宝石箱にとじこめた

 昨日は夜通し仕事があった関係でには会えないまま朝を迎え、結局今日も予定が立て込んでいるから顔を見る暇さえないかもしれないと気分が落ちていたとき、しかしサボはぎょっとして足を止めた。
 廊下の奥からが歩いてきた。それだけなら単純に喜ばしいことで、仕事前に少しだけでも彼女と会話するチャンスが与えられたことに感謝すらしたいくらいだ。
 しかしサボの視線は吸い寄せられるように彼女の服を凝視する。見たことない服だったし、何より普段なら絶対選ばない服だ。いつの間にか早足になって彼女の元まで駆けていく。途中で向こうもサボの存在に気づいて「あ」という顔をした。


「サボ、おはよう。これから仕事?」
「ああ……それよりお前、その服どうしたんだよ」

 胸元が大きく開いたベージュに近い白のブラウスは、サボの知る限り一度も見たことがないものだった。数週間前に首元が涼しげな服を着ていたことがあるが、ここまで肌は見えていなかったはずだ。
 指摘されたは視線をはずして戸惑いの表情を見せたあと恥ずかしそうに俯いた。「ど、どうかな……この前コアラちゃんと買ったの」ちらちら上目遣いでこちらの様子をうかがいながら、彼女がおそるおそる聞いてきた。たまに思うが、彼女のこういう仕草はわざとなのかそうじゃないのかよくわからない。いや、恋愛に関して計算で動くことができないだろうとは予想しているものの、いつもの意地悪に対する意趣返しなのではないかと思うこともある。

「似合わない……?」

 呆然としたまま口を開かないサボに不安になったが首をかしげて聞き返してくる。胸元が見えるせいで、もう視線はどうあってもそこから離せない。
 ――あーもうそういうとこだよ。おれを煽る天才か。それとも試してるのか?
 ぐしゃぐしゃと頭を掻いたあと目を覆って大げさにため息をつく。正直服なんて何でもいいと思うのに、が着ているだけでどうしてこんなにも心がかき乱されるのだろう。不思議だった。

「……いや、すげェ可愛いし似合うよ。ただ驚いただけだ」内心の焦りを悟られないように、つとめて冷静に答えた。その言葉にほっとしたもまたいちいち可愛くて、このあと仕事だっていうのに離れるのが惜しい。
 しかしそんな思いも虚しく、始業時間は刻々と迫っていた。
 そろそろほかの連中も仕事のためにあちこちかけ回り、間もなくこの廊下も人の往来で忙しなくなる。早速と同じ方向から複数の若い男達が通りかかり、「おはようございます」と挨拶をしていく。も笑顔でそれに応対する。
 ところが、男達の表情がみるみる赤くなって次々にこちらから視線をはずしていくので一体どうしたのかと首をかしげて考える。と、サボの視界の端に白くて柔らかそうな何かが映り込む。気づいたときにはもう手遅れだったし、どうして真っ先にそのことが浮かばなかったのだろうと後悔しはじめる。
 おれにも見えてるってことはほかの奴らにも見えている――面白くねェなァ。

。仕事行く前に少しいいか」
「……ん?」
「ちょっと話してェことがあるんだ」彼女がいいというより早く手首を掴んで、どこか空いている部屋を探す。ここからだと女性陣の居住スペースが近かったか。「悪いがお前の部屋まで戻る」「ちょっ……あ、」勢い余ってつんのめるを支えながら、サボは唖然とする彼らをやり過ごして行先を急きょ彼女の部屋に変更した。五分もあれば十分だ。
 移動中すれ違う女性の兵士に驚かれたものの、すぐ後ろにいるに気づいて納得したのか、にこやかに挨拶をして通り過ぎていく。
 そうしてたどり着いた彼女の部屋の扉を勢いよく開けた。こっちに来るのは二週間ぶりくらいだろうか。以前に比べて置き物が増えている気がする。鉢植えの中の花も変わっていた。
 部屋の景色もそこそこに先に入ったサボはくるりと踵を返して、不審がるをそのまま扉に縫いつけた。突然のことに彼女は目をぱちくりさせて、状況をのみこめずにいる。

「前言撤回する。可愛いし似合うが、このまま行かせるわけにはいかなくなった」
「なに、どういうっ……」

 返事を待つ気はなく、サボは惜しげもなく晒されたの胸元へ唇を寄せた。片方の手をやんわりとした感触のなだらかな丘に移動させて、美しい線を描くそこに何度も吸いつく。仕事前ということもあるからギリギリのところで済ませなければならないという抑制力が働く一方で、このまま貪ってしまいたいという欲望もまたサボの中にうまれている。
 ――いや、ダメだ。今日はどうしても大事な作戦会議がある。
 頭の中の冷静な部分が自身の行動を制御し、きっちり五分で片をつけろと命令する。そこからサボの動作は一瞬の隙もない、流れるような動きで彼女を翻弄していくことだけに集中した。
 胸元に咲いた紅い痕を確認したあと、そのまま唇を上へ移動させて鎖骨へ。小さな凹凸を楽しむようになぞっていき、強く吸う。ときどき鎖骨のくぼみに舌を這わせれば、の切ない吐息がサボの額に触れてくすぐったい。
 しかしそれ以上のことは一切せず、同じ箇所を往復するだけのじれったい刺激にはもどかしそうに身をよじってサボの髪をくしゃっと握った。のぼせはじめているのか、ちらりと見上げた表情は完全にスイッチが入っているときのそれだった。
 どうしたって自分をかき乱す彼女に対して苛立ちにも似た感情が生まれる。お前だけだぞ、おれをこんなふうにさせるのは。そういう意味を込めて、鎖骨の上あたりにもう一つ新しい痕を残す。
 しばらくして唇を離してから、彼女の身体に綺麗に咲いた複数の花を眺めて一言。

、鏡見てみろよ。これでしばらくこの服は着られねェな」

 息が乱れたままのの腰を支えて、身体をの向きを九十度右へ反転させてから扉を離れる。小さな化粧台の鏡の前に彼女を連れていき、その場所がよく見えるようにしてやった。
 ここが彼女の部屋で都合がいい。着替えていけるから。
 時計を見ると、残り一分弱だった。もうそろそろ仕事に向かわなければならない。先に出ようとしたところで、しかし彼女がわなわなと震えながら、
「っ……サボのバカ、アホ、えっち!」顔を真っ赤にして、やっとそれだけ口にした。

 怒っていると鏡越しに目が合って、けれどサボは悪びれることなく自身の中の言い訳で反論する。

「だってお前、これで通信部行く気だったんだろ? 確かに可愛いけど、ほかの男にも見えてると思うと気分悪い」
「〜〜っ……で、でもせっかくサボのために買ったのに……」
「そりゃ嬉しいけど、着るのはおれの前だけにしてくれ」

 そうは言ったものの、はたしてそれがどういうときなのかを理解してあまり意味のない発言だと気づく。結局脱がしてしまえば変わらない。が言葉の意味を理解する前に、「じゃ、おれは先に行くよ。今日も会えねェかと思ったけど……会えてよかった」畳みかけるように言って、頭をひと撫でする。

「……うん、私も嬉しい。頑張ってね」

 去り際、軽く口づけてサボはそのまま部屋を出た。
 扉が閉まってすぐ、頬が緩んでいることに気づいて表情を引き締める。このまま執務室に行ったら誰かに指摘される可能性があるし、コアラやハックにはつい先日買い物の後を尾けた件でこってりしぼられたばかりだ。また面倒なことを言われても困る。
 廊下を歩きながらそんなことを考えていると早速女性の兵士複数と出くわしたので、サボは頭の中の邪念を振り払って挨拶を返した。

2022/09/30
たし恋見てみたいエピvol.17
大胆な服を着て、でも結局サボくんにダメにされる話