気づけばこんなにも愛してた

「いっ……ぅ」

 痛い。きっとはそう言いたかったのだろう。けれど想像以上に痛みが強かったのか、言葉は途中で途切れて小さな呻き声に変わった。
 背後に回って身体の自由を奪い、そのまま壁に押しつける。たちまち身動きの取れなくなったがやだやだと暴れようとするので、彼女の手首を握る力を少しだけ強めた。
 昼間の執務室にはサボと以外誰もいない。ちょうど今休憩中で出払っているからだ。コアラに頼んで昼休みは誰も通さないようにしてあるから、しばらくここを訪ねてくる奴はいないはずだ。
 うなじにくっきり残った痕に、サボの心が言いようのない恍惚感と優越感で満たされていく。その痕を舌でゆくりなぞって確かめたあと、あちこちに触れるだけのキスをする。ちらつく不愉快な映像をかき消すように、サボは夢中で彼女の身体に触れる。
 逃げられないは仕方なしに受け入れる体勢となって、されるがまま小さく震えていた。怖がらせるつもりはないが、自身にくすぶる怒りの感情はまだ治まったわけではないからきっと彼女にも伝わっている。やさしくしてやりたいのに、頭の中で繰り返し再生される映像がサボの黒くて醜い感情を肥大化させていく。
 きっかけは一時間ほど前のことだった。
 頼み事があるというコアラの代わりに自分がその役を買って出たサボは、に会えると少しばかり不謹慎な思いで通信部の作業部屋を訪ねたとき、しかしひとつの光景に目を疑った。
 最近ようやく専用の席ができたと喜んでいた彼女の隣にサボの知らない男が座っていて、何やら親しげに話し込んでいた。いや、革命軍も今や巨大な組織になったし、新しい仲間は次々に増えているのでいつどこの部隊に新人が来てもおかしくないのだが。
 ――距離が近すぎじゃねェのか? 頭に触れてるその手はなんだよ。必要か?
 サボの表情が次第に歪んでいく。見ればみるほど気分が悪くなりそうだった。
 ひっきりなしに鳴る電伝虫が、各地に散らばる仲間からの連絡に対応している通信部の連中の忙しさを表すように、時間の流れが入口に立つサボと隔たりがある気がして、ぽつんとひとり取り残されたような物悲しさを覚えた。
 そのとき、近くを通りかかった一人の女がサボの存在に気づきぎょっとして、「さ、さんぼ――」と叫ぼうとしたので我に返り慌てて制すと、コアラに頼まれた用件だけ伝える。じゃあよろしくとそのまま踵を返そうとしたとき、ところが彼女がもの言いたげな視線を寄こしてじっと見ていた。
 言いたいことはなんとなくわかる。に声かけなくていいのか、と問いたいのだろう。サボもここに来る前まではそのつもりで浮足立っていたのに、興が削がれたように熱が急激に冷めてしまった。
 ――だってそうだろ? あの光景を見て割って入るほうが邪魔してるみたいじゃねェか。
 戸惑いながらサボとのほうに視線を行ったり来たりする彼女に「いいよ、忙しそうだし。その代わり、昼休みになったら執務室に来るよう伝えてくれるか」と、言伝を頼んで今度こそ通信部を後にした。

 そのあとの仕事は無心で片づけた。機嫌が悪いことは自覚していたが、隠すつもりはなくコアラに指摘されながら時計の針が正午になるのを待つ。
 十二時が過ぎて部下が執務室を出ていくのを見送りながら、最後まで残っていたコアラから「ほどほどに」とまるで事情を理解しているような一言をかけられた。そうして彼女と入れ替わるようにが入ってきたのだが、無邪気に「サボ」と声をかけられたらもう無理だった。必死でせき止めていた嫉妬や劣情が爆発して、気づけば彼女を壁際に追いつめていた。

「いたっ……いたいよ」
「そうだな。多少痛くしてる」

 乱暴に噛み痕を残して彼女の身体に自分を刻む。そうでもしなければ、この感情を鎮めることができそうになかった。どうしたらいいのかわからなくて焦燥感だけが募っていく。

「どう、してっ……こんな、」
「どうして? それはおれが聞きてェよ。あの男はだれだ」
「やっ……ぁ」

 ブラウスの裾から右手を侵入させて、腹部を伝いそのまま胸へ移動する。下着の上からいつもより強めに揉みしだく。その刺激にが背中を仰け反らせたものの、まだ抵抗するのを諦めていないのか「やだ」と首を振っている。あいにくその要望には応えられないし、もとより応えるつもりもなかった。

「随分仲が良さそうだったな」
「ちがっ、あれはただ教えてただけで、別になにもっ……ん」

 下着をずらして内側に滑り込ませる。やわらかい膨らみに直に触れるが、あえて先端を避けながら刺激を与えていく。嫌だと言いつつ、びくびく震えているので快感を享受しているのは明白だった。
 抑えていた啼き声が、少しずつ唇の端からこぼれていくのをサボはじっと聞いていた。彼女の背後にいるので表情は見えないが、今日はもうこのままでいい。とにかく今はこのやり場のない感情をぶつけたい。体勢はそのままに、唇を彼女の耳元へ近づけて囁く。

「もういい。おれはいま無性に腹が立ってる。だから先に謝っておくよ」

 今日は優しくできねェ。

 ――。お前の恋人はおれだってことわからせてやる。だからほかの男がつけ入る隙なんかねェってこと、この痕を見せて教えてやれ。

2022/10/02
たし恋見てみたいエピvol.18
噛み痕をつける話