花にはじける金色

 父から婚約者だと紹介されたアウトルック家の長男であるサボと、偶然にも紹介されるより前に出会ったはそれからたくさんのことを語り合った。といっても、会う機会は両親が月に数回開く茶会という名の世間話をする場にサボたちアウトルック家を招待したときのみだが。
 そのせいで主なやり取りをする媒体はもっぱら手紙だった。こちらからアウトルック家に向かうことは母からはしたないからやめなさいと何度も言われたので、はサボがどこに住んでいるか知らない。習い事の合間にある休憩中にこっそり抜け出して例の公園で会うことはあったが、目ざといカロリーナにすぐ気づかれてしまいなかなかうまくいかず、二人して怒られることも何度か。そのたびにもサボも一応謝ってその場は収まるのに、好奇心旺盛な子どもは次の日また同じことを繰り返す。呆れているのか、勝手にしろと思われているのか、その両方にもとれるカロリーナの態度に申し訳なく思いつつも、にとってサボは初めて出会った同い年のかけがえのない存在になっていたのだ。
 そうして秘密の逢瀬を始めてから三回目のことである。いつもの家庭教師のつまらない午前授業を終えたは、ランチのサンドイッチをバスケットに詰め込んで裏の公園へ向かった。夏のようなぎらぎらとした陽射しではなく、柔らかい春の光を浴びながら持参したレジャーシートを敷いてのランチは至高の時間だ。
 隣に座ったサボがうまそうと目を輝かせた。ほとんどはカロリーナお手製だが、も少し手伝ったので嬉しくなる。

「これがいちごジャムで、こっちがタマゴ。ピーナッツにハム&チーズ。トマトとレタスもあるよ。それと……カートレット家の庭で育ててるウメっていう果実のジャムなんだけどよかったら食べてほしいな」
「すげェ! が作ったのか?」
「ううん、カロリーナが作ってくれたの。私は少し手伝っただけ。まあ外で食べてるってことは秘密なんだけど、量的にカロリーナにはバレてると思う」
「あの人、なんでおれたちがここで会ってること知ってたんだろうな」
「勘がいいの、昔から」

 ふうん。と手にしたハム&チーズを口に含んだ瞬間、目を見開いて「うまい!」それ以降はひたすら口を動かして嚥下して、また次のサンドイッチを手に取る、の繰り返し。美味しそうに食べるなあとサボの姿を横目に見ながらは自分もジャムのサンドイッチを食す。これはたっぷり塗った自分用だ。うん、美味しい!
 しばらくお互い無言で口を動かしていた。は視線を周囲に向ける。
 公園に植えられた色とりどりの花と少し先にある水路。人工的に作られた道の両端を彩るように華やかな景色が広がっている。誰が手入れしているのかわからないが、花が好きなにとって最高の場所だった。
 食べるのが速いサボはほとんどの具材を平らげたようで、残すところはカートレット家オリジナルの味"ウメジャム"だ。サボの好き嫌いをまだよくわかってないから持ってくるのをためらったのだが物は試しである。後回しにしていたそれを手に取ったサボがまず匂いをかぐ。カロリーナいわく芳醇なのだそうだ。意味はあとで調べるとして、たぶん良い香りってことだと思う。
 恐るおそる口にしたサボの表情はしばらくぽかんとしていて、どういう感想なのかいまいちわからなかった。

「ど、どう……?」
「……まあまあ、かな」
「なにそれ、どういう意味?」
「えっ、あ、いや、その……うん、食べられるよ」
「わかった。サボは酸っぱいのが苦手なのね、覚えておく」
「ごめん」

 ばつが悪そうにして素直に謝ってくるあたり、かわいいところがあるのが彼だ。四歳(もうすぐ五歳になるという)のわりに知識が豊富でしっかりしているなと思う反面、人の話を右から左に流すところがあるなど自由に振る舞うことも多い。そのおかしな二面性がの心をくすぐる。何よりサボはが知らないことをたくさん知っている存在だ。
 勢いで言ったともとれる「結婚しよう」は結局その通りになるわけだが、二人ともいつまでもココに留まる気はないし、だとしたらサボが夢見る"海"という広くて自由な世界にもついていく形になるのだろう。サボは一緒にと言ってくれたのだ、楽しいに決まっている。それまでにたくさん勉強しておきたいな、と思う。
 苦手と言いながら頑張って食べようと努力するサボの、まだ量の少ない金色が太陽の光に反射していた。最近お洒落な帽子とゴーグルをつけてくることもあるのだが、今日はそれがないから彼の頭全体に光が降り注いでいる。髪が伸びてきたらナスタチウムのように綺麗になるのかな、なんて考えては顔に熱が集まるのに気づいて慌てて首を振った。
 今はまだ少年のその先を勝手に想像して恥ずかしくなったは、努めて冷静になろうと一度深呼吸をして顔を上げる。すると、サボの頬に透明感のある黄金色をしたそれがついていた。

「ふふ。サボってば、だらしないなあ」
「なにが」
「ここ、ジャムついてるよ」
「え、どこに」
「あーなにやってるの! 余計に広げてる! もお、仕方ないなあ」

 バスケットに入れておいたチェック柄の布巾を取り出してサボの頬にあてがう。ジャムがどこについているかわからず自分で拭った結果、広範囲にジャムがべたついていた。こういう面で同い年だということを実感するなと思いながら、ふとサボとの距離が近過ぎることに気づいて心臓がどくりと跳ね上がる。

「……っ、はいできた!」

 誤魔化すように言って顔を背けた。顔が赤くなっていないだろうか、とぺたぺた頬を触って確かめてみる。
 サボと話していると、時々こうして変にそわそわ落ち着かないことがある。むず痒くてまだ言葉にできない、けれどそれ以上にこのくすぐったい気持ちを大切にしていきたいと思う。彼との時間はにとってそれほど尊いものになりつつあった。
 そんなの心を知る由もないサボは、ジャムを拭ってくれたことに礼を述べて「良い天気だなァ」と暢気なことを呟いている。息苦しい貴族社会の中で、がサボとの過ごす時間を尊ぶように彼もまた同じような気持ちでいてくれたらと、そう願わずにはいられなかった。

2021/4/13