ボーイズトーク〜再会前編〜

 仕事の合間、談話室で部下達と他愛ない話をしていた時のことだった。

「総長の好きな女の子って貴族なんですよね?」

 唐突に聞かれた。
 持っていたカップを口元に付けたまま固まる。

「元、な。カートレット家から除名されてるからもう貴族じゃねェはずだ」
「だとしたら余計に探すのが大変ですね。海に出てどこかの島で暮らしてるってことでしょう」
「それに貴族じゃなくなったんなら一般人ですよね。もう誰かと結婚してたりして」
「ばかっお前余計なこと言うなっ……」

 部下達がの話で盛り上がる中、ふとそんなことを言われて心の温度が急激に冷えていく感覚がした。
 考えなかったわけではない。十分にあり得る話だ。幼少期のたった数か月しか共に過ごしたことしかない、それもほとんどが文通でのやり取りで、直接会う機会は限りなく少なかった。
 そこから十七年も経ち、今さらもう一度好きになってほしい、結婚してほしいなんて虫が良すぎる。そもそも彼女の元から離れたのはサボ自身だというのに。
 しかし気持ちというのは思うようにいかないものだ。記憶を取り戻した途端、恋焦がれるように彼女のことが頭から離れなくなった。

「いや、ほんとその通りだ。自分から手放したんだし、幸せに暮らしてるならそれでいい」

 言い繕うのが精いっぱいだった。実際はそんなことは一ミリも思ってなくて、幸せにするのは他でもない自分でなければならない。そんな烏滸がましいことを思っている。
 だが、その資格があるかと言われればはっきりと頷けないのもまた事実だった。

「本当にそう思ってます?」
「……思ってる」
「じゃあもしも、ですよ。彼女が総長以外の人と一緒に暮らしてたらどうすか。嫉妬しませんか?」
「……」
「たとえば、ほかの男がえっと――さんに触れるのを想像してみて、どうですか」

 談話室のガヤガヤした雰囲気から、自分だけ切り離されたみたいに音が一切聞こえなくなった――というのは、実際には違うのだが真っ暗闇に取り残された感覚に陥る。
 の顔は四歳のときのまま止まっていて、大人になった彼女をサボは知らない。それでも花が好きだと言っていた彼女のやわらかくて温かい笑顔は鮮烈に記憶の中に残っていた。
 忘れられない。忘れられるわけがない。思い出したときのショックとやるせなさと胸の痛みがぶり返す。

「手や頭、頬に唇。それから身体に――」
「やめろ、不愉快だ。吐き気がする」

 顔を覆って頭の中の映像を無理やり消した。やめてくれ。気分が悪くなる。
 きっと美しく成長しただろう彼女の姿を想像して、けれどそれが自分ではない誰かの手によって汚されるなどはらわたが煮えくり返る案件だ。

「幸せに暮らしてたらいいなんて嘘ですよね。顔見たらわかりますって」
「……そうだな。あいつが生きてるなら、どうにかしておれの元に連れ戻してェよ」
「結婚してても?」
「……掻っ攫う」
「それはさすがにまずくないすか。いや、でも元は総長の婚約者だからいいのか……?」
「でも各地にいる仲間には伝えてあるんでしょう? 見つかるといいですね」

 二年が経っても、有益な情報は今のところない。わかっているのは弟が生きて海賊をしていることくらいだ。大事なものは兄弟ともうひとつ。――おれはお前を諦めたくない。

「総長が彼女作らない理由がはっきりしておれ達ちょっと安心したんです」

 話題がまた唐突に移ってサボは彼らに訝しげな視線を向けた。というか安心したってのはどういう意味だと問いただしたいところなんだが。
 先ほどの陰鬱とした空気から一変、もういつもの明るい談話室に戻っていた。

「だってモテるのにいつも何かしら理由つけて断ってたじゃないですか。好きな子いたらそりゃ仕方ないですよね。そのナリで初恋こじらせてるなんて知ったら美人もビックリしますって」
「記憶がなかったとはいえ十七年も想い続けるってなかなかできないですよ。再会できたら奇跡だと思います」
「案外その子も一途かもしれねェよな」
「で? さんってどんな子なんですか」

 何がそんなに楽しいのか、彼らはプレゼントをもらう前の子どもみたいに目を輝かせて自分の回答を待っている。
 どんな子――と聞かれて、サボは首を傾げた。かわいいかと聞かれたらかわいいし、綺麗かと聞かれたら四歳のしか知らないからはっきりとは頷けないが、でもあのまま大人になったのならきっと綺麗だ。あとは、花が好きで読書もたぶん好きでメイドと一緒に料理もすることがあるって言ってたから料理上手になってる可能性もある。それから意外とお転婆。初めて会ったとき、なぜか木に登っていたことを思いだして笑みがこぼれる。

「思い出し笑いするほど、微笑ましいエピソードがあるんですね」
「あー……まァちょっとやんちゃなところがあって、あいつ木に登ってたんだよ。綺麗な格好してんのに」
「木登り……? え、貴族ですよね? ますますわからない」
「手紙でやり取りしてたんでしょ? どんなこと話したんですか」
「どんなって互いの好きなものとか、別に普通のことだよ」
「たとえば?」
「花が好きで、咲いたらその絵を描いてくれたな」
「え〜かわいいすね」
「だろ? あまり得意じゃないらしくてちょっと歪なところがおもしれェけど、そこがまた可愛いんだ」

 意気揚々と話してしまったが、急に我に返って「……なんでお前らがのことで盛り上がるんだよ」取ってつけたように文句をこぼした。
 ――ニヤニヤしやがって。話すんじゃなかった。

「その顔腹立つな」
「いいじゃないですか別に〜総長も普通に恋する男子ってことがわかって嬉しいんです」
「ということでもっと聞かせてください」

 何が普通に恋する男子だ。お前らに関係ねェと言いたいところだったが、彼らを含めた仲間に協力してもらっていることは事実なのでサボは出かかった言葉を飲み込んでため息をつく。
 結局コアラが呼びに来るまでずっと話は尽きなかった。

2023/01/08
たし恋見てみたいエピvol.26
ボーイズトークvol.2