予行練習? いやもう本番

 カフェを経営していた話をすると、「料理はできるか」と問われたのである程度ならと答えたのが始まりだった。複数の料理人で革命軍本部の食事が成り立っているそうだが、料理ができると話したらも携わることになった。今日がその食事当番の初日である。
 コアラから頼まれた仕事をすべて終えたは、夕食の仕込みを手伝うため食堂にやってきた。初めてこの場所に来たときはいろいろなメニューから一つを選択して食べた記憶があるのだが、今日厨房に入って驚いたのは同じ料理を大量に作っていることだった。日によって違うのだろうか。
 あらかじめ渡されていたエプロンを身につけて中へ踏み入れると、すでに三人の料理人が厨房内をあくせく動き回っていた。声をかけようか迷っているうちに三人の中の一人がに気づいて「あーこっちこっち」と手招きする。
 何かの香辛料だろうか。不思議な香りが鼻孔をくすぐり、その正体が気になりつつ一番背の高いコックがいる調理台まで移動する。口髭をはやした、けれど非常に清潔感のあるスレンダーな男性がに軽く挨拶した。こちらも倣って挨拶を返し、自己紹介を済ませたところで本題に入る。

「お世話になります。私は何をしたらいいでしょうか」
「そこに野菜が置いてあるだろ? 一口サイズに切ってまとめてもらえるかな。あとそこのひき肉で鶏だんごを作ってほしい。できるだけ多く」
「わかりました」

 調理台の横に備えつけられた水道で手を洗い、は置いてある包丁を手に取ると早速作業に取り掛かった。野菜はにんじんや白菜、しめじなどシンプルな野菜が複数。そして鶏だんごとくれば、煮込み料理かもしれない。コンロには大鍋が置いてあるし、いま本部にどれくらいの人たちがいるのか知らないが、それなりの量が必要だろう。久しぶりに本格的な下準備をすることになりそうだ。
 まさか革命軍に来て料理ができるとは思わなかった。カフェを始めるまでも試行錯誤しながらいろいろな料理を作った経験がある。始めてからも、コーヒーに至っては淹れ方一つで味が変わり、お客を怒らせたことがあるのだが。
 料理のほうは小さい頃、ちょくちょく厨房に入り浸って手伝わせてもらったことが幸いして最初からある程度のことが可能だった。サボに出会うまでは自分がどうしたいのかなんて考えたこともなかったから、何が役に立つかわからないものだ。
 は黙々と野菜を切り続けながら、自身の幼い頃を思い出していた。一般的な貴族の子から見れば、という存在はだいぶ異質で浮いていたに違いない。事実、貴族同士の集まりで友人と呼べる友人はいなかったからそれが答えなのだろう。でもカロリーナがいてくれたから全然寂しくなかったし、サボと会ってからは彼がの支えだった。
 そういえば、今日これを作ったらサボに初めて自身が作った料理を食べてもらうことになるのだということに気づいては心臓の鼓動が速くなるのを感じた。いつかは食べてほしいと思っていたのだが、まさかこんなに早く叶うとはあまりにも急で緊張する。もちろん自分一人の力ではないけれど。

「ホントすまねェなァ。総長の大事な子にこんなこと頼んじまって」

 と、向かいで作業していたコックが申し訳なさそうに言ってきたので、は思考を引き戻してから「いいえそんな。気にしないでください」と慌てて返事をした。気づけばサボのことを考えていたので、自分の口元がだらしなく緩んでいないか触って確認する。
 の慌てた様子に彼は首をかしげながら、けれど優しく微笑んで、

「ありがとよ。大所帯だから手伝ってくれると助かる」と陽気に言った。
「お役に立てることがあれば何でも言ってください。それに、料理は好きなので」
 大丈夫ですとが続けようとしたとき、横から大きな人影が立った。
 作業していた手を止めて顔を上げると、白のシャツに青のベストを身にまとったサボがの隣に立っていた。室内だからか袖をまくって楽な格好をしており、そこから腕の逞しさがうかがえる。
 まったく気配を感じられずいつの間に厨房へ入ってきたのだろう、カウンターに視線を移せばサボの部下と思われる人たちも複数いた。

「やってるな。なに作ってるんだ」

 サボがの手元をのぞきながら楽しそうに聞いてきた。今日からが食事当番にも携わることは彼にも知れ渡っているのでいてもおかしくはないが、この時間はまだ彼らも仕事中ではないのだろうか。やけに早い段階で食堂に来ているのが気になる。

「なんだろう、私も聞いてないけど材料的には煮込み系な気がする。ホワイトシチューかもしれないね」
「そうか。楽しみだ」

 そう言って笑ってからも、サボは厨房を出ていこうとしなかった。それどころかニコニコと機嫌がよく、こちらの様子を眺めている。料理しているところを見られるのは別に構わないのだが、それが彼だと思うとなんだか落ち着かない。手先は器用なほうだと自負しているものの、彼の前では良いところを見せなきゃという変な意地が頭をもたげるのだ。
 ほかのコックたちはというと、闖入者であるサボに何も言うことなく自然と受け入れていた。まさかいつもこんなことしているわけではないだろう。食いしん坊なイメージは――幼少期のときになんとなくあったような気もするが、だとしてもつまみ食いできるほど料理は完成していない。
 じゃあどうして? まさか初めて厨房に入る私のことを心配して来てくれたとか――

「……って、そんなわけないか」
「なァ。完成したら一番に食わせてくれよ」

 急に耳元で声がして、反射的に手にしていた包丁を落としそうになる。「ひゃっ……!」「わっ、危ねェ」間髪を入れず、サボが支えてくれたおかげで落とさずに済み胸をなでおろす。仮に落としたとしても調理台の上だから怪我することはないだろうが、それでも刃物を扱っているときは気をつける必要がある。
 声をかけた本人も悪いと思っているのか、ごめんと素直に謝ってきた。一応誰も怪我なく、物も傷つけずに済んだので「大丈夫」と答える。そしてひと呼吸ついてから、は先ほど彼に言われた言葉に返事をする。

「食べるのはいいけど……」
「けど?」
「なんでくっついてるの? 作業しづらいよ」

 は戸惑いながら、後ろにぴったり張りつくサボを見やって抗議した。どさくさに紛れて腰に手が回っているから余計に動きづらい。料理中は刃物のほかに火を使うから危ないというのに、そのあたりのことをまったく意に介さず肩に顎まで乗せる始末。しかし強く言えないあたり、もまた同じで離れるのが惜しいと思っているから、作業しづらいなんて言えた義理ではないのだけれど。

「んー料理してるが珍しいから近くで見たくてさ」
「見るだけなら別に厨房の外からでも――」
「そんなこと言って総長〜ホントは結婚生活の予行練習なんじゃないですか〜?」
さんのエプロン姿が見たいって早々に仕事終わらせてきたくせに、珍しいからなんてどの口が言ってんスか」

 平然と答えるサボにが自身の気持ちに踏ん切りをつけてどうにか離れてもらうための言葉を口にしたとき、厨房の外から複数の声がかぶさった。
 顔を上げると、カウンター越しに先ほどサボと一緒に食堂へ来ていた仲間の人たちがにんまりと口元を緩ませながらこちらを見ていた。あ、そうだ。ほかの皆さんもいるのにこんなこと……恥ずかしい。
 仲間からの野次に、サボがわかりやすく眉をひそめてカウンターを睨んだ。

「……お前らまだそこにいたのか。余計なこと言うな」
「言ってませーん。事実でーす」

 複数の冷やかす間延びした声が重なり、サボが口を歪ませた。はあ、と深いため息をこぼしてゆっくりに向き直るとばつが悪そうに視線が泳ぐ。いつの間にか拘束していた腕がほどけていたので、顔を近づけて問いかける。

「そ、そうなの……?」

 本当ならばとても嬉しいし、実は私も食べてもらうことにドキドキしてたって伝えたい。
 サボは目元を押さえて、また深いため息をついた。いつもの余裕そうな彼ではなく、どこかたじろいでいる感じがするのは気のせいだろうか。動揺しているなんて珍しい。期待してもいいのかな。

「……あーいや、そんなことは……ある、な。まあ多少気になってた。だってお前、料理にエプロンってそんなの気になるに決まってんだろ」
「多少じゃないでしょう総長。すごいって言ったらどうなんですか〜」また冷やかす声が間に入る。
「あいつらうるせェなァ」
「サボ、顔が赤いね」
「……笑うなよ」

 額を軽く小突かれてサボは口を尖らせた。照れ笑いを作ってくれるのかと思ったら急にしかめっ面になり、どうにか取り繕うとしているらしかった。そんな彼が可笑しくてやっぱり笑ってしまう。彼が照れ隠しでわざと仏頂面を作ってごまかしているのだということを。嬉しい。思わず頬が緩む。
 ゴホン。
 と、向かいから咳払いが聞こえてははっと我に返る。コックが苦笑いしていた。「ごめんなさいっ」慌てて包丁を手に取り、元の作業に戻る。サボはもう邪魔しないことにしたのか、「じゃあ楽しみにしてる」と言ってから今度こそ厨房を出て行った。カウンターで待ち構えていた仲間たちから何やらいろいろ言われて面倒くさそうにしていたが、何を話しているのかには聞こえなかった。

2022/11/19
たし恋見てみたいエピvol.23
部下に冷やかされるサボくんの話