Let me hold you

 長い任務が明け、加えて事後処理も済んだあとの宴に似た慰労会は心地よい疲労感とともに時間が過ぎていく。サボは食堂に広がる長座卓の隅で、ゲラゲラと笑う仲間達を見ながら一人黙々とフォークを動かしていた。事後処理は済んだのだが、片付けておく報告書が複数あったので遅れて慰労会に臨んだ結果である。
 遅れて来た最初こそテーブルの真ん中に呼ばれて騒いでいたものの、腹が減ってることを理由にしばし賑やかな輪を抜けて空席に移動してきた。ジョッキになみなみと注がれた酒を呷りつつ、ここぞとばかりに豪華な料理で腹を満たしていく。サボが来たとき始まってからすでに一時間以上経っているはずだが、疲れを知らないのか高揚しているのか、酒のせいで全員が気分上々だった。
 まあ無理もない。今回の任務は世界政府加盟国の中でも大きな国が関わる重大な取引の阻止だったからだ。内紛が絶えない国だからこそ、革命軍が関わるには少々手の込んだ作戦が必要であり、ようやく潰すことに成功したとあっては彼らの喜びもひとしおだろう。もちろん、例に漏れることなくサボも同じだ。任務明けの酒は格別である。
 大皿に乗った料理が残り三分の一になっていた。食い足りない。そう思って席を立ち移動しかけたとき、「サボ君」という聞きなれた声がして後ろを振り返る。
 そこに立っていたのは同じチームであり、頼れる部下のコアラだった。しかし、サボの視線はそれよりも彼女の横でぐったりしているに注がれて思わず眉をひそめる。

「……それはどういう状況なんだ。酒は弱くねェはずだが」
「ん〜それが私にもよくわからないんだけど、ちょっと調子に乗って飲みすぎちゃったみたいなんだよね」
「飲みすぎ? 調子に乗るってどれくらい――」
「さ、ぼ……?」

 サボの言葉は、しかし唐突に意識が回復したの声で遮られた。コアラの腕に支えられながら、かろうじて、と言っても過言ではないほど危うい佇まいでこちらを見ている。
 ぐったりしていたから話す気力もないのかと思いきや、恋人を認識できるくらいには意識があるらしい。はっきりとサボを視界に捉えた途端、コアラの腕から離れてこれまた突然こちらに勢いよく文字通り飛び込んできた。

「わっ! おい、っ……」
「ふふ。おしごと、おつかれさま」
「……」

 本当に一体どういう状況なのだろう。
 ふわふわと上機嫌に笑うは明らかに酔っていた。しかしサボの知る限り、酒に弱いとは聞いていないし、以前からアルコールは時おり飲んでいることを知っている。そもそも弱いと知っていたら飲ませないし、コアラ達にそう伝えている。飲みすぎと言ったって彼女はもういい大人だ。自分の限界を知らないわけではないだろう。
 じゃあ今の彼女の状態はどういう――

「サボの、匂いがする……ん」

 必死で状況を理解しようとするサボを置いて、は首に腕を回してきたかと思うとそのまま頬をすり寄せてきた。思わず食い入るように彼女を見てしまうのは仕方ない。なぜなら、普段の彼女なら人前で絶対にしない仕草だからだ。
 そういえば、恋愛経験が少ないことに劣等感まではいかないがそれに近いものを抱いて、たびたびサボに恋人らしくなくてごめんなどと謝ってくることがあったのを思い出す。サボにとってそんなことはどうでもよくて、むしろ幼少期のあの頃から想いを貫いてくれていたことにどれだけ救われたのか、きっと彼女はわかっていない。もう会えないと思っていたのだから尚更。
 困惑するサボをよそになおも楽しそうにするを抱きかかえ食堂を後にするついでに、
「コアラ。とりあえず水、持ってきてもらえるか」
 その場で立ち尽くしていた彼女にそう声をかけた。
「う、うん」

 コアラも珍しいの姿に驚いているのか、ぎこちなく答えつつどうにも気になるらしく、名残惜しいようにしばらくこちらに視線を向けたままだった。


*


 をベッドへ降ろして自分もその横に腰かける。心配しているこちらの気持ちなどどこ吹く風といったように、サボを見つめる彼女の瞳が酒のせいでとろけている。おまけにさっきから小さく自分の名前を呼ぶものだから反応に困るし、たったそれだけのことなのに思春期のガキみたいに身体の奥が熱くなっていく。
 身体中の血液が一点に集中して、早くはやくとはやし立てる。頭は至極冷静だというのに、身体がまるで熱に侵されたように内側からふつふつと騒いでいた。
 少し前にコアラが持ってきてくれた水は、一口飲んだまま減っていない。

「頭、くらくらする。ねえさぼ……っ」
「……っ」

 まさかの状況にサボは動揺した。とろんとした瞳が迫ってきたかと思うと、はそのままサボの唇に噛みついてきたのだ。気が動転してされるがままになっていたら、あろうことか彼女のほうから舌を差し込まれてさらに驚く。じゃないみたいで。こんな――こんな大胆な彼女を、サボは知らない。
 やがて舌が離れると、今度は鳥が啄むような可愛らしいキスを繰り返してくる。何度も、角度を変えて。それは彼女からの愛情表現なのか、「サボ」と必死に名前を呼ぶ甘いかすれ声とともに降りかかってくる。
 多少酔いが回っているを見たことはあっても、ここまで酔うとどうやら甘える体質のほか言動が大胆になるらしい。

「ねえサボ……今日は、してくれないの……?」

 唇を濡らしたまま、がふと首を傾げた。
 そんなこと、いつもなら絶対言わないくせに。どこで覚えたんだ、そんな台詞。誰かの差し金か。可愛すぎるだろ。いや、だから思春期のガキかおれは。
 ぐるぐるとサボの脳内は忙しなく次から次へと言葉が溢れる。けれど一つも声にならず、ただ目を覆って項垂れた。あきらかに酔っている彼女を酒のせいにして力任せに抱くなんてダメだという自分。今すぐめちゃくちゃに抱いてしまいたいという自分。対極にいる思考がせめぎ合う。

「……けど。お前、頭くらくらするって――」
「ちがうのっ。これは……その、」発言の大胆さに気づいたのか、我に返ったように俯いてしまった。しかし、一度紡いだ言葉は取り消せない。違うというのなら聞かせてほしい。
「こっち見て言ってくれ」彼女の顎をすくって正面を向かせる。
 薄桃色に染まった頬と、潤んだ視線と。頭がくらくらしているのはサボも同じかもしれない。
 逃げられない状況に観念したは、恥ずかしさを押し込めてたどたどしく話し始めた。

「……サボと、はやく二人きりになりたくてっ……任務でずっと会えなくて、久々だから……」
 酔ったら構ってくれるかなって――

 その言葉を聞いたらもう迷う必要はどこにもなかった。
 無防備に自分を誘惑する台詞を吐くの細い首筋に強く吸いついた。躊躇う必要なんてどこにもなかった。だって彼女がそう望んでいるのだから。あとはもうお互いの熱に身を任せるだけ。
 ――いいんだな。今夜は手加減できそうもない。
 先ほどの仕返しとばかりに、いまだ濡れたままである彼女の唇に口づけた。

2022/09/24
たし恋見てみたいエピvol.15
酔った夢主ちゃんが大胆になる話