「総長。失礼を承知で聞くんですけど、さんとの夜はどうされてるんですか」
任務で夜遅くに帰って来たときのことだった。
野郎ばかりが集まった食堂で夜食をとっていたら、隣に座ってた部下からいきなりの名前を出されてむせた。反対側の隣にいた仲間がぎょっとした顔をしつつすかさず背中をさすってくれる。涙目になりながら、そばに置いていた水で流し込んで呼吸を整えたサボは質問してきた奴をジト目で睨んだ。
「やだな、そんな顔しないでくださいよ。みんな気になってるんですって」
「前々から気になってたが、なんでお前らはそんなにおれとのことで盛り上がるんだ。別にどうだっていいだろ」
「そりゃあ気になるに決まってるじゃないですか。恋人を作らなかった総長が実は幼い頃誓い合った女性がいて、一度は離れたものの奇跡的に再会した、なんて話を聞いて気にならないほうがどうかしてますよ」
どうかしてるのはお前らのほうなんじゃねェのか。熱弁してまくしたてる部下に半ば呆れた視線を向けて、サボはため息を吐いた。どんぶりに入った夜食は先ほど完食してもう口に入れるものが何もない。手持ち無沙汰に水が入ったコップの縁を人差し指でなぞりながら返答に悩んでいると、
「おれ達知ってるんすよ? 仕事終わってから互いの部屋を行き来してること。バレてないとか思ってたら大間違いですからね」
「夜中の逢瀬ってだけで燃えますよねえ」
「で、どうなんですか」
こちらの逃げ道を塞ぐようにかためられてしまい万事休す。コアラといった女性陣がいないときを見計らって(彼らに言わせればそれが配慮になるのだろうが)、そういう話を始めるのもこれで何回目だろうか。慣れてしまうのも悔しいが、自分だって健全な男子だという自覚はあるから興味がないと言ったら嘘だし、とのそういうことだってキスを交わすようになってからなんとなく意識しはじめた。
しかし残念だが、彼らが求めているようなことは何もない。それが現実であり事実だった。
「お前らにとっちゃ不服だろうが、はおれの部屋に来ても十二時前には帰るし、おれも向こうの部屋に泊まったことは一度もない」
「え……なんの冗談ですかそれ。自室に呼んでおいて十二時前に帰る? 恋人同士でそんなことあるんすか」
「別におれだって興味がないわけじゃねェよ。好きな女だ、当たり前だろ。ただ――」
その先は言葉にならずに胸中に収まる。
今日はこんなことがあったとか他愛ない話が弾んだあと、どちらからともなく唇がくっついて、そのやわらかい感触に眩暈を起こしそうになって。小鳥が啄むようなかわいいキスを繰り返していくと、の顔が徐々に赤らんでいき、そのまま流れに任せてもいいと思った瞬間――彼女は自分と距離を取っていくのだ。
プライベートな話を打ち明けるのはどうにも気が進まなかったが、聞いてもらえるならそれはそれで胸の内を吐き出すのにちょうどいい。サボだってが"初めての女性"だ、躊躇いも戸惑いもまったくないわけではなかった。
「んーさんが恥ずかしがってるのもあると思いますけど、総長に気を遣ってるんじゃないですかね」
「……おれに?」
「だってやっぱり忙しいのは事実だし、こうやって本部を空けることだってある。書類仕事もして、訓練してあちこち動き回ってたら体の心配をするのも当たり前っていうか……」
「つまり、少し休暇をとったらいいんじゃないですか?」
いつの間にか周りのほとんどが耳を傾けていて、騒がしかった食堂内は一気に静かになった。休暇という言葉にサボは目から鱗が落ちた思いがした。
ドラゴンに助けられ、記憶はないのに家には帰りたくないという強い想いだけがあってここまできた。いつしか彼らの志は自分の成し遂げたいことと同義になり、すべての記憶を取り戻してなお意志は変わらない。
ただのことだけは別で、任務に追われながらも頭の片隅に彼女の存在はあり続けた。やっと会えて、未来を誓い合い、この先も一緒にいられる喜びを噛みしめながら彼女との距離を縮めたいという日に日に大きくなる欲を持て余して。焦ってるつもりはないが、結果的にそうなっているのかもしれなかった。
「休暇、か。考えもしなかったな」
「そうすればお互い気にせずゆっくりできるんじゃないですか」
「たまにはいいかもな。相談してみるよ」
部下のありがたい温情を受け取ってサボは先に席を立った。
今日はもう遅い。に会うことなく、自室がある男子の居住棟へ向かった。
*
結果から言えば、休暇は難なく許可が下りた。
部下から提案されたあと、そのまま自室へ戻ったサボは泥のように眠り、翌日は書類仕事に追われて息つく暇もなく気づけば夕方になっていた。夕食後の空き時間に、ドラゴンの執務室へ行ってとの休暇を願い出たところ、考える様子も渋る様子もなく彼はあっさり許可を出したので拍子抜けした。たった一言、「いいんじゃないか」で処理されたサボの休暇は一週間後に設定された。
こうして休暇を目前に控えたサボの元に再び部下達が騒ぎ立てることは(非常に不本意だが)なんとなく予想できたことで、談話室の落ち着かない様子に苦笑いする。
「お前らも暇だな。そんなに楽しいか?」
「むしろなんでそんな冷静でいられるんですか。彼女と本当の意味で二人きりの休暇なのに」
別に冷静なわけじゃねェんだが。と返すのは癪で、サボは見栄を張って「なるようになるだろ」とソファの背もたれに背中を預けて天を仰いだ。
「さんもきっとそのつもりだと思うので、しっかり雰囲気作ってあげてくださいね」
「……」
「いいですか。恥ずかしがり屋のさんだからこそ、丁寧にやさしくしてあげてください。いきなり胸とか触るのはダメですよ、抱きしめたりキスしたりしてから盛り上げるのがいいです。あと、可愛い下着をつけてるはずなので褒めるのも忘れないでください」
「……」
「あ、それとこれはおれの経験からですけど女の人って初めてのときは……って、総長聞いてます?」
「……お前ら、おれをなんだと思ってんだ。ガキじゃねェんだぞ」
次から次へと聞いてもいないのに、勝手に段取りを決めやがって。そんなことはその日のその瞬間にならない限りわからないだろうに。相変わらずの盛り上がり方にサボは嘆息した。
に休暇のことを告げたのは、許可が下りた日の翌日の朝だ。当たり前に喜んでくれて楽しみにしてるとまで言ってた彼女は、自分の下心などまるで気にしていないふうだった。あまり考えたくないことだが、もしも彼女が同じ気持ちでなかったらと想像するだけで胸が張り裂けそうだ。
期待と不安の狭間で揺れる。三日後に迫った休暇はもうなかったことにできないし、今さら後戻りできない。面白おかしそうに話していた彼らは、けれど急に真面目な顔をして「まあ大丈夫ですよ」と話を切り替えた。
「セント・ヴィーナス島でしたっけ。さんの地元なんでしょう? 大丈夫ですよ、彼女が落ち着ける場所なら」
何の根拠もない部下の言葉に、今は救われる思いがした。
サボはいっとき考え込んでから「そうだな」と同意して楽しそうにしている彼らを見据える。
「それよりおれがいない間の仕事のことだが――」
「あ、その辺は任せてください。総長がいない間はコアラさんが指揮を執ってくださいますし」
「そうか。ありがとう」
頼もしい発言にサボは素直に礼の言葉を述べたが、素直すぎたのか寛いでいた部下達の表情が珍しいものでも見るような顔をしたので前言撤回した。
夜が更けていく。彼らの話はまだ尽きそうになかった。
2023/01/26
たし恋見てみたいエピvol.26
ボーイズトークvol.3