甘くて切なくて冷たい(1)

 革命軍に来てからというもの、サボの忙しさを目の当たりにして声をかけるのを躊躇っていたにとって、部屋に行っていいかという問いは嬉しさと緊張が織り交ざったくすぐったい感覚だった。昼間に話すことはあっても夜にゆっくり会える機会をもらえたのは初めてだから。
 なんとなく落ち着かなくて無駄に部屋の中を歩き回ったりしてみるが、一向に緊張感は収まらない。それどころか時間が過ぎるにつれて心臓がばくばくと鳴り出す。
 五日前、訓練中のサボを見かけた。参謀総長だという彼は、先頭に立って戦うこともあるらしく時間があるときはああして仲間と特訓をしているとコアラが言っていた。
 初めて会ったときから彼には良い意味で貴族らしさを感じさせないところがあったが、コルボ山での生活がさらにそれを加速させたのだろう。きっとここに来たときから戦闘能力的にはほかの同世代に比べて高かったはずだ。それから十数年。どんな鍛錬を積み重ねたのかには知る由もないが、強くなったのだと見ていればわかる。
 そうだ――間近であの筋肉質な体を見てからだろうか、どうしても意識してしまってなかなかサボの顔を見ることができずにいた。ふと手袋をはずしたときに見える節くれだった手やその大きさも、全部が自分と異なりすぎて戸惑ってしまう。否応なしに男の人だと感じて、の記憶の中にあった四歳の少年サボはすぐに二十二歳の青年へ書き換えられた。
 かっこいいなんて安っぽい言葉しか浮かばないことがもどかしいくらい、彼は身も心も逞しくなったのだと理解した瞬間だった。

「こんな状態できちんと話せるかなぁ」
「なんだ、独り言か?」
「ひゃっ」

 一人だと思って呟いたのに、なぜか言葉が返ってきては肩を震わせた。ゆっくり振り返ってその姿を確認した途端かあっと顔に熱が集まる。独り言を聞かれた上に、部屋の中を歩き回るというおかしな行動も見られてしまった。
 しかしサボはのそんな行動を気に留めることなく、ぐるりと見渡して「物が少ない」と場違いな感想を口にした。当たり前だ。まさか革命軍にサボがいるなんて思わなくて、長くいるつもりなどなかったのだから。そう抗議したらそれもそうかとおかしそうに笑った。
 ――なんだかご機嫌だなあ。
 サボのやさしい笑顔がすべてを吹き飛ばしていく。抱き寄せられて、彼の腕の中に収まる。もうあの頃と違って、こうして抱きしめられると自然と体格差を実感してしまう。も照れながら微笑み返した。

「今日はずっと一緒にいられるな」




 即席で淹れたコーヒーもそこそこに、二人でベッドの縁に腰を下ろしていた。どちらからともなく会話を始めてどのくらい経っただろう。他愛ない話をするのがこんなに楽しく思えるなんて幸せだ。

「会えなかった分をこれから少しずつ埋められたらいいなって思う。もちろん仕事の邪魔はしないから」

 すぐ隣にいるサボの顔は恥ずかしくて見れなかった。面と向かって言うのはまだ慣れないし、やっぱり成長した彼を直視するとこの前のことを思い出してしまうから。
 もじもじと落ち着かない様子では彼の反応を待った。けれどもいっこうに返事が来なくて、ドキドキしていた気持ちが徐々に焦りに変わっていく。それでも無言を貫いたままのサボに、ついに顔を上げたが隣に視線を向けると、不意に前髪をかき分けられ、次の瞬間額に何か柔らかいものがあたった。

「ん」

 柔らかいものが瞼、鼻、頬と次第に下へ進んでいく。その正体がサボの唇であると気づいたときにはすっかりキスを受け入れていて、が驚く暇もなく行為は加速していく。戸惑いつつも、拒む理由がないは流れに身を任せていた。サボから与えられる愛はくすぐったくて温かくて。彼に対する恋心は幼い頃からあったはずなのに、再会してから何もかもが初めてのようにいろんな感情が日々目まぐるしく沸き起こって忙しない。
 やがてサボの指先がの唇に触れた。自分以外の人間がそこに触れるのは初めてで思わず肩をすくめてしまったが、の心情は今からされるであろうことに緊張とときめきが混ざった複雑なものになる。
 目を閉じて構えるように待つ。早く触れてほしいような、でもまだ心の準備が足りないような。たかだかキスをするのにこんな緊張するのも恋愛経験がないせいだが、「初めて」は特別感があるし何より大好きな人が相手なのだから緊張するのは当たり前だ。
 でも自分もいよいよキスをするのだと思ったら、少しだけ大人の階段をのぼったような気がしてわくわくした。そう思って震えながら待っていたの唇には、けれど数秒待っても何も起こらず、最終的にふっと空気の抜ける音が聞こえた。目を開けると温かな笑みを浮かべたサボが、

「ここはもう少し準備できたらにするよ。それまで楽しみに取っておく」

 言ってから、サボの手の甲がとんと唇に触れた。は一連の動作をぽかんとして見つめていたが、しばらくしてはっと我に返り、期待していたみたいでじわじわ羞恥がこみ上げてくる。それに余裕のない自分と違ってサボは随分と慣れている感じがするのは気のせいだろうか。

の話、聞かせてくれるか?」
「えっ……うん……」

 混乱するをよそに、サボはもうキスのことなど忘れて別の話題に移っていく。呆気に取られるも、彼に右手を握られて懇願されたら「待って」とも「でも」とも言えなかった。話したい気持ちはも同じだったので、ひとまずキスのことは頭の片隅に置いて口を開く。
 それが、サボと二人きりで過ごすはじめての夜だった。

2022/11/07
たし恋見てみたいエピvol.22
初キスの話より前編