革命軍の総司令官であるドラゴンから一般人を保護したという知らせが届いたのは本部で作業していた日だった。特別忙しいわけでもなければ、かといって暇でもない至っていつもと変わらない日だったのを覚えている。
突然サボの執務室にある電伝虫が鳴り応答すると「サボはいるか」と聞かれて何か不測の事態でも起きたのかと一瞬不安がよぎる。しかし、「一般人を保護し、それがサボの探していた女性」だということが知らされると執務室はただ事ではないように騒がしくなった。
コアラたちが動揺したのはもちろんだが、一番驚いていたのは本人であるサボだろう。何かの間違いだと思っただろうし、そんなことはあり得ないと思ったに違いない。実際彼がその知らせを聞いたとき、呆然としたまま固まってしばらく動けなかった。
エースの訃報と同時に蘇った幼少の記憶の中に、大切な女の子がいたという話を聞いたのは高熱を出して目が覚めてから二日目のことだ。許嫁として出会ったものの、貴族に対する評価や価値観が似ていて苦々しい貴族生活の一筋の光だったと彼は語った。訳あって離ればなれになったあとの話は、目覚めてすぐに聞いた通りだ。
彼女が最後に送った手紙通り、エースたちの元を訪ねていたのだとしたら自分は死んだと思われている可能性が高い。けれど、もしまだゴア王国に貴族として過ごしているのなら今すぐ連れ出したい。訥々と自身の胸の内を吐露するサボを、コアラは悲痛な思いで聞いていた。
その子が本当に貴族を嫌っていたのなら、すでに家系から除名されている可能性がある。貴族社会は家柄に相応しくない人間に対して当たりが厳しい。案の定、ゴア王国のカートレット家から長女であるの名は消されていた。もちろん消息も不明で、どこにいるのかわからなかった。サボは、国を出てあいつが幸せに暮らしてるならそれでいいなんて言っていたが、強がりであることは明白でコアラたちを含め周りは物思いに耽る彼をそっとしておくことで淡い恋を綺麗な思い出に変えようとしているのだと思うことにした。
青天の霹靂という「予想もしていなかった出来事が突然起こること」の例えが遠い鎖国された国にあることを、どこかの文献で読んだことがある。
・カートレットを保護したという知らせは、だから違う意味で革命軍本部全体を震撼させたのだ。
「本当に奇跡だよねえ」
「え、なんの話?」
「ううん、こっちの話。それよりどう、ここでの暮らしは。まあまだ一週間も経ってないから慣れないだろうけど」
が来てから五日目の昼過ぎ。最初に案内してからというもの何かと仕事に追われて彼女とやり取りする暇が持てなかったコアラは、五日目にしてようやくゆっくり話す時間ができたので改めて本部の中を一緒に見て回っていた。
食堂で一緒に昼食をとったあと、彼女に施設を案内しつつ雑談をする。
年齢差のない同性は数少ないのでコアラにとってはすでに友人だった。まだ多少遠慮している部分もあるのだが、それも時間の問題で話しているうちに打ち解けられるだろう。元貴族の彼女も同世代の友人が少ないとこぼしていたので仲良くなれる自信はあったし、何より共通の知り合いであるサボがいる。彼の話題をふれば彼女の口も自然と緩んで饒舌になってくれるので、少しずつ距離を縮めるためにまずはサボの話をするのがいい。
「そうだね。ちょっとまだ緊張してるけど、みんな突然来た一般人によくしてくれてありがたいなって思ってる」
「それはサボ君の恋人だもん。自然と丁重に扱うよ」
「……サボってそんなすごい役職なんだね。それなのに申し訳ない気がする」
「でも……そんなの昔から決まってたことなんだから堂々としてればいいじゃない」
コアラは自分でそう言ったものの、の気持ちもわかるので上手い言葉が見つからず結局当たり障りのない返しをした。
参謀総長に長年想い続けてきた女性がいると本部に知れ渡ったときの衝撃を、コアラはもうだいぶ前のように懐かしく感じていた。
やっと体調が回復して仲間の前に姿を現した彼は突然自分の幼少期の話を始め、結婚を誓った女の子がいると打ち明けた。名を・カートレットといい、自分と同じゴア王国の人間だという。
その話に一番驚いていたのは若い彼の部下たちだ。これまで頑なにそういうことを一切断ってきた上司に、突然ふっと湧いて出た女性話に興味を持たないわけがなかった。快復祝いもそこそこに彼らは詳しく聞かせてくださいと群がり、サボに"その女の子"の話をせがんだ。女性に興味がないわけでもないのにどうしてだろうという疑問はコアラにも少なからずあったが、これでやっと謎が解けた。記憶がないだけで、彼の中にはすでに決まった人がいたのだ。
逆に女性陣にはショックが走ったことも忘れてはならない。この若さで参謀総長に就き、加えてあの風貌なのだ。想いを寄せていた人もいただろうし、目の保養だと言って騒いでいる子がいるのも知っていた。だから彼女たちにとっては当然悲しい知らせだったわけである。
そうしたすべての事情を把握された上でここに来た彼女は、だから注目されるのは必然であり、いきなり来て特別扱いに気が引けるのは当然だった。
今だってすれ違うたびに視線が彼女に向けられる。噂の参謀総長の――
「あ……」
唐突にが声をあげて左側に吸い寄せられるように視線が向けられたので、つられてコアラもそこへ目線を移した。
本部の中にある大きな訓練用の施設だった。開け放たれた両開きの扉から複数の野太い声が聞こえる。午後の訓練が始まったらしく、一対一での組手がかわされていた。その中心で指導している一人の若い男が目に入る。参謀総長のサボだった。なぜか上半身は何もまとっておらず、茶色の皮手袋だけが妙に目立つ。
彼の少し貴族感が漂うシャツとスカーフという格好からは戦闘する姿を想像しづらいが、実はかなり鍛えているし戦闘力も高い。ポテンシャルが高かったことも相まって、めきめきと力をつけて参謀総長の座にのぼり詰めたと言っていい。
の視線はもちろんその彼に向けられていた。
「訓練中みたいだね。ちょっと見ていく?」
「え、いいの? 邪魔じゃないかな」
「ここなら離れてるから大丈夫だよ。何なら扉の近くまで行ってみようか」
「ありがとうっ」
二人で扉のほうに近づいて、遠くから中の様子を見つめる。
は気づいていないかもしれないが、サボに関することとなると彼女の瞳は水を得た魚のように光り出す。嬉しくて仕方ないという気持ちが表に出てしまっている。それは恋を覚えたての女の子のようでとてもかわいい。微笑ましくて、ついつい背中を押してしまいたくなる。
「どう? 訓練中のサボ君は」
「えっ。どうっていうのは……」
「そのままだよ。どう思うってこと」
コアラの言葉に、はまたサボに視線を戻してぼうっと見つめる。尊いものを見るような、それでいて恋慕といったかわいらしい感情も読み取れる。しばらくしてから、彼女が俯きがちに口を開いた。
「…………か、」
「か?」
「かっこ、いいです……」
直後、「ああ〜もお」と顔を覆いだした。耳を真っ赤にさせて、自分の発言を恥じているらしいが誤魔化すように今日は暑いねなんて言い訳する。両手で顔を扇いで必死に熱を冷まそうとしている。その仕草のなんとかわいいことか。恋する女の子というものを初めて間近で見たコアラは、こちらにまでその熱が伝わってしまう気がして自分まで恥ずかしくなってくる。
そんなふうに二人で小さく盛り上がっていると、向こうから近づいてくる人影が視界に映った。
「あ、サボ君」
「えっ……!」
あからさまに動揺しはじめるが可笑しくて、コアラは半ばからかうように「よかったね」と耳打ちした。瞬間、ぷしゅうという音が聞こえそうなほど彼女が頬を染めてしまうのでやっぱりかわいい。
渦中のサボがこちらの会話を露知らず、訓練を中断してコアラたちの前に現れる。
「よっ。見学か?」
「うん。私もやっと時間が取れたから改めてを案内してるの」
「そうか――で、どうだ。少しは慣れたか?」
サボがに問いかける視線を向けると、「あっ……」急に挙動不審になって視線がさまよい、最終的に床に向かって、
「まだ少し緊張するけど、みんなよくしてくれるから……」尻すぼみになってがさっきと同じ台詞を紡いだ。
「そうか……」
そしてなぜかサボもまた同じ返しをして以降、口を噤んだままそこに立ち尽くす。視線をはずして口元を覆いながら、「うんそうだな」と独りごちた。心なしか彼の頬も赤い気がする。
コアラは首を傾げた。がサボを前に緊張してしまうのは先ほどの会話からも察することができるが、まさかサボのほうも似たような心情なのだろうか。あのサボ君が……?
ちらりと今度はを見る。じっと床を見つめたままなので表情はわからないが、耳が赤いのできっと「かっこいい」と言ってしまった自分を思い出して彼を直視できないのだろう。おまけに今日は鍛えられたその筋肉を晒している。
がしがしと頭を掻いて何かをやり過ごしたサボが取りなおしたように「あーうん」と意味のない言葉で場を繋いだあと、
「えっとあれだ。訓練終わったらちょっと時間あるんだ。だからその……少し話さねェか?」
「えっ、あ、うん……」
「ありがとう。終わったら部屋に行くよ」
手袋したままの右手がの頭をくしゃりと撫でていく。始終二人の視線は合わずに会話が途切れて沈黙が訪れた。
がなんとか頑張って顔を上げようとしているのだが、どうしても上半身が視界に入るとだめらしい。すぐにまた床と睨めっこしはじめる。サボのほうは俯いたをちらちら見つつ、「あー」とか「んー」と唸りながら口元が緩むのを必死で我慢していた。手持無沙汰にやたらと自分の顔を触ったりして落ち着きがないのも、仕事しているときの彼と違って違和感が拭えない。彼女と同じように、きっと喜びや嬉しさが隠せないのだ。
むずがゆいという表現は、まさしく今この瞬間のために存在しているのだと思う。革命軍に来て、こんなにも平和で微笑ましい光景が見られるなんて誰も予想していなかった。
しかし、ずっとこのままではコアラが困る。沈黙を破るのはいたたまれないが、仕方なしに「ねえ」と二人に向かって声をかけた。
「二人とも私がいること忘れてない?」
2022/10/10
たし恋見てみたいエピvol.19
ソワソワする二人とコアラちゃん