす、け……てっ……はや、く」

 どうしてほしいの直接的な回答ではないが十分だった。その言葉に小さく笑うと、そのままの唇に噛みついた。

2021/4/10